第23話 友達
あれから数か月.
深雪は,帰って来ない.
俺は,あの日から変わってしまった.
もう,何もかもがどうでもいい.
「おっはよー!」
いつものように自分の部屋かの如く,入ってくるリア.
「あぁ」
そして,数分後には..
「二人ともおはよう.いい天気だね」
手には数冊の本を重そうに抱え,身長が低いせいなのか,本で顔が隠れてしまっている.そう..図書館の住人でお馴染みの弟だ.
「今日も図書館はいいのか? みんな困るだろ」
「問題ないよ.今日も誰も来ないという方に賭けているからね」
深雪がいなくなってからというものの,リアと弟の二人が毎日のように俺の部屋に来るようになった.
理由は,なんとなく察しが付く.多分,俺が可笑しくなってしまったことに薄々感づいているのだと思う.
俺は,この二人の前に限らず,人前では,なるべく普段通りにふるまうように努力してきたが,どうやら,この二人には隠すことができないようだ.
「令司! 何か食べたいものある? 作るよ!」
「僕は,ラーメンが食べたいな.令司もそうだろ?」
「弟には,訊いてませーん.私は,令司に訊いたの!」
ここ数か月,俺とリアと弟は,常に一緒にいる.
そのせいなのか,お互いの距離は縮まっているように感じた.現に俺は,この二人から呼び捨てにされている.
「俺は..何でもいいよ」
「じゃあ,ラーメンで決まりだね」
「てか,私,弟にも作らなきゃいけないの!?」
「え? 作ってくれないの?」
「いや..作るけど..」
いつものように何の生産性もない会話をする.
リアと弟は,ただ傍にいてくれるだけだ..気を遣ってくれているのだろう.二人から深雪という単語は,もう随分と聞いていない.
「じゃあ,僕たちは,そろそろ帰るよ.何かあったら遠慮せず言ってくれ」
「令司! 明日も来るね」
本を抱えた弟と手ぶらのリアが部屋から出ていく.
「ったく..あいつらいつも何しに来てんだよ..」
リアは,いつも俺に何かと話を一方的にしてくる.対して,弟は,黙って本を読んでいるだけだ.
リアは,大好きな姉のイアと一緒にいなくていいのか? 耳の良い弟は,雑音のない静かな空間で本を読まなくていいのか?
自分が二人の大切な時間を奪ってしまっていると思うと胸が苦しくなる.
どうして..俺なんかに構う? 他人のことなんかいちいち気にせず,思う存分,自分の時間を謳歌すればいいものを..
「本当..迷惑だよ..」
でも本当に迷惑なのは,この夜だ.
俺は,夜一人になると深雪のことを考えて泣いてしまう.
もちろん俺だって,こんなのは最初だけで,あとは,時間が何もかも解決してくれると思っていた.
だが現実は違った..毎日毎日ただ泣く日々.
一番つらいのは,夢だ.
深雪が消える夢.深雪が泣いている夢.深雪が殺される夢.ときには,俺が深雪に殺される夢.
朝起きると,必ず汗か涙で枕元がびっしょりとしている.
「異常だよ..深雪を助けることを諦めた俺への罰か? いい加減にしてくれよ.もう苦しい思いはしたくない..それだけなのにな」
そんなことを考えていると,まぶたが重くなっていく.
「寝るか..」
三人の仮面をした男に襲われる深雪.
俺は,遠くからそれを見ているだけ.
声は何も聞こえない.
ただ..深雪は,泣きながら必死に抗っている.
そして,深雪が誰かの名前を呼びながら助けを呼んでいる.
何て言ってるんだ? 聞こえない..何も聞こえない.
そして,一人の仮面男が刃物のような物を持ち,深雪の首に当てる.
「やめろ..やめてくれ! 頼む! 深雪を返してくれ!」
ようやく自分の声が出せるようになる.
仮面男の一人は,刃物を持った手を大きく上げ,深雪の首元に振り落とす準備をしている.
