第24話 本当の気持ち
「二人ともお帰り.A地区の情報取集お疲れ様.どうだった?」
そう言ったミブロの視線の先には,節と綺羅がいた.
「特に目ぼしい情報はありませんよ.強いて言えば,空軍の2つの派閥が主導権争いだとか何かで仲がよろしくないとか..まぁこれはどうでもいいですね.あと,これは,ミブロさんの耳にも入っているとは思いますけど,A地区の管理者が変わったこと..くらいですかね」
A地区の潜入捜査の結果を報告する節.
「そうか....悪いね,半年もA地区に潜入させてしまって.今日は,ゆっくり体を休めてくれ」
最近,忙しいのだろうか? ミブロの机の上には,この前見たときよりも大量の書類やゴミが散らかっていて,ミブロはどこか疲れているように見えた.そして,今日は,いつも隣にいるはずのマリーの姿もない.
「今更どうしたんすか..これが俺らの仕事ですよ」
「なんか..たいちょー見ない間に老けましたね」
綺羅もそんなミブロの姿に(少しだけ)心配しているようだ.
「何かあったんですか?」
そんな何も知らない節の問いにミブロは,いつになく真面目な顔で.
「半年前,深雪君が研究都市に捕まった」
「え..」
綺羅の動揺した声とそれを驚きもせず堂々と聞く節.
「そうですか..俺らが調査した限りでは,A地区で深雪さんに関する情報はありませんでした」
「うん.海軍からの情報によると,犯人は,C地区.深雪君がC地区のどこにいるのかはまだわからない」
「いつの間にか海軍と親しくなってたんすね..信用できるんですか? そいつらの情報.嘘を付いて俺らをC地区に誘導しようとしてるんじゃないですか?」
若干,喧嘩腰の節.
「節君..僕ら弱者が強者に勝つ方法は一つ.信用を築き,たくさんの仲間を集めることだ.節君の言いたいことは,もちろんわかる.しかし,ここで海軍を信用しなければ,深雪君の居場所はおろか,研究都市には絶対に勝てない.仮に僕らが海軍に騙されていたのなら,僕らの夢はそれまでだった,ただそれだけのことだよ」
その当たり前の正論に節は何も言い返せないでいた.
「たいちょ! 深雪ちゃんは生きてるんですよね!?」
綺羅の手が小刻みに震え,研究都市に対する怒りが伝わってくる.
「綺羅君,冷静になるんだ.深雪君はほぼ間違いなく生きている.確かに研究都市は何の躊躇もなく人を殺す連中の集まりではあるが,希少価値の高い者に対しては,丁重に扱われるはずだ.研究都市にとって「桜」を失うことは何よりも避けたいはずだし,殺すなら,深雪君をこのD地区で捕まえた時点で殺してるはずだ」
「そう..ですよね」
ミブロの隙のない説明に黙り込んでしまう二人.
「全て僕の責任だ.仲間を守ることができなかった..だから僕が何としてでも深雪君を」
ここまで自分に責任を感じ,悪ふざけが一切ないミブロの姿は,二人にとってはとても新鮮だった.
ふと,カップルの如く,いつも深雪さんの隣りにいた,あいつのことを思い出す.
「ミブロさん,令司は,どうしてる?」
節の言葉に顔を上げるミブロ.
「わからない..深雪君がいなくなってから,部屋から全然出てこなくなってしまったね..一応,弟とリア君が毎日,様子は見に行ってるらしいけど,僕はあれからほとんど会っていない.多分だけど彼は,もう深雪君のことを諦めてしまっている..」
悲しそうな顔をするミブロに綺羅が.
「私たちが令司のところ行って,あのヘタレにガツンと言ってやりますよ.あ..私たちじゃなくて,節が」
え? 俺? という顔をする節.しかし,その数秒後には,なぜか節が懐かしそうな顔をする.
「そういえば,二人と令司君は,ピーススクールの仲だったね.僕じゃ,あの年頃の子の気持ちはわかってあげられないし,頼もしいね」
「じゃあ,早速,令司のところ行くか..」
「うん.たいちょーも少しは体 休めてね」
そう言い残し,二人はミブロ部屋から出ていく.
