第16話 二人の時間(2)

 久しぶりの買い物,深雪風に言うとデートだろうか?


 俺と深雪はD地区の様々な店が並ぶ大通りを歩いていた.


 辺りを見渡すと子供から大人の幅広い年齢層の人達が楽しそうに買い物を満喫していた.


「えへへ」


 隣を歩く深雪もいつもと変りなく,幸せそうにしていた.


 朝は機嫌を悪くさせてしまったのでどうなることかと思ったが何とかなりそうだ.


 気になることと言えばここが一応,研究都市だということだ.


 ミブロいわく,このD地区には他地区の連中は誰一人としていないらしい..どうやってD地区内の個人の情報を把握しているのかはわからないが,信用するしかない.


 外が危険だからと言って,深雪を部屋に閉じ込めていくわけにもいかないしな..


「令司! 令司! あれ見て!」


 深雪の指指す方向には,クレープと書かれた看板の店があった.


「クレープ? 聞いたことないな..深雪食ってみるか?」


 ....


 さっきまで隣に居たはずの深雪がいつの間にかクレープ屋の前で目をキラキラさせながら商品棚を眺めていた.


「あいつ..」


 俺も商品棚の前まで行き,カラフルな色で作られたクレープとやらを見る.


「お前..これ食えるのか? 気持ち悪くなりそうだが..」


「ん~ じゃあ令司と一緒に食べる!」


 そう言い,再び商品棚に視線を戻す.


 どうやら種類がありすぎて,どれにするのか迷っているようだ.


 時間がかかると察した俺は..


「あそこのベンチで待ってるわ」


「うん.わかった」


 選ぶのに集中しすぎだろ..どれもクリームだらけで正直味に差はなさそうだが..


 ベンチに座り,一人ぼーっとクレープ屋の前の深雪を眺める.


 改めて遠目から見て思うが,あいつの髪目立つな..ミブロは問題ないとか言ってたが,あんだけ目立ってたら風の噂で他地区の連中に深雪がD地区にいることがバレてしまうのではないか. 帽子か何か被せるべきだったか?


 どうしようもない心配をよそにクレープを持った深雪がこちらに歩いてくる.


 D地区に初めて来たときもそうだったが,周りの男達の視線が全て深雪に集中していた,そして,俺に向けられる痛い視線.


 これは..一人外出禁止令を出す必要がありそうだな.


「で..お前の持ってるそれは何だ?」


 深雪の持っているクレープ?とやらの上にはネバネバした豆のようなものがふんだんに乗っけられていた.


「何って..クレープだよ? 納豆クレープ」


 ..? あんだけ思考した結果がこれか..


「うん. どうしてお前は数あるクレープの中からよりによってそれを選んだ? もっとあっただろ..フルーツとかクリームが乗っけられた奴」


「だって美味しそうだったんだもん. えへへ~」


 えへへ~じゃないんだわ..


 まぁ好みは人それぞれだし..ここでグチグチ言うのも違うか..


「はい令司! あ~ん」


 深雪が隣に座り,俺の口元に納豆クレープを運んでくる.


「いや! いらん! お前一人で食え!」


 俺はそのおぞましい食べ物に脳が拒絶反応を起こしたのか拒絶する.


「え~どうして? 二人で食べるって言ったじゃん!」


 目をウルウルとさせる深雪,しまった..このままではまた朝の深雪に逆戻りだ.


「じゃあ..少しだけ..」


 納豆の何とも言えない匂いとクレープとクリームの甘い匂いが俺の鼻を刺激する.


 クレープをパクっと口に放り込み,噛みしめる.


「どう? 美味し?_」


 このネバネバとした感触と腐ったような匂い,そしてクリームの甘さが最悪のコラボレーションを生み俺を死へと誘う.


 しかしだ! ここで正直に不味いと言ってしまえば,俺のこの努力も水の泡となってしまう.


「うん美味しいよ..」


 それを聞いた深雪が自分の口にもクレープを運ぶ.


 まさかこいつがバカ舌だとは思わなかったよ..こんな可愛い顔して食ってる物が何とも恐ろしい..何なんだよこの絵面.


「え..」


 深雪から笑顔が消え,俺の方にクレープを渡してくる.


「どうした? 顔青いぞ?」


「不味い!! 令司よくこんな不味い物食べれるね..これバカ舌じゃないと食べれないよ..」 


「なっ!?」


 こいつ..俺の努力を..そして何故か俺がバカ舌キャラになってるし..


 いや..そんなことはどうでもいい..この納豆クレープ..どうする?


「えっと..深雪これ..どうすんの?」


「令司食べていいよ..私はあのイチゴの乗ったクレープ買って食べるから..」


 視線の先には,看板におすすめ!と書かれたイチゴのクレープがあった.


「じゃあ 私買ってくるね!」


「おい! 待っ..」


 俺の制止も虚しく,俺と納豆クレープは取り残されてしまった..


 最悪だ..完全に詰み..


「よし..」


 俺は覚悟を決め,その納豆クレープを食べる決心をした..


