第18話 二人の兄弟
早朝に目を覚ますと,隣のベッドで眠っていたはずの深雪がこちらのベッドに潜り込んでいた.
一人用の毛布で小さかったせいもあり,深雪は少し毛布からはみ出ていた.
やれやれと思いながらも深雪に毛布を掛けてやり,朝飯を軽く作る.
「一応,深雪の分も作っておくか」
料理上手の深雪ほどとは言わないが,昔と比べて腕は上がった気がする.
完成した玉子焼きを眺める.
よし..これなら文句ないだろ.
個人的に点数を付けるのなら,90点と言ったところだろうか.
出来上がった深雪の分の朝飯をテーブルに置き,部屋から出る.
今日は特に急ぎの用があるというわけではないが,調べ物をするために図書館に行く.
ここ数日,節やミブロ,マリーから話を聞いてわかったが,俺には圧倒的に今の情勢や知識が足りていない.
研究都市,
無理もない. 3年の間,あの研究都市とは無縁の小さな村でのほほんと暮らしていたのだ.
もちろん,それが悪かったとは言わない. おばさんと深雪がいなければ,俺は今こうして生きていることはなかっただろうし,それに料理や裁縫などのスキルも身に付けることができた.
だからこそだ..俺は命を救い,これらを教えてくれた恩人の深雪を研究都市から守りたい,そのためには力はもちろん膨大な知識が必要だ.
命を救ってくれたように,今度は俺が深雪を守る. そう心に誓い,図書館へと足を進める.
何時間くらい経過しただろうか,すでに研究都市に関する本二冊を読み終えていた.
辺りを見ると,人の姿は全くなく自分の鼻息が聞こえるほどだ.
「そろそろ帰るか..」
借りる予定の数冊の本を持ち,図書館の受付を探す.
..がない.
「どこだよ..」
そもそもこの図書館に受付を思わせるところがどこにもない.
場所を聞こうにもそもそも俺以外の人の姿がないので聞くこともできない.
勝手に持っていてしまおうとも考えたが,後々面倒事に巻き込まれそうなのでそれはやめておく.
どうしようかと考えていると,突然どこからか声が聞こえる.
「さっきからうろちょろして何事だい?」
すぐさまその声に反応し,周囲を見渡すもどこにも人影など見当たらない.
ただ一つ違和感のあるところならあるが..
「ここだよここ」
案の定,その違和感のある本がごみの様に積まれてある辺りから声がする,
「何してんだよ..そんなところで..」
土砂崩れが起き始める本の山.
その山から出てきたのは,ミブロの弟の..弟だった.
「それはこちらのセリフだよ. 君は図書館内を目的もなく歩き回る趣味でもあるのかい? おかげで目が覚めてしまったよ」
眠そうに目をこする弟,どうやら俺が図書館内を歩き回っていたせいか睡眠を妨げてしまったようだ.
「本を借りるのに受付を探してたところだ. あと,別にそこまでうるさくしてたわけじゃないだろ..図書館もこんだけ広いわけだし」
「実は僕は異常に耳が良くてね. 遠くの音や些細な音でさえも気になってしまうんだ. 初めて会ったとき伝えておくべきだったよ. 謝罪する」
別に謝罪されるようなことは何もされていないが弟なりの礼儀というものなのだろう. 兄とは大違いだな.
「あと,本の受付場所だったね. 実は僕がこの図書館の受付係なんだ. 普段人なんて来ないものだから眠ってしまっていたよ. すまないね」
ミブロと似た顔でこうも丁寧な言葉で謝罪をされると何とも言えない気持ちになる.
だが,こういう性格の奴は嫌いじゃない.
「いやこっちこそ起こしてすまなかった..次から気をつける」
自然とこちらも謝罪をする.
これが人徳という奴なのだろうか?
相手がミブロだったら絶対出てこない言葉だ.
弟はタブレットのような物を山の中から取り出す.
