第19話 最後の笑顔
D地区に来て一か月が経つ頃には,ここでの生活も慣れてきた. と言っても深雪は,部屋に引きこもり,俺は図書館に引きこもっているだけだが..
それでも深雪は自分なりに暇を作らないよう努力しているらしく,図書館で料理本を借りたり,村にはなかった食材を利用して新しいレシピの開発など,日々腕を上げているだとか.
それとあのイア&リアとは仲が良いらしく,深雪が料理を伝授したり,部屋にお邪魔させてもらったりと交流を深めている.
かく言う俺もあの図書館の守り神 弟とは仲良くさせてもらっている. 相変わらずその兄とは未だ重い空気のままだが..
「今日も図書館に行くの?」
よく眠ることができなかったのだろうか? アホ毛のような寝ぐせを付けた深雪が珍しく早朝起きてきた.
「まぁな.ご飯食べるか?」
深雪はこくりと頷きテーブルに着く. 寝ぐせを気にしているのか手をくしのようにして,髪をいじっているがアホ毛がぴょんぴょんと反発していて治る気配はない.
いつものように二人でテーブルを囲み,スープを口に運んでいると深雪が何か言いたげな顔をしていることに気付く.
「どうかしたか?」
何やら迷っているようだったが,決心したのか口を開く.
「今日一人で外出しても良い? ビルの中じゃなくて..そのお外に..」
「ダメだ」
「えっと..じゃあリアちゃんと一緒でもダメ?」
目で強く訴えてくるが..
「ダメだ」
リアがどのくらいの戦闘能力を持つのかはわからないが,パッと見た限りではおそらく中の下だろう.それに能力者でもない.偏見だが深雪を任せることはできない.
「そう..だよね.ごめんね..」
しゅんとしてしまう深雪.冷静に考えてみれば,ここ最近俺は図書館に行ってばかりで深雪と外に出かけていない.
毎日部屋に閉じ籠っていてはストレスが溜まってしまうのも無理はない.
俺もたまには外の様子を見たいし..
「わかった.じゃあ明日久しぶりに出かけるか」
「え? うん..」
いつもと何かが違う.
いつもなら嬉しそうにするはずだが,今日の深雪は何やら浮かない顔をしている.
早朝でまだ眠気が完全に覚めていないせいだろうか.
「ごちそうさま」
俺は浮かない顔をする深雪を横目に食べ終わった食器を片していく.
「今日はなるべく早く戻るようにする」
「うん..わかった」
やはり少し元気がないように見える.
そんなに今日出かけたかったのか..
「ごめんな..今日は弟と約束があるんだ. まぁ..今日出かけたいなら今から弟に今度でも良いか聞いてくるか..」
「え? 私は大丈夫! 令司はいつも通り図書館行ってきて大丈夫だよ! なんなら早く帰って来ないでも大丈夫!」
先程とは違って,妙に反応が良い深雪.
早く帰って来ないでも大丈夫って..何か邪魔者扱いされてる気分だな..
「はぁ..じゃあ行ってくる」
「あ..待って! 令司」
俺が部屋の玄関に向かおうとすると深雪が俺の目の前まで来る.
「ジッとしててね」
そう言うと深雪はつま先で立ち,俺の頭に手を伸ばす.
「ほら見て.糸くず」
ただの糸くずを見せつけてくる深雪.
「随分と嬉しそうだな..」
「えへへ..だって令司が頭に糸くず乗っけてるのまぬけで面白いんだもん」
「寝ぐせ付けてる奴には言われたくないな」
とっさにそのアホ毛のような寝ぐせを手で押さえる.
「バカ..」
俺はその深雪の言葉を最後に部屋から出る.
最初は元気がなくて心配したが,まさか糸くずごときで元気が戻るとは..世の中何が起こるのかわからない.
俺は部屋を出るときの深雪のあの心が浄化されるような眩しい笑顔を思い出していた.
あいつ..本当に笑顔が似合うよな.
このとき,我ながら不思議と笑みがこぼれていた.
