第25話 海軍(1)
炒めた鶏肉や野菜やご飯をオムレツで包みケチャップをかけた料理,通称オムライス.
「美味いな」
D地区の景観ぶち壊しのビルの5階に位置する食堂,俺は,今ここで昼飯を食べている.
約半年の間,深雪を失ったことで,ふさぎ込んでいた俺を毎日支えてくれた弟,そして,その腐った心を根こそぎ ぶち壊した節.
俺は,今 そんな二人と食堂に来ている.D地区に来てからは時間は経つが,食堂に来たことは一度もなかった.今回 そのことを二人に伝えたら,それは勿体ない,と言われ連れてこられた形だ.
「だろ?」
同じくオムライスを頬張る節が自慢げに答えてくる.
「あぁ本当に美味いぞこれ」
「今度,深雪さんにも食べさせてやれよな!」
「そうだな,この味なら深雪も文句はないだろ」
この前の俺とは違い,平然と深雪の名が会話に出てくる.
そうだ,もう研究都市から,深雪から逃げるのはやめたんだ.節もそのことを理解していて深雪を話に入れてきたのだろう.それに,今の俺は,プライドも何もかも捨てた身だ.今更,深雪に対する気持ちを隠すつもりはないし,深雪を助けるためなら,どんなに絶望的なことでも行動するつもりだ.
「てか,弟,腹減らないのか?」
オムライスを頬張る節の横で優雅にコーヒーを飲む弟に俺は,オムライスを食べる手を止める.
「朝 食べれば,一日余裕で持つから問題ないよ.昼 胃に物を入れると眠くなって本を読むのに集中できなくなるんだよ」
「そうか」
本好きの弟にそこまで言われてしまっては,何も言い返すことはできない.
忙しそうに動いていた節の持つスプーンが動きを止める,どうやら節は,オムライスを完食したようだ.
「令司,ミブロさんにはお礼言っとけよ? お前が引きこもっている間,ずっと深雪さんの手がかり探してたんだからな.それに,あのミブロさんが土下座したんだぞ.海軍に. 深雪さんの居場所を調べてくれーって」
そうだったのか..土下座をしてまで深雪を..
何もせず,ただ逃げていた俺とは違って,常に前を見ていたんだな,ミブロは.
思い返せば,ミブロは,深雪を失ったあの日も俺を支えてくれてたっけ?
バカ,アホなどと言っていた かつての俺は,本当に何様だったのだろう.もし,過去に戻れるなら,そんな俺を俺は,節に殴られたときのように殴っているに違いない.
「そうだな..必ずお礼は言う」
コーヒーをかき混ぜる弟,そのかき混ぜていた棒で窓の外を指す.
「海軍と言えば,あそこに止まっているね」
棒の指す方向には,港があり,このビルからは,それが一望できる.
そこに,佇む一隻の黒い島のようなもの.その大きさは,全長400m,幅100mと言ったところか.その黒い島の上には,何十隻もの戦闘機が搭載され,ミサイルを打つための発射台のようなものもいくつか見える.
「あれは,海軍の軽空母だな」
情報収集で他地区に行って見慣れているのだろうか? 節が何の驚きも表さずにその軽空母を見ている.
「マジか..空母かと思った」
その大きさは,このD地区に新しく陸ができたんじゃないかと思うくらいには巨大だった.
しかし,節が言うには,あれは,軽空母,空母ではない.そういえば,あの深雪とおばさんの村が襲われた日,空に悠々と浮遊していた空軍の空中空母.あの大きさと比較すると,確かにあそこに止まっている空母は,小さい.
つまり,海軍の本丸は,あれの数倍の大きさはあるということか..
「何というか..このD地区に俺は,絶望したよ..」
改めて実感する研究都市の力.しかも,あれは,研究都市の中の海軍.そして,その海軍の中の一部にすぎない.
対して,このD地区には,何もない.
「まぁまぁ,落ち着けって令司.それはみんな思ってる.でも,面白くなりそうじゃないか? あの海軍が仲間になるかもしれないんだぞ? ミブロさんももう海軍は,俺の下っ端!とか言ってたし」
「いやいや..下っ端に土下座してる時点で終わってるだろ.それに,未だに海軍の思考がわからない.いくら海軍が研究都市反対派だからと言って,この何の取柄もなく,勝算もゼロに等しいD地区に付くメリットあるか?」
コーヒーを飲み終える弟.
「兄さんは,僕と
「どんな関係だよ..」
そうか,海軍のリーダーは,
「あ! わかった!」
俺が海軍のリーダーのことを考えていると,節が何かに閃いたかの如く,声を張り上げる.
「その二人の関係は,カップルか婚約者と見た! もし,この説が合っていたら大スクープだぞ!」
出たよ..何でもかんでも恋愛関係に持っていく奴.嫌いではないが,たまにウザイと思ってしまう.
「残念だけど,それはないよ節君」
節の残念がる顔とそれをやれやれと言った様子で見る弟.
「詳しいことまではわからないけど,兄さん曰く,昔,その「桜」..海軍のリーダーを助けたことがあって,それの縁で今の関係があるって」
助けるか..確かにミブロは,なんだかんだ良い奴だからな..決して不思議なことではない.
てか,弟,最初からそう説明すれば良かっただろ..何でただならぬ関係,の方を先に言うんかね.弟なりの会話を弾ませる術なのかどうかはわからないが,おかげで節のテンション下がっちゃたよ.
「あーミブロさんっぽいすね.チッ! つまんねえな」
どんだけ恋バナしたかったんだよ..
まぁ確かに,もし,ミブロにそういう関係があったら,俺も少し気になる.
「少し話戻すけど,あの空母あんなに目立ってて良いのか? D地区に止めてたら色々問題ありそうだけど..」
「全く問題はないよ.あくまで燃料の交換という名目であそこに止めているからね.他地区に海軍がD地区にいることが知られても,特別不思議なことではないよ.で..裏では,色々会議」
そうか..D地区は表向きは,研究都市.だが,裏では,他地区の首を狙っている.海軍も表向きは,研究都市の機関.だが,こちらも裏では,D地区と繋がっている.
だから別に,こそこそせずに,堂々としていればいいわけだ.
「まぁ..海軍の空母の動力は,原子力.何十年単位で寿命が持つから,そもそも燃料の交換は,あまり必要としてないんだよね」
ミブロ並みに丁寧に説明してくれる弟,さすがは兄弟と言ったところか.
「つまり,表向きの名目も嘘ってことか..本当にミブロと話し合うためだけに立ち寄ってるだけなんだな」
「そういうこと」
食べ終わった食器を重ねて,食堂を後にする3人.
「また今度な,二人とも」
節のさよならとは反対方向に進む,俺と弟.
進む先は,いつもの図書館.
深雪を助けることができるのは,もしかしたら,数年先かもしれない.
それでも俺は絶対に諦めない.
俺は必ずお前を取り戻す.
そして,もう一度,あの笑顔を見るために..
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