「ばいばい..令司」
「深雪!!」
上半身を勢いよく起こす.
身体は,汗でびっしょりだ.
「またか..」
こんな朝を俺は,何回続ければいいのだろうか?
もしかして死ぬまで永遠と? それは冗談でも笑えない.
時計を見ると,もう少しであの二人が来る時間.いつものように鍵を開け.いつでも自由に入って来られるようにする.インターホンはうるさいからだ.
「そういえば,俺ここにいる意味ないよな.もう研究都市とかどうでもいいし..ミブロも早く俺を追い出せよ..」
そうは言いながらも,ここに住み着いてしまっている俺は,一体何様なんだろうな..
ガチャッとドアの開く音がする.
足音からするに今日は,二人一緒に来たようだ.
相変わらず弟は,本を大量に持ってきている.
「おっはー!」
「令司おはよう」
元気よく挨拶するリアと定型文の如く挨拶する弟.
「お前ら..飽きもせずよく来るよな..」
「うん.暇だからね」
「私も暇!」
迷いもなく即答する二人.
「ありがとな..」
正直,迷惑なことには変わりない.相手に気を遣わせ,俺も少なからず,気を遣っているのだから.
でも,何だろうな..この感覚.二人が近くにいてくれるだけ,話してくれるだけでも俺は,深雪のことを一瞬でも忘れ,楽になることができる.
「....」
「....」
恥ずかしいことを言ったせいか,変な空気になってしまう.
そして,二人の驚く顔が目の前にある.
「よ..よし! 今日も私がご飯を作ってあげよう!」
「じゃあ,僕も頂こう」
「だ~か~ら~これは令司のためなの!」
普段の会話に戻っていく.
こういうときのリアみたいな元気キャラは,本当に便利だ.
時間が経つのは早く,いつものように帰っていく二人.
俺は,いつまでこんな生活をしているのか? 最近,考えるようになった.
「まぁ..追い出されたとき,考えればいいか..」
廊下を並んで歩くリアと弟.
「ねぇ..弟は,どうして令司の部屋に行くようになったの? しかも,私より早くに!」
「どう言っていいのかわからないけれど,友達になりたいから..かな? 初めてだからね.本をあんなに楽しそうに,真面目に,わからないことがあれば遠慮なく訊いてくる.それが何だか新鮮でね.初めてだよ..僕から友達になりたいと思ったのは」
その弟の予想外の回答ににやけるリア.
「へ~弟ってそんなキャラだったけ? もっと物静かでクールなイメージ持ってたんだけどな~」
小馬鹿にしてくるリアに弟は,一切動じない.
「僕は,君..リアとも友達になりたいと思っている.だから,僕が普段言わないようなことも話した」
その言葉を聞き,最初は,ポカンとしていたが,すぐに笑顔になるリア.
「そっか! 私が思うに私と弟と令司は,もう友達だよ!」
「そうなのか?」
「そうそう! 難しいことは考えない! ここ数か月,ほぼ一緒に居たんだから間違いなし! それより! 令司があんなお礼言うの初めてじゃない? 私びっくりしちゃった!」
「そうだね..僕も驚いたよ」
「もうそろそろじゃない? 令司が元気になってくれるの」
「それはどうだろうね.僕から見ると彼は,ただ逃げているようにしか見えない.研究都市という最強の敵に絶望をしている. だから,深雪君を助けようと行動をしていなければ,多分,助けるつもりもない.第三者の視点から見れば,合理的な判断だとは思うけどね」
「確かに,研究都市に戦争を吹っかけるのはバカだけど.でも..令司,あんなに深雪ちゃんのこと..」
「僕達じゃ令司の心を動かすことはできない.どう説得したって,僕らの言葉じゃ彼の心には何も響かないし,動かすこともできない」
「それじゃぁ..どうすれば..」
「そろそろじゃないかな? 二人が帰ってくるのは..」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます