第27話 海軍(3)
「どうしたの? 固まっちゃって」
不覚にもその見慣れていたはずの白髪に見惚れてしまう.
「いや..知り合いに似てたもんだからつい.あと..口にクリーム付いてるぞ」
「へっ!?」
顔を赤らめ,手でゴシゴシと口元を拭く.
「もう! 気付いてたなら早く言ってよ! ちょっとカッコつけて自己紹介しちゃったじゃない!」
「ふっ」
俺は,その反応が何だか面白く少し笑ってしまう.
「ん? 今笑ったでしょ? 見世物じゃないんだけどなあ」
「あんた,本当に海軍のリーダ―かよ.何かこう..もっとお堅い感じの人かと思ってた」
「もしかして,私のこと研究都市に従う犬だとでも思ってた? 冗談じゃないわ,あいつらと同じにはしないでよね」
「おい,それ俺みたいな部外者に言っちゃだめなことだろ..」
「え? だって令司君は,部外者じゃないでしょ?」
不意に呼ばれる自分の名前.
「どうして俺の名前を..名前はまだ教えていないはずだが」
「さっきの反応見ればわかるわよ.知り合いに私と似てる人いるんでしょ? それって「桜」しかいないだろうし,このD地区で私以外の「桜」と言えば,深雪ちゃんと
「合ってるが..」
突っ込みどころの情報量が多すぎるな..
「えっと,まず第一に俺は,深雪の彼氏でも何でもない,ただの家族みたいなもん.次に,俺が全く違う人だったらどうしたんだよ,研究都市に牙を剥けてるって情報駄々洩れだったぞ.そして,最後に..粉雪ちゃんって誰だよ! 今の言い方じゃ,もう一人「桜」がD地区にいるみたいに聞こえたぞ」
ふぅ..言い切った.
「もし,令司君じゃなかったら,この刀で切ってたわよ」
おい..鞘に手を添えながら,さらっと怖いこと言うなよ.
「じゃあ..粉雪って..」
「正真正銘の「桜」の一人よ.てか,逆に知らなかったの? 私は,てっきりミブロから聞いてるのかと..」
おいおい..一気に重要な登場人物増えすぎでしょ.確か,「桜」って五人しかいないんだよな.この流れ的に俺は,今後,間違いなくその粉雪とかいう「桜」に会うことになる.そしたら,三人目になる.本当は.「桜」なんて大して珍しくもないんじゃないか? そうじゃなきゃ,こんなに「桜」とエンカウントする自分が怖い.
「はぁ..「桜」のスランプラリーでもやろうかな」
「今,何か言った?」
小声で言ったせいか,桜霧花にその言葉は届かない.
「何でもない.とりあえず,あんたに貸した金返して貰ったら帰るわ」
今日一日,新しい発見が多すぎて,頭がパンクしそうだ.二人目の「桜」に出会ったと思ったら,実は,もう一人「桜」が身近にいましたと.引きこもり生活を脱した後の俺には,衝撃が強すぎるだろ.
「霧花.あんたじゃなくて霧花.遠慮はいらないから名前で呼んで」
真面目な顔で訴えてくる霧花.一瞬,霧花と目が合うがその整った顔立ちと可愛さに耐え切れず,俺は,目を逸らしてしまう.
「わかったよ.霧花」
「よし! じゃあ,いざマイホームへ」
俺は,再び霧花の横に並び,足を軽空母の入り口の方へと運ぶ.入り口までは,まだ距離が数百メートルほどあり,近づいていくにつれて,海軍のメンバーらしき人影が増えていく.
「さっき聞きそびれちゃったけど,結局,令司君と深雪ちゃんの関係って何なの? 家族ってわけでもないでしょ」
歩みを進めながら,喋りかけてくる.
「ピーススクールから逃げて,死にそうになってた俺を深雪は助けてくれた.だから,俺にとって深雪は恩人.あと..」
ここで俺は,言葉を詰まらせる.迷っていたのだ,この先の余計なことを言うべきか言わないべきか.
