第14話 管理者の遊び

 ビルの最上階でエレベーターから降りる俺,深雪,マリー.


 ミブロ部屋のドアの前に立ち,マリーの虹彩認証によりドアのロックが解除される.


 こちら側に顔を向け,人差し指を自分の目に指差す動作をするマリー.


「お二人の虹彩も後で登録しましょうか」


 どうやら虹彩という名の鍵をくれるらしい.


「いいのか? そんなに用はないと思うが..」


「私は登録したい!」


 俺の言葉を遮る深雪.


 顔を見るにどうやら機嫌は直っているらしい.. 気持ちの切り替えが早くて助かります.

 

「深雪おまえ,ここに何か用あるのか?」


 考える限り,こいつは絶対に用はないはず.. さっきのミブロの話のときもずっと俺の隣で寝てたくらいだ. しかも立ちながら!


「用はないよ. 私もあれやりたいし!」


 そう言い深雪の指差す方向には虹彩認証をするための装置があった.


 目をキラキラさせる深雪を横目に俺は思う.. もしかしたらこいつ..ミブロよりバカなのでは?


 そしてガキかよ!!


 今の俺の心の声を口に出したら,深雪の機嫌がまた悪くなるのは目に見えているので ここは安定のスルーを決める.


「そうか. じゃあマリー, 後で登録頼む」


「了解しました」


 そう言うとマリーがドアノブをひねり,バカのいる空間へと足を進める.


 部屋に先程までいたセツ綺羅キラの姿はなく,ミブロ一人しかいない.


 腕を組み真剣な表情でパソコンの画面と睨めっこをするミブロ.


「ミブロ,二人の案内終わりました」


 ....


 返事がない..ただのバカのようだ..


 何を考え,何を見ているのかはわからないが,マリーの声に気づかないほど集中してる.


 もしかして,普段俺らの目の見えないところではこういう姿なのかもしれない.


「ミブロ,戻りました」


 再び帰還報告をするマリー.


 だが..


 返事がない..ただのバカのようだ..


「ミブロ..」


 またまた帰還報告をするマリー.


 ..返事がない..ただのバカのようだ.


 マリーは本当にすごい..普通の奴ならぶちぎれても良いところを顔色一つ変えていない.


 ミブロの秘書が務まるのも頷ける.


「チビ..」


 ボソッとマリーが一言.


 え? 聞き間違いじゃないよな..? 今チビって..


 体をピクッと反応させるミブロ.


「やあマリーじゃないかあ! 今なんか言ったかね?」


 おいおい 明らかに今のチビってワードに反応したな.


 よし! ミブロにイラついたときはこの禁句チビを言うとしよう.


「いえ何も.. 二人の案内が終わりましたので報告を」


「そうか. お疲れさん!」


 さすがは秘書,これ以上ミブロを煽ることなく話を進める.


 もし俺がマリーの立場なら煽り殺すけどな.


「それと..」


 冷ややかな目でミブロの背後にある窓を見るマリー.


 何かあるのかと思いながら俺もそのマリーの視線の先を追う.


「真面目な顔して,そのグラビアの写真見るのやめてもらっていいですか?」


 真面目な姿に見とれていたせいで気づかなかったが,なんとミブロの背後にある窓にパソコンの画面が反射して映っていたのだ.


 後ろを振り返るミブロ.


 窓に潜むグラビアの姉さん..スライドショーで見ていたのか,次々とあんな姿やこんな姿の姉さん方が窓の向こう側に現れる.


「なぬぬ!?」


 ミブロもまさか窓に映りこんでいたとは思っていなかったらしく,変な声を出す.


 うん..なぬぬって何だよ..


「え えっと..違うんだ. これには深い意味があってだな..」


 更新されていくグラビアの姉さん方を背景に,もはや言い訳のしようがなく,目を泳がせるミブロにマリーがとどめを刺す.


「深い意味ってなんでしょうか?」


 このマリーの無慈悲な問いにD地区の管理者はどう答えるのか非常に興味深い.


 生か死か..この答え次第ではミブロの今後が決まってしまうのだろう..


「ん!? 意味!? それは..まだ極秘なんだ. す すまないね..」


 上手く逃げたかのように見えたミブロ..しかし,鬼と化したマリーが逃がしてくれるはずもなく..


「深い意味ってなんでしょうか?」


 大量の汗をポタポタと垂らす我らがD地区のリーダー..この情けない姿にこの先不安しかない.


 下を向き,黙り込んでしまうミブロだったが何かすごい言い訳を思いついたのか,再び真面目な顔をして顔を上げる.