今日の月は新月.
俺はいつものように図書館に行くのであった.
部屋から出ていく令司.
「どうしよう..令司忘れてるのかな.自分の誕生日が今日だってこと」
そう.今日は令司の誕生日.
毎年のことだけど令司は自分の誕生日に興味がないのかいつも忘れてる.
「ケーキの材料は売店にあったから大丈夫だけど..今年は一人でケーキ作りか..寂しいな」
令司の誕生日の日におばさんと一緒によくケーキを作っていたのを今でも覚えてる.
「ケーキ自体は多分一人で作れるから大丈夫だけど.. 問題はお誕生日プレゼントか..」
困ったことに今年は,外出禁止令を出されているせいで誕生日プレゼントを買いに行くことができない.
一年に一回だけの特別な日.
私にとっては何よりも大切な日.
だって好きな人の誕生日だよ?
私に手を抜く選択肢はない.
「少しくらいなら..いいよね? ミブロさんも基本的には大丈夫みたいなこと言ってたし..私を想っての行動っていうのはわかるけど,令司は神経質すぎるんだよ」
令司だってきっとわかってくれる.
私はこの日を大切にしてるんだもん.
「よし! とりあえずこんなもんかな!」
テーブルにはイチゴが乗っけられたホール型のケーキが置かれていた.
「ん~上手にできているとは思うけど,やっぱり おばさんには敵わないや」
ケーキを冷蔵庫に入れて,プレゼントを買いに行くために簡単に身支度をする.
時計を見ると時刻は14時.
「早くしないと令司が帰ってきちゃう」
私は足早にこのD地区のビルから出る.
いつもは令司と一緒にお出かけに行くから,一人で街を歩くのは何だか新鮮.
天気も良いし,こんな日にお外に出ないのはもったいない.
「プレゼント何にしようかな..お店たくさんあって迷っちゃうよ.うぅ..リアちゃん誘えば良かったかも..お店のこと知ってそうだし,相談にも乗ってくれるだろうし..」
ひたすら悩み,後悔をする.
歩いていると周りからの視線を感じるがこれはいつものこと.
「この髪目立つし,やっぱり帽子被った方が良かったかな..」
私はそんな視線を気にしながらも色々なお店を見て回った.
ビルを出て三時間ほど経過しただろうか.
ベンチに座り,少し休憩をする.
「さすがに疲れたかも..」
令司のお誕生日プレゼントを選ぶのは楽しいから良いんだけど,さっきから何なの
..あの声を掛けてくる人たちは.もう今日だけで10人くらいから話しかけられたような..令司といるときは滅多にそんなことなかったのに.
先にケーキ作っておいて正解だった..
小物の入った可愛らしい小さな紙袋を手に持ち,ペンで紙袋にメッセージを書く.
「でも,苦労あってか お誕生日プレゼント買えた..喜んでくれるかなぁ」
早く令司に会ってプレゼントを渡したい.
そんな気持ちを胸に家路に向かう.
大通りにある時計台を見ると時刻は17時を過ぎている.
急いで帰らなきゃ,令司が先に帰ってきちゃう.
今日の感じを見た限り,間違いなくいつもより早く帰ってくる.
私が朝,余計なことを言わなければこんなに焦ることもなかったのに..
ビルまでは徒歩で30分くらい距離がありそうだ.気づかないうちに遠くまで歩いてきてしまっていた.
なるべく大通りを歩くようにはしていたが,やむを得ない..
大通りから外れた人通りの少ない道を選び,時間優先で家までの道をショートカットする.
17時過ぎということもあり,外は薄暗く,大通りから外れると別の世界に来てしまったかのように静かで不気味だった.
私は早く帰らなければという気持ちとこの不気味さから早く抜け出したいという一心で走っていた.
小道を走り,ようやく別の大通りへの道が見えてきた.このとき,すでに辺りは暗く街灯がチカチカと点灯していた.
「はぁはぁ..ギリギリ間に合いそうかな..」
久しぶりに走ったせいか息切れがひどく,体温が上がっているのを感じた.
