第9話 D地区(4)

 ミブロの言葉に令司,節,綺羅は驚いていた.


 桜霧花.


 まさか「桜」が海軍のリーダーだとは思いもしなかった.


 「桜」は研究都市にとって監視対象のはずだよな?


 監視対象に海軍などという力を持たせてしまって研究都市は良いのだろうか?


 桜霧花が相当優秀なのか,監視対象といっても意外と自由が多いのかはわからない.


 ただ少なくとも海軍のリーダーの地位を持つ者に理想の男性が見つかるとは到底思えない....


 偏見だが何か怖そうだし..


 それに世の男性方近寄りづらいでしょう.


 そういう意味では,研究都市は恋愛など人の感情というものを全く理解していない.


「どうだ? 僕の人脈すごいだろ」


 褒めて欲しそうな顔をしているのがまた腹立つが海軍,そして「桜」と繋がれたことは称賛に値するだろう.


「ミブロさん今までバカだと思っていたけど本当はすごかったんすね」


「たいちょーが輝いて見える.こんなの初めて..」


 そんな俺の気持ちを代弁してくれる二人.


「だろだろ?」


 どうやらバカにされていることに気付いていないらしい.


 残りの「桜」を味方にすることができれば研究都市の詳細な情報はもちろん,こちらの最強の手札にもなる.


 何より「桜」に関する研究を大幅に遅らせることができる.

 

 研究都市が「桜」を使って何をしようとしているのかはわからないが,空中空母を出してくるくらいだ.


 良からぬことを考えているのは想像がつく.


「もしかして俺と深雪に会わせたい人ってその海軍のリーダーなのか?」


 ニヤリとするミブロ.


 顔を見るにどうやら正解らしい..


「残念だけど違うよ」


 違うんかい!!


 何かもうこいつと話すのにめちゃくちゃ体力必要だわ.


「まあまあそれは会ってからのお楽しみということで. マリーそろそろ案内よろしく」


「はい. それでは令司さん深雪さん行きましょうか」


 俺の腕にしがみつき立ちながら眠る深雪.


 頬をつねり深雪を起こす.


「痛いよぉ..」


 眠そうに目を擦っている.


「行くぞ」


 俺と深雪はマリーに付いていき,部屋を後にする.


 ドアが閉まり自動で施錠される音がする.


 部屋に残されるミブロ,節,綺羅.


「ねえ節. 深雪ちゃんの頬つねってる時の令司の顔見た?」


「ああ. ようやく大切な人ができたんだな」


 令司は気付いていないようだったが,あんな優しい顔俺達の前でも見せたことがない.


 お前は俺とは違う.


 お前なら好きな人を幸せにできる.


 そして守ることができる.


 好きな人を守ることができなかった..いや見捨てた俺のようにはなるな.


 この復讐にとりつかれた俺のようには..


「ところでたいちょー. どうして誰に会わせるのか教えて上げなかったんですか?」


 コーヒーのカップに砂糖を大量に入れながらミブロが喋り始める.


「そりゃもうその方が面白そうじゃん. 令司君にはどれだけ世界が狭いのか教えて上げようと思ってね. それに多分一番驚くのはこれから会わせる彼女の方だと思うよ」


 ニヤリと笑うその笑みには何やら深い意味がありそうだった.



「こちらが食堂になります. 私はエレベーター前に居ますのでご自由に見て回ってください. 食事をしても構いませんのでどうぞごゆっくり」


 そう言われ,エレベーターから降りると5階の全てが食堂だった.


 壁は360度ガラス張りで覆われており,D地区の全方位が一望できる.


「すごいな..」


 何かもっとおばちゃん達が居て,昔ながらの味を提供してくれるようなところを想像していたのだが.


 見る限り凄腕のシェフを雇ってるよなこれ.


 本当に投資家からお金貰ってんだな.


「令司! あとであそこのお店行ってみよ!」


 目を輝かせ,よだれを垂らす深雪.


「用が済んだら行ってみようか」


 正直俺も美味しそうな料理のメニューと匂いに少し興奮していたので行ってみたかった.


「やった!」

 

 そう言って再び腕に抱きついてくる深雪.


 ガラス張りの壁からD地区を見る.


 こうして高いところから見てみると意外と小さいんだなD地区は.


 他地区はおそらくD地区の何倍もの面積を持っているのだろう.


 D地区の唯一の良いところを挙げるなら海に面していることくらいか.


 海軍が味方になってくれる前提にはなるが,港としては使える.


 まあ敵だったら最悪だが.


 考え事をしていると腕に寄生していた白髪虫がいつの間にか消えている.


 あれ? 迷子?


 周囲を見渡すと何やら一人の女に絡まれている.


 やれやれと思いながら深雪の方に行く.


「すごーい. あなたあの「桜」の子でしょ!?」


 金髪で肩に付かないくらいに伸びたツインテール,そしてボーイッシュな感じの女の子に興味津々にされる白髪虫.


「深雪! そんなところで暇つぶしてないで行くぞ」


 困っていたようなので助け舟に入る.


「もしかしてあなたがピーススクール5位!?」


 目をキラキラさせ,俺にも興味の矛先を向けてくる.


 何なんだよこいつ面倒くさいなあ.


 それにその呼び方で名前を呼ばれるのは好きじゃない.


「ピーススクール? 5位?」


 深雪が首を傾げている.