「このグラビアアイドルという文化は今後,他地区と対等な力を得るための重要な要素いや..鍵となってくるのだよ」 


 窓に映る姉さん方を指指し,淡々と語り始めるミブロ.


 よくもまぁ真面目な顔して喋れるよな. 何なんだよこの可笑しな光景は..コントでも見ている気分だ.


「D地区にはお金を流してくれる投資家はありがたいことにたくさんいる. しかしだ! 他地区とやり合うには圧倒的にお金が足りない. そう! これは資金調達のため! 僕はその偵察をしていたまで..つまりだ! これはD地区のために誰かがやらなければならないことなのだよ」


 ミブロのわけのわからない言動に言葉を失うマリー.


 俺も深雪もこのバカげた言い訳にどう反応していいかわからず,ただジッと二人で更新されていく窓の姉さん方を観察していた.


「あの..仰ってることがよくわからないのですが私がバカなのでしょうか?」


 いいえマリーさん..あなたは正常です..バカはあっちです.


「はっはは! マリー君..君は頭はとても良いが柔軟性に欠けているようだね」


「はぁ..」


 この無駄な会話にマリーが呆れ返ってしまう.


 そして,何故か勢いに乗ったミブロが突然,深雪に指を指す.


「提案しよう! この僕の新たな計画..深雪君グラビアアイドル計画!!」


 は?(令司&マリー より) 


「え? 私?」


 ミブロのご指名に戸惑う深雪.


「そうだ! 君だよ深雪君! 君は自分の秘められた価値について理解していないようだから僕が教えてあげるよ」


 社長椅子からヒョイッと立ち上がり,深雪の目の前まで来る.


 俺は自然と体が動き,深雪を後ろに移動させ無意識に庇っていた.


「いやだな~令司君. 別に何もしないよ? 僕もまだ死にたくないしね~」


 だったらどうして深雪の前まで来たんだよ..説得力の欠片もない.


「私は大丈夫だよ. ミブロさん良い人そうだし..」


 いやいやこいつのどこを見てそう思ったんだよ..どこからどう見ても怪しいだろ.


 見ろよあの何かを揉む準備をしている手..絶対お前の胸を揉むつもりだぞ.


「いや駄目だ 深雪. 研究都市とあれにだけには近づくな」


 エロオーラを放つミブロ.


「令司は心配しすぎだよ. ミブロさんは仲間なんだから信じなきゃ駄目でしょ? 何かあったら令司がいるし!」


 その深雪の純粋で眩しすぎる言葉に俺は反論することはできなかった.


 まぁこんなバカでも一応,仲間..ましてやリーダーだ. 信じてみるべきだろ.


 俺は庇う姿勢をやめ,深雪はミブロの前へと行く.


 こうして見てみると本当にチビだな..深雪の方が少し身長高いぞ.


 そしてミブロが妄想を語り始める.


「君はグラビアアイドルになるべきだ. その真ん丸い瞳に白い肌,そしてこの美しく純白に輝く髪」


 深雪の髪をサラ~っとなでるミブロ.


 手をギュっと握りしめ ひたすらに堪える令司.


「マリー君も言動は少しきついが,その綺麗で整えられた何とも珍しい赤い髪,その女優のような何とも美しい立ち姿.悪いところがまるでない.しかしだ! 深雪さんの足元には到底及ばない. 悲しいことに勝ち目がまるでない.何故だかわかるかい?」


 手をギュっと握りしめ ひたすらに堪える令司.


 突然深雪と比較されディスられるマリー,涼しい顔をしているが多分内心怒りに満ち溢れてることだろう.

 

 こいつ..わざとやってるのか? 自分の敵増やすの上手すぎだろ.


「それはね..これが足りないからだよ!!」


 そう言うとミブロの咄嗟に出てきた両手が深雪の両胸を鷲掴みにする.


「きゃっ!?」


 ミブロの予想外の行動に悲鳴を上げる深雪.


「ははは! これだよこれ. これがしたかったんだよ. 令司君..隙を見せてしまったね?」


 ひたすらに胸を揉みしだくミブロ.


「..んんッ」


 それにひたすら耐える深雪.


「いい反応だよ深雪君!」


 深雪の顔に熱が帯びていき,どんどん赤くなる.


「あっ..ん」


 勢いづくミブロの手に我慢できなくなった深雪から甘い吐息が出る.


「 良い! 令司君悔し..い..かい?」


 令司を煽るミブロ..しかし,令司から溢れ出てくる殺気を感じたのかミブロの顔がひきつる.