俺は,借りたい本を弟に渡して本を借りるための手続きを行う.
「迷惑をかけてしまったね,これで手続きは終わりだよ. 研究都市についての勉強とは感心するね」
そう言いながら数冊の本を渡してくる.
「あぁ..あまりに無知だったからな. 明日もここに来る予定なんだが,弟はどこにいる?」
明日またこの弟を捜索するのはごめんなので,今のうちに聞いておく.
「僕は毎日ここにいるよ. もし,いなかったらこの本の山の中にタブレットを隠しておくから勝手に借りてもいいよ」
随分と管理が雑だと思ったが,滅多に人が来ないのだろう.
セキュリティについてはあまり考える必要はないということか.
俺にとってもありがたい話ではあるし..
「助かる. それじゃ明日も来る」
別れを告げ,部屋に戻ろうとしたとき..
「やぁ久しぶりだね令司君. 数週間ぶりかな?」
いつからいたのか..目の前には見たくもないミブロの姿があった.
「兄さん..いい加減令司君に謝るべきでは?」
「いや,もう怒ってねえよ」
そうは言うが多分俺は,自分の心に嘘を付いている. 実際こいつの顔など見たくもないわけだし.
「んじゃ」
ミブロが来たことにより,一気に空気が悪くなったのを感じ,この場から撤退を試みるが現実はそうも上手くいかない.
「そうそう! この前言った僕の会わせたい人がいるって件なんだけど,何か君と深雪君のこと少し話したら拒まれちゃった. だからこの話はなしっていうことで!」
あぁ..そういえばそんな話もあったけ?
どうでも良いと言えばどうでも良いが,俺と深雪の話をした途端,会うのを拒否する..少し引っかかるが今考えることではないな.
「そうか..」
俺はそのミブロの言葉を聞き,今度こそ部屋へと戻る.
その令司の後ろ姿を見送る二人の兄弟.
「兄さんなぜ謝らない? 彼まだ怒ってるでしょ」
「謝る? 僕はそんな無駄なことはしたくないね..」
これがいつもの兄さんだ,本当は令司君に謝って仲良くしたいのに謎のプライドが邪魔をしてできないでいる.
「もういい歳なのに,情けない兄さんだ..」
でも,僕にとっては自慢の兄さんだ.
声と行動に移していなくても心の中では常に仲間のことを第一に考えてくれている.
今日だって本当は令司君に謝るために図書館に来たはずだ.
「弟よ..僕はこれから令司君とどう向き合えば良い!?」
とうとう僕に泣きつき,救援を求めてくる.
普段,僕以外の人にはこんな姿は見せない いや..見せられない兄さんの可愛い一面だ.
しょうがない..
「兄さん こういうときはね..」
その後,静まり返った図書館で二人の兄弟はひたすらに謝罪とは何かを議論するのであった.
--D地区 廃墟街--
とある廃墟の一室に集まる三人の仮面をした男と一人のスーツ姿の紳士.
三人の仮面をした男には腕輪が付けられていた.
「この腕輪なんか意味あるんすか?」
一人の仮面男が紳士に問う.
「君たちは難しいことは考えなくて良い. 簡単に言えばその腕輪がなければD地区に私たちの存在がバレてしまう」
笑顔で答える紳士.
「はぁ..でもD地区も研究都市っすよね? 別に堂々としていればいいじゃないですか..」
「先ほども言いましたが,あなた方は難しいことを考える必要はない. 君たちを雇い金を払っているのは私たち
紳士は終始笑顔であったが,どこか近寄りがたく,何か反論すれば殺されてしまう. そんな雰囲気を醸し出していた.
「わ わかりました..」
仮面の三人の男は,その恐怖という何かを感じたのか委縮してしまう.
「ターゲットの特徴は白髪をした女だ. 写真の情報がないのは申し訳ないが,見ればすぐにわかる. 頼んだよ」
夜空に光り輝く欠けた月を眺める紳士.
「まもなく新月だ..」
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