「あと?」
霧花が下に顔を向ける俺を覗き込みむ.
いや..会ったばかりの奴に教える必要はない.
「すまん.何でもない」
「今,絶対何かあったでしょ? いいじゃん! 教えてくれても」
後悔..食いつきがやけに良い.さてはこいつ鋭いな.
「本当に何でもない.深雪は恩人ただそれだけ」
腕を組み考え始める霧花.そして,何かに閃く.
「あ! わかった! 恋してるんでしょ! 当たり?」
さすがは海軍のトップ.俺の思考を瞬時に読みやがったな.
「まぁそんなところ..」
「で! どうなの? 脈はありそう?」
やっぱり,女は嫌い.恋話になるといつもこれ.さすがの俺もいい加減,この突っ込みには飽きてきたぞ.
「どうだろうな..恋愛学については,わからないから何とも言えないが,多分,俺の片思い」
「何かそう思う根拠でもあるの?」
俺は深雪との思い出を振り返る.
「根拠になるかはわからない.ただ..不要に腕組んできたり,俺のベッドに潜り込んできたり,本当に好きな奴だったら,普通そんなことしないだろ? 深雪は,家族の一員として俺を見てるんだと思う.だから,ああいう事を平気で..」
てか,恋愛相談みたいになってね? この状況.
「うん! うん! 恋かぁ.青春だねぇ.ちなみに深雪ちゃんは,令司君以外にそういうことしてたの?」
めっちゃ聞いてくるやん こいつ.ここまで言ったら,もうどうでもいい.おとなしく自分の気持ちをさらけ出してしまおう.
「そういえば..してるところは見てないな」
思い返してみれば,このD地区では,もちろん.おばさんがいたあの村でも俺とおばさん以外の他人に腕を組んだり,そういうスキンシップをしている光景は見たことがない.
「うーん」
考え込む霧花.
「脈あり率50%かな」
出たよ,一番当てにならない確率.困ったときに出てくる確率.脈なしだとわかっていても,相手に希望を持たせるために,とりあえず半々にしとけば大丈夫でしょ論.
「そりゃどうも」
「私の持論になるけど,どうせ令司君,深雪ちゃんに冷たい態度取ってたんじゃないの? それで深雪ちゃん,令司君の気引きたかったんじゃないのかな?」
まだ続けるか..この話.それに深雪が俺の気を? いや..それはないな.そもそも俺は,深雪に冷たい態度を取った覚えもなければ,深雪がそんな高度なテクニックを使えるとも思えない.
「それはないな.あいつに限って」
「そう? じゃあ,約束しましょ」
霧花が俺の目の前に小指を突き立て,指切りげんまんの構えを取る.
「約束?」
「深雪ちゃんを助けて,またD地区にみんな集まることができたら,そのとき令司君は,深雪ちゃんに告白をする.良い?」
突拍子もない霧花の謎の提案に俺は呆れる.
だが..
「そうだな.深雪が帰ってきたら,必ず告白するよ」
俺は,霧花の小指に自分の小指を引っ掛け,約束を交わす.
「よろしい!」
約束を交わし,小指をほどく二人.
「今更,言うのもなんだが,どうしてお前と誓いを立てなきゃならないんだよ.お前関係ないだろ」
「お前じゃなくて,霧花!」
「あ? うん..ごめん,霧花」
いちいち,呼び方にこだわりすぎだろ.おかげで会話の流れ失うところだったわ.
「確かに関係ないかもだけど..まぁ細かいことは良いでしょ! 根っこの目的は,深雪ちゃんの救出なんだし」
「それもそうだな」
「一応,血の繋がりがある姉妹なわけだし! ここでお姉ちゃんとしての株を上げとかなくちゃ! そう! 深雪ちゃんの恋のキューピットとして!」
となりで何やらブツブツと小声で呟いている霧花の顔を見ると,とても満足げな顔をしていた.
俺には,その笑顔の意味を掴むことはできなかった.
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