 そういえば深雪に俺の過去の話はしてないんだっけか.


 でもピーススクールやら序列の話はミブロからも言われたような..


 ん? さてはこいつミブロの話何一つ聞いてなかったな.


「悪いが今度にしてくれないか? 今は忙しいんだ」


 そう言ってこの場をやり過ごそうとしたが簡単には返してくれない.


「二人って付き合ってるの!? リーダーから聞いたんだけど?」


 リーダー?


 あ ミブロのことか.

 

 あのチビ ベラベラと俺らのこと喋りやがったな.


 やはり好きになれんわあのくそチビ.


「こいつとか? んなわけない. 質問攻めする前に自分の名前を名乗ったらどうだ?」


 こいつの名前などに興味はないが,名前も知らないましてや初対面の相手にベラベラと喋るほど俺は甘くない.


 そして何故か隣で少しだけしょぼんとする深雪.


「令司? 初対面の女の子にあまりきつく言ったら駄目だよ?」


「いやお前は優しすぎる. だから今みたいに絡まれてんだろ?」


「絡まれてないもん. そんな性格してると友達できないよ?」


「ついこの前初めて友達(綺羅)ができた奴にだけは言われたくないな」


「令司のバカ..」


 そんな二人の会話を外野で聞いていたツインテールの女.


「本当に仲良いんだね! いいなあ~憧れちゃうよ. 君なかなかのイケメンだしお似合いだよ」


 今の会話のどこを見て仲が良いと思ったのか.


 どうやらD地区にはバカしかいないらしい.


 D地区が廃れるのも納得できる.


「お似合い..かな?」


 深雪は何に照れてんだよ.


「うん! とても!」


「えへへ~」


 こいつら何の話してんだよ.


 もう疲れたわ.


「名乗る気もないようだし,もう行こう」


「ごめんごめん名乗ります名乗ります」


 こいつそんなに俺らと話したいのか.


 いや珍しいものに興味があるだけか.


「私はリア. あそこの席に座ってるのが姉のイアです」


 そう言って指さした方向には,黒髪ロングの人形のような女がちょこんと座っていた.


 リアが姉のイアに対して手でこっちに来てと合図を送る.


 その合図に気付いたのか無表情でこちらに来る.


 うわ..近くで見てみると本当に人形のようだ.


 肌も深雪並みに白いぞ.

 

 本当にこの二人姉妹なのか? 雰囲気が全く違うぞ.


「......」


「......」


 お姉さん無表情無言なんですけど..


 気まづいな..こちらから名乗っておくか.


「えっと..桜深雪です」


 さすがの深雪も気まづかったのか俺が名乗る前に先に自己紹介をする.


「令司だ」


「令司と深雪ちゃんね! よし覚えた! はい握手!」


 妹のリアが手を差し出してくる.


 初めての握手なのか深雪が緊張しながら手を出す.


「よ よろしくお願いいたします」


 緊張しすぎで言葉がおかしい.


「うん! よろしくね深雪ちゃん!」


 おっと? もしかして友達二人目か?


 リアの視線が俺の方に移る.


「俺はいい. よろしく」


 今日はミブロと握手したしもういいや.


 俺の性格をだいたい察したのかリアが手を下す.


「よろしく!」


 ニヒッと笑うリア.


 妹の元気良いが.. 姉のイアは相変わらず無表情無言だ.


 極度の人見知りなのだろうか?


 瞬きぐらいしかしてないぞ.


 ここまでくると本当に人形なのではないかと疑ってしまう.


 深雪が迷いながらも姉のイアに対して言葉を投げかける.


「えっと私もあまり人付き合いとか得意じゃないけどよろしくね!」


「........」


 無視か..


 安定の瞬きオンリー.


 深雪が泣き出してしまいそうだ.


 きっと深雪は勇気をだして言ったのだろう.. 可哀そうに.


「深雪ちゃんごめんね. お姉ちゃんはその..心が死んでるの....」


 何かいきなり重い話になったな.


 勘弁してくれよ..面倒くさい.


「そう..なんだ..」


 深雪も何かしらの病気を悟ったのか,言葉を詰まらせる.


 正直他人の病気などどうでもいいが,心が死ぬ病気というのは聞いたことがない.


 精神障害の類だろうか.


 ただ気になることが一つあった.


「あまり深堀するつもりはないが,病気持ちの奴が何故D地区のこのビルにいる?」


 このビルに入ったときからうすうす気づいてはいたが,半数が超能力者だ.


 おそらくピーススクール脱走者も数名含まれているだろう.


 超能力者以外の人たちも体つきを見るに相当鍛え上げられている.


 目の前にいるリアも腰とももに携えている銃を見るにそこら辺の女の子とは違うのだろう.


 しかし,姉のイアは外見を見るにただの女の子だ.

 

 超能力者なら納得できるが,心が死んでいる以上能力は使えない.


 ミブロのことだ.


 何か理由があるのはわかっている.


 リアは迷っているようだった.


 少しして重い口を開く.


「お姉ちゃんは..元感染者なの..」


 感染者?


 何か流行した病気でもあっただろうか?


 このとき頭に一つのワードがよぎる.


 まさか....


生物兵器シュリムスト.... 研究都市が生み出した最悪のウィルス,そしてピーススクール解体の発端ともなった化け物」


 リアの言葉に喉を詰まらせる.


 もしかしてこいつだったのか?


 あのときの少女シュリムストは.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る