少し休憩も兼ねて走るのをやめ,重い足を再び動かし歩き始める.
あと一歩で大通りに出られるというところでどこからか声が掛かる.
「お嬢さん..」
その男の声がすると同時に肩に生暖かい感触を感じる.
「え?」
後ろを振り向くと三人の仮面をした人が私を見ていた.
「こいつで間違いないか?」
一人の男が仲間と思われるもう一人の仮面の男と喋っている.
「俺に聞くなよ..でも白髪で女.条件には当てはまってるし,こいつでいいんじゃないか?」
そしてもう一人の男も喋り始める.
「意外とすぐに見つかりましたね! 金も結構良い案件だし今日はごちそう確定っすね? しっかし,めちゃめちゃ美人だな..何かあのスーツ野郎に渡すのが勿体ないよ.俺の彼女にしちゃおっかなぁ」
「やめろ.変な気を起こすな.俺らは金を貰う立場だ.それに妙なことをすれば俺らは間違いなく あのスーツに殺される.この腕輪も怪しいしな」
「わかってますって.冗談だよ冗談!」
私はその三人の男の会話をただ茫然と眺めていた.
ただ一つわかったことがある..
逃げなきゃ!
私は三人が会話に夢中になっている隙を見て逃げようとするが..
さっき思いっきり走ったせいで足が重く,上手くスタートダッシュを決められず仮面の男に腕を掴まれてしまう.そして同時に口も塞がれる.
「おっと危ない危ない.逃がすところだった.大通りに出られちゃ下手な動きはできないからな」
「とりあえずもう少し大通りから離れたところに移動したほうがいいっすね!」
仮面の男がそう言うと大通りからどんどん離れていき,絶対に誰も来ないような小道に移動する.
私は口と腕をを強く押さえられ,大声で助けを呼ぶこともできない.
この人たちは何?
令司が言っていた私を狙っているっていう人の仲間?
「とりあえずスーツ野郎を待つか」
さっきから会話に出てくるスーツの人って一体誰?
いや..今 そんなことはどうでもいい.ここから逃げ出す方法を考えなきゃ!
再び逃げる隙を狙っていると,突然目の前にもう一人の男が現れる.
いつから居たのだろうか? まるで気配がなかった.
暗くてよく見えないが,スーツを着用していて,令司より少し背が低い.
声的にもまだ年齢も若い.
スーツの男が私の方に近づいてくると同時に縛られていた口と腕が解放された.
そのスーツの男は私をジロジロと観察し,私の髪に触れる.
「間違いないですね.まさか本当に居るとは..あの情報は嘘ではなかったということか.まぁあの「
情報?
私にはこのスーツの言っている言葉がの意味が何一つわからなかった.
「おいおい! そんなことより早く報酬くれよ.やることはやったぜ」
「そうだよ~もう腹減って動けないよ」
「早くこのめんどくせえ腕輪外したいから,とっとと金をよこせ」
三人の仮面の男たちがスーツの男に向かい,金を要求する.
それを聞いたスーツの男はいきなり姿勢を変える.
身体を全体的に若干低くし,右腕を胸の前へだし右手を左胸に当て,左腕を腰にまわす.そして,右足を前に出し,右膝を曲げる.左足は後ろに置き膝を若干曲げている.
「皆様,本日は依頼を受けてくださりありがとうございました.皆様のお力添えもあり,無事本案件を終了することができます. つきましては報酬をお渡ししたいので,まずは,その腕輪を無理やり取ってみてください.急な力に反応して取れ外せるようになっておりますので」
何なんだろこの人..言葉は綺麗で丁寧なのに内から出てくるこの気持ち悪い感じは何?
言葉遣いは少し汚いけど,本当は優しい令司とはまるで正反対の人間.
今この四人の目は私の方には向いていない.
今,逃げようと思えば逃げられる状態だ..
ただ,不思議とこのスーツの男からは常に視線を感じる..目はこっちに向いていないのに..