「あれ? もしかして..やばい感じ..? どうなのマリー? 何か令司君の目 紅く光ってるけど..」


「....」


 窓に映るグラビアアイドルをジッと見ながら,スルーを決めるマリー.


「....殺す」


 その言葉を発した瞬間,ミブロの足元から氷が突如出てくる.


 そして,考える暇もなく,どんどん上半身へと氷が迫ってくる.


「え え やばい..下半身凍って体動かないんだけど..」


 チラッッと俺の殺気に満ちた顔を見る.


「ほう..これはもう僕殺されるの確定かな..」


 観念したのか目を瞑り,ただ祈るように死を待つミブロ.


 数秒後には,氷が首まで到達しようとしていた.


「ちょ!? マジでやばいって! 令司君! いや令司様!! マジで死ぬって!! え マジ? ちょっ!」


 目の前の死を感じたミブロが目をカッ!と開き,唯一制御が利く首をブンブン振り回しながら命乞いをする.


 目から紅い光を放つ令司は,チビのミブロを上から見下す形で..


「黙れよ..くそチビが..」


 令司がここまでお怒りになるとは思っていなかったらしく,ミブロが涙目になっていく.


「じゃあなゴミ..」


 ミブロの身体を侵食する氷が口を塞ごうとしていたとき..深雪が俺の腕を掴んでくる.


「令司! もうやめて! 私は全然気にしてないし,怒ってないから!」


 その深雪の言葉に我に返る.


 紅い光の強度が徐々に失われていき,それと同時にミブロの身体を覆っていた氷も解けていく.


 倒れこむミブロ.


「はぁ.. マジで死ぬかと思った..てか深雪君がいなかったら本当に死んでたわ..深雪君マジ天使」


 息切れをしながら,自分が生きているということにホッとするミブロに近づく足音.


 そして,再び氷の鬼がミブロを見下す.


「おい! 命拾いしたな」 


 令司の声に身体をビクッとさせる.


「はい..も 申し訳ございませんでした..」


「次はないからな..」


 すっかりおとなしくなってしまったミブロを横目に言い残し部屋から令司が出ていく.


「ま 待ってよ! 令司!」


 それを追うようにミブロとマリーの二人に軽くお辞儀をして,部屋を出て行く深雪.

 

 二人がいなくなったことにより静まり返る部屋.


「....令司君こえぇぇぇ!」


 鬼がいなくなったことにより安堵の声が部屋中に響き渡る.


「ミブロ..どうしてあのようなことを? 令司さんが怒るのはわかっていたことでしょう」


 今まで傍観を決め込んでいたマリーが疑問を投げる.


「そうだね..令司君はどうしてか知らないけど深雪君の想いに気づいていないふりをしている. もちろん無意識にね. きっと愛と恋の違いがわからないんじゃないのかな. 無理もないね..親もいない,そしてピーススクールという名の監獄で育てられたのだから..心がまだ育っていないのだろう. だから,あのくらいしないと自分の本当の気持ちに気づかない..」


「良いことを言っているように見えますけど,ただ胸揉んだだけですよね? ところで..先程のグラビアアイドルの件は本当なのでしょうか?」


「まさか..するわけないよ. 彼らは僕たちの家族だ. そんなことはさせないし,何より令司君が許さないだろう.いや~でもすごかったよ~あの弾力! マリー君も見習ったらどうだね?」


  ....


「あれ?」


 は!? やってしまった! 胸の話をしてしまった! そんな顔をするミブロ..いつもの癖でつい地雷を踏んでしまう.


 地雷を回避すべく話を別の方向に無理やり持っていく..


「ま! そんなことよりようやく身体が言うことを利くようになってきたぞ! 身体が凍るって案外恐ろしいことなんだね!」


 マリーにとりあえず笑顔を振りまいておく.


「ミブロ..」


 今度は空気が一気に凍っていく.


「はい..」


 ....


「先程何か仰ってませんでしたか? マリーは深雪君に到底及ばないだとかなんとか..で その及ばない要因が胸が足りないということでしたが..お間違いございませんでしょうか?」


 深呼吸をし覚語を決めるミブロ.


「お間違いございません!!」


 深呼吸をしすぎたせいで,ものすごい大きな声で答えてしまう..


 あ..やばい! また殺される!


「次は私の番ですよミブロ..私は令司さんほど優しくはないので..」


 不適に笑うマリー.


「いいぃやああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 D地区中に響き渡ったであろうミブロの悲鳴.


 その発信源の窓にまさかグラビアアイドルの写真が映されていようとは誰も思わないだろう.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る