「良い友達を持っているじゃないか..」
少し沈黙を置いたあと,両手で頬を叩き気合を入れる.
「さてと! 僕もあと少し頑張るぞ!」
夕方.すでに日常と化した弟とリアの自宅訪問.
リアは,膝に装着していた二丁の拳銃を磨き,弟は,テーブルの椅子に座り,本を読んでいる.
そんな見飽きた光景を見ていると,突然ドアの開く音が聞こえる.
その音に反応したのかリアと弟もドアの方向を見る.
「二人来るね..」
耳の良い弟が無断侵入してきた人数をすぐさま当てる.
「誰だろう? リーダーかな? マリーかな?」
拳銃を磨きながら,人当てゲームをするリア.
足音が近づいてくる.
そして,このリビングに繋がるドアノブに手がかけられ,何のためらいもなくドアが開けられる.
「よっ!」
「おひさー」
見覚えのある声.どこか懐かしく安心する声.ドアの前に立っていたのは,節と綺羅だ.
「あ! 帰ってきてたんだ! A地区どうだった? 楽しかった?」
二人をチラッと見ただけで再び本を読み始める弟とは違い,リアは,この二人とも仲が良いのだろうか,嬉しそうに土産話を要求する.
「楽しくもなんともないよ.てか,お仕事だし..ただ,D地区ってやっぱり田舎..秘境だったんだなぁって改めて思っただけ」
D地区を他地区と比較して辛辣に評価する綺羅.
「あはは..いつも通りの反応」
リアの反応を見るに,どうやら毎度のこと綺羅は,D地区ディスりをしているらしい.
「二人とも今日はどうしたの? こんな夕方にこの狭っ苦しい部屋に来て」
おい..今なんて言った? リアさん? ここ一応,俺の部屋なんですがね..
「もちろん.令司とお喋りしに来た」
俺は,節から感じる謎の威圧感のせいか,節の顔を見ることができなかった.
..と突然立ち上がる弟.
「今日はここら辺で失礼するよ,令司,また今度」
「あ..あぁ」
何か用事でもあるのか? この時間に帰るのは珍しい,本を持ち,そのまま,何の未練もないような様子で帰ってしまう.
綺羅は,その弟の空いた席に腰をかける.
「令司,単刀直入に訊く.深雪さんは,どうした?」
「ちょっ!? 節! やめなよ!」
その節の突拍子もない言葉に焦り,制止に入るリア.
「リア..君の行動も正直よくわからない.こんな生活を一生続けるつもりなのか? こんな臆病のヘタレのために君の貴重な時間を費やす必要はないよ」
その言葉にひるんでしまうリア.
リアは何も悪くない,ただ俺を心配してくれただけだ.そんなリアが責められる光景を見てはいられず,俺は,節にいら立ちを覚え,少し挑発気味に口を開く.
「はは..返す言葉もないよ.臆病でヘタレ..俺にピッタリの言葉じゃないか」
そんなわかりきった挑発に乗ってくるはずもなく,節は冷静に対処する.
「ということは,深雪さんを助ける意志は一切ない.そういうことでいいか?」
こいつ..挑発してくれるじゃないか.だが,ここで冷静さをなくしてしまっては俺のプライドが崩れる.
「あぁ..相手はあの研究都市だ.冷静に,現実的に判断した結果だ」
下を向き,本当の気持ちを殺しながら答える俺をよそに,節がポケットから何かを出してくる.
「じゃあ,これは,もういらないよな?」
節の手に握られていたのは,あの日..あの日の俺の誕生日に深雪がプレゼントにくれた,雪の結晶の形をしたペンダントだった.
「どうしてお前がそれを持ってる..?」
おかしい..そのペンダントは,ベッド横の引き出しに入っていたはず..どうして今さっき来た節が持っている?
「それは教えられないね」
..いや,そんなことはどうでもいい.
「返せよ..」
小さな声で言う.
