第8話 D地区(3)

「これで令司も深雪ちゃんもD地区の一員だね」


 ソファで優雅にコーヒーを飲む綺羅が嬉しそうにしている.


「令司~お前何だかんだ深雪さんのこと好きだよな」


 節がいつものテンションでからかってくる.


 そして嬉しいのか恥ずかしいのか頬を赤らめる深雪.


「まあ.... 一応恩人だからな」


 深雪のことをどう思っているのか聞かれるとどう答えていいかわからずいつもあいまいで適当な返事をしてしまう.


 俺は深雪のことをどう思っているのだろうか..


 もちろん大切だし,守りたい.