 生まれ変わるなら..雲がいいなぁ..


 そんなことを思いながら,令司は納豆クレープを口に放り込むのであった..



 気持ち悪い..さっき食べた納豆クレープが俺の体を蝕んでいく..


「令司大丈夫? 食べ過ぎた?」


 心配をしてくれるのはありがたいが,元凶は全てこいつだということを忘れてはならない.


「まぁなんとか..ちょっと水買ってくる..」


「わかった. じゃあここで待ってるね」


 少し離れたところで水を買い,侵された身体に水を流し込む.


 う..美味い! まさかただの水にここまで感動する日が来ようとは..身体を蝕んでいた毒が浄化されていくようだ..


 全回復した状態で深雪のところに戻ると何やら数人の男に囲まれていた.


 ナンパだろうか? 俺を毒状態にした罪でここで傍観してやっても良かったのだが,迷惑そうにしている深雪を見ていることができず,助けに入る.


「おい..連れに何か用か?」


 面倒事は避けたいので,若干だが目を紅く光らせ能力者だということをさりげなく伝える.

 

「チッ..彼氏持ちかよ..」


「そりゃいるよなー」


「つまんね」


 全身から出ているどす黒いオーラと能力者だということを感じたのか,数人の男達は捨て台詞を吐きながら去っていく.


「令司ありがとう..」


 本当に迷惑していたのだろう..深雪の安心する顔が目に映る. 


「..服でも見るか? さすがに支給された物だけじゃ足りないだろう?」


 そう言い令司は,足を前へと進める.


 私にはわかる..いつもキツイ事言ってきたり,何をするにも興味がないような顔をしているけれど,常に私のことを考えて行動してくれていること..今だって私の顔を見てきっと話の話題を変えてくれたんだと思う.


 私はそんな令司が大好き..



 しばらく歩くとお目当ての服屋があった.


 店内には男物や女物などの様々な服,アクセサリーが並べられていた.


「欲しい服あったら買うから言ってくれ」


「うん. ありがと」


 俺は特に服に興味がなく,見るものもないので深雪に付いて行く.


「これどうかなぁ?」


 膝のあたりまで伸びたスカートを手に取り,自分の体に合わせている.


「いいんじゃないか?」


 適当に答える..というか正直わからん,こいつなら何を着ても似合ってしまうというのが本音であり,事実だ.


「令司適当に言ったでしょ?」


 さすがは長年付き合っているだけに俺の甘い考えは見透かされてしまう.


 周囲を見渡すと白い生地にピンクの花の柄が入ったスカートとそれに合いそうな適当なブラウスを見つけた.


「あれ似合うんじゃないか?」


 俺はそのスカートとブラウスを手に取り深雪に渡す.


 深雪はそれを試着することもなく..


「じゃあこれ買う!」


 即決した.


「試着しないのか? サイズ合わないかもしれないだろ」


「うん. 令司が選んでくれた奴だもん. これが良い..」


 本当に嬉しそうな顔をするのでこれ以上は何も言えなかったが..


「いや..サイズくらい見たほういいでしょ..」

 

 ムッとする深雪.


「令司は私がデブだって言いたいの?」


 どうしていつもこうなる..


「違う! 気に入ってもサイズ合ってなくて履けなきゃ意味ないだろ」


「デブってことじゃん..」 


 面倒くせえ..


 こういうときは..


「正直に言うと..俺は深雪がそのブラウスとスカートを履いた姿を今すぐにでも見たい. だから試着して欲しいと言ったんだ..すまん」


「れ 令司がそこまで言うなら..」


 頬を赤らめ,そそくさと試着室に入っていく深雪.


 ふぅ..何とか試着室に放り込むことができた.


 昔からそうだが,深雪は俺が望むと不思議と機嫌がよくなり,何でも言うことを聞いてくれる.

 

 俺がここ数年で身に付けた深雪を操る超能力だ.


 そうこう考えていると,試着室から恥ずかしそうにカーテンをめくり出てくる.


「ど どうかな?」


 感想を一言で言うならば,予想通り.


 見慣れている俺だからこそ こんな感想を持てるが,もしも深雪と初対面ならば男女問わず目を一瞬にして奪われてしまうだろう.


「うん.良いと思う」


「ほんと?」


 俺の味のない感想に不安を抱いたのか聞き返してくる.


「嘘付いてどうする..本音だよ」


「じゃあこれ買う!」 


 その後も服を見てまわり,試着要求,デブ疑惑,深雪操縦と先程の一連の流れを服を選ぶ度に飽きもせず毎回行っていた.


 時間が過ぎるのはあっという間で夕方を迎えていた.


 帰り道..深雪は最初に選んだ花柄のスカートとブラウスを着ていた.


 ふぅ..さすがに疲れたが,こいつから発せられる嬉しいオーラのおかげか苦ではなかった.


「服買ってくれてありがとね!」


 このときの俺はまだどこか楽観視していたのかもしれない.

 

 深雪のこの笑顔をいつまでも見ることができるのだと..

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