「聞こえないな.もう一回言ってみろよ.臆病者」
「返せって言ってんだろ!!」
爆発する感情.もう制御することはできない.
俺は,節の腕を掴み,そのペンダントを取る.意外にもあっさりペンダントを回収できたが,俺の節に対する怒りは収まらない.
そんな二人の異様な光景を温かく見守る綺羅と二人の怖い形相に怯えるリア.
「節,何のつもりだよ」
「何って..捨てよかなって.だって深雪さんのこと見捨てるんだろ? 嫌な思い出はさっさと消して,新しい思い出を作った方が令司のためにもなるだろ?」
常に挑発を誘ってくる節.どんな意図があるのかはわからないが,その思惑通りに誘導され,俺は,怒りを抑えることができない.
「な? 深雪さん何か忘れちまえよ!」
その言ってはいけない言葉の境界を越えたのか,気づいたときには,節の胸ぐらを掴み,壁に押し付けていた.そして,鬼の形相で節を睨みつける.
「もう一回言ってみろよ..」
苦笑いをする節.
「深雪さん何か忘..」
俺は,節の言葉が言い終わる前に,節の頬に強烈な一発の殴りを入れていた.
あぁ..駄目だ.やっぱ俺ってまだ 子供だったんだな..制御が利かないよ.
殴られた頬の部分に手を当てる節.俺は,殴りを入れてすっきりしたのか,完全に油断をしていた.
頬に伝わる強烈な一撃.それは節の手から繰り出されていた.そのあまりにも強すぎる衝撃に俺は,床に手をついてしまう.そして,節が俺の上にまたがり,再び,俺の頬を殴り始める節.何度も..何度も..
そして,俺のただ強がっていた心は,ついに折れてしまう.
それを察したのか節の手も止まる.
涙を流し,節に叫ぶ.
このとき,心のダムで抑えつけていたあらゆる感情が決壊し,流れ出す.
俺は,怒って,泣いて,弱音を吐き,普段,人前では絶対に見せない面をここにきて見せてしまう.
「しょうがないだろ..助けたくても..助けられないんだよ! 相手は研究都市だ..無理に決まってんだろ! 俺にどうしろって言うんだよ! なぁ! 教えてくれよ!」
この感じ..ミブロに見られたとき以来だな.最悪なことに今回は,3人に見られている.もう隠せないか..俺がずっと強がっていたということを.
そんな俺の哀れな姿をジッと見守る綺羅とリア.
「令司..俺はただ,お前の気持ちを知りたいだけだ.お前が本当はどう思い,どう行動したいのか.正直,研究都市に勝てないだとか,助けることは難しいだとか,そんな話はどうでもいい.お前の本当の気持ちが知りたい..」
その節の真っすぐな視線が俺の弱り切った心に突き刺さり,もはや嘘も強がることも許さない.かと言って,今更,嘘を付く元気もなければ,もう強がるつもりもない.
「助けたいに..決まってるだろ..」
俺は,泣いているせいか,声を震わせ答える.
しかし,節にとってこの回答は不十分だったらしく..
「どうして?」
どうして? その節から出される問いに一瞬,考え込んでしまう.
でも..答えはすぐに出た.
俺の命を救ってくれた恩人だから? 俺の家族のようなものだから?
いや,どれも違う.
深雪の笑う顔が好きだ.深雪がいつも腕を組んできてくれるのが嬉しかった.深雪の料理が好きだ.そうだ..深雪のことを考えるだけで俺は幸せだった.
どうしてもっと早く気付けなかった..気づくのがあまりにも遅すぎた.
俺の本当の気持ちは..
「好きだからだ..」
誘導尋問をしてくる節,今の俺にそれを抗うことなどできなかった.
「誰を?」
「深雪..が好きだ.俺は,深雪が..大好きだ..だから,助けたい..もっと深雪と一緒にいたい.俺の傍にずっといて欲しい..」
涙を流しながら,本当の気持ちを吐き出した俺に満足したのか,節が体を起こし,俺に手を差し伸べる.