そのせいか私は体を動かせないでいた.
「チッ 面倒くせえな」
そう言いながらも仮面の男たちは腕輪を強引に引っ張ている.
しかし,なかなか取れない..
私はそんな奇妙な光景を見ていることしかできなかった..だって金属の腕輪を強引に引っ張ても外せるわけがないのに..
「おい! 外れねえぞこれ」
「えぇ外れませんよ」
平然と答えるスーツの男.
「な!? 何のつもりだ?」
仮面男の声が怒りに満ち,怒りもピークに近づいていく.
「その腕輪は外部から強引に引っ張ろうとする力が働きますと,自動的に腕輪に仕込まれている毒を体内に打ち込んでくれる優れ物なんですよ」
「は?」
仮面男たちがその言葉を聞いた途端,突然もがき苦しみだす.
「き 貴様あぁぁ!」
「はい?」
「殺..して..やる....」
そんな仮面男の訴えも虚しく,仮面男たちは口から泡を吐き,動かなくなってしまった.
「はい.頑張ってください」
どうしてこの人はこんなに平然としているの? そして,どうして何の躊躇もなく人を殺してるの?
「黙っていれば報酬を与えたものの..私にくれくれ 要求をして良いのは私と同等かそれ以上の上級階級の者のみ,もしくは研究都市.下級の平民どもはただ何も考えずに,我々,
私は夢でも見ているの? 目の前で人が三人も死に,その光景をさも当たり前の如くしているスーツの男.
私は深呼吸をする.
間違いない..これは紛れもない現実だ.
スーツの男は三人の遺体に近づき,腕輪を回収している.
スーツの男との距離は十分取れている.
逃げるなら今!
そう考えたときには,私は全速力で小道を走り,十分体力が回復したのか,先程よりも早く走れている気分だ.
「やれやれ.元気な子猫ちゃんのようですね.転んで怪我するのだけは勘弁してくださいよ..商品価値が落ちるので.いや..自己修復能力があるから怪我しても問題ないのか..いやいや私としたことがすっかり忘れていました」
私は無我夢中で走り続けた.今までこんなスピード出たことがないと錯覚するほどに速く.
男が追いかけてくる様子もなく,目の前に先程の大通りが見え始める.
今度こそ大通りに!
あと一歩!
「え?」
私は意味の分からない光景に足を止める.
大通りに出たはずが,周りには廃墟しか並んでおらず,人の気配など一切ない.
「ど..どういうこと?」
遠くを見るとD地区のビルが見える.
おかしい..さっきまではあそこら辺に居たはずなのに..どうして..
「いきなり逃げられますと困りますよ」
その声がする方に顔を向けると先程のスーツ男が立っていた.
しかし,さっきとは違う点が一つ..目が紅く光っている.
「能..力者..?」
その目を見て,私がどうしてここに飛ばされたのかは納得できた.
もしかして..瞬間移動の能力者?
「あまり能力は使いたくなかったのですがやむを得ません」
男は小箱から注射器を取り出す.
「安心してください.これは睡眠剤です.あなたを殺すわけではありません.ですので大人しくして頂けると幸いでございます」
私は再び逃げようとするが,能力を使ったのか男は私の背後に回っており,腕を押さえられてしまう.
「令司..」
そして,男を振り払う暇もなく,注射器が躊躇もなく腕に打たれる.
「今何か言いましたか?」
意識が深い深い闇の中へと遠のいていく..
「眠ってしまいましたか..」
深雪を抱きかかえるスーツの男が空を見上げる.
「月の見えない夜..素晴らしい..」
令司..お誕生日祝ってあげられなくてごめんね.
プレゼントもどっかに落としちゃった..
勝手なことしてごめんね..自業自得だよね..
もっと令司といろんなことしたかったけど,もう無理なのかな.
助けてなんて無責任なことは言いません.
だって令司が危険な目に遭うのは絶対に嫌だもん.
でもね..この気持ちだけは変わりません.
令司大好き.
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