「立てるか?」
俺は涙を腕で拭きとり,その手を取る.
まったく..してやられたよ...
節,これが狙いだったのか..おかげさまで殴れたところがズキズキとして痛い.
でも,これでようやく目が覚めた.
「節,いつもありがとうな」
気持ちを吐き出したからだろうか,心がいつもより,すっきりとしている.
今の俺の心からは,絶望の二文字が不思議となくなっていた.
本当に不思議だ..ただ自分の本当の気持ちをばら撒いただけだというのに..
「節おつかれ~」
最初から最後まで傍観を決め込んでいた綺羅.そして,綺羅が俺の前に立ち,抱きついてくる.
「あんまり無理しちゃダメだよ? 私たちのことを忘れないで.困ったら助け合う.でしょ?」
懐かしい..昔からそうだ.綺羅は,俺と節が喧嘩するといつも抱きついてきて,心を穏やかにしてくれる.
「綺羅もありがとな」
「うん!」
「あれ? 綺羅,節には抱きつかないのか?」
俺の記憶が正しければ,綺羅は,喧嘩をした二人に抱きつくはずだが..
「節は,する必要なし!」
抱きつく基準は,よくわからないが,必要ないらしい.
そして,完全に外野だったリアが和やかな雰囲気になったことを察する.
「えっと..よくわかんないけど..一件落着?」
「だな」
答える節.
そして,節が唐突に土下座をする.
「リア! 本当にすまなかった! あのときは,流れ的にそうなってしまった!」
どうやら節は,喧嘩の序盤でリアに対して,少しきつく言ってしまったことを気にしているようだ.
「え? あー別に私は気にしてないよ」
「リアが令司のためを思って,様子を見に来てくれたこともわかってる! リアがいなかったら,令司もっとヘタレになってたと思うから,本当に感謝はしている! 申し訳ございませんでした!」
「うん.本当に私は気にしてないって! 頭上げて!」
そんな謝罪光景を見ていると,ふと何かが引っかかる.
「おい節.あのペンダントどうやって取った?」
今日,一番の謎.もしかして,あらかじめ部屋に来て盗んでいたとか? いや..でも俺,ほとんど部屋に引きこもってたし..
「あれは,弟さんからだよ.これ武器になるよって渡された」
「な!?」
あの野郎..いつ盗んだのかは知らんが,おそらく部屋に遊びに来てたとき,盗まれたのだろう.気付かなかった俺も悪いが..
「あいつ..だから逃げるように帰ってたのか..何が起こるのかわかってて..」
「そういうこと」
まんまと俺は,こいつと弟にはめられたわけだ.
そんな,こいつらの行動に呆れていると,俺以外の三人が突然ニヤニヤし始める.
「どうした? 三人していきなり..」
「令司さっき,深雪ちゃんのこと大好きだ! って」
いじってくる綺羅.
「いやいや,俺は深雪と一緒にいたい,とも言ってたよ!」
若干,俺のものまねを入れてくるリア.
「ずっと俺の傍にいて欲しい,とかも言ってたよな」
こいつら..
「もうその話はやめてくれよ.節,お前だって,お前の本当の気持ちを知りたい,だとか臭い言葉使ってたじゃねえか」
俺は,せめてもの反撃でここを突く.
「な!?」
クスクスと笑う綺羅とリア.
「あれは! お前のためを思ってだな!」
必死に言い訳をする節.
「もっと,他の言葉なっかたのかよ.それに節..」
「ん?」
「俺は,お前を一回しか殴ってないのに,お前,何回俺を殴った? 軽く10回は殴ってたよな? というわけで,あと9発俺に殴らせろ」
やべ! と言わんばかりに走り出し,部屋から飛び出していく節.
そして,それを全速力で追う俺.
こんなに心が軽いのはいつぶりだろうか?
仲間..
もし,俺に仲間がいなかったら,どうなっていただろうか?
考えても仕方のないことだが,俺は,心の中で誓っていた.
深雪のことだけではなく,仲間も守る.
俺を救ってくれた仲間のように,俺も仲間を守り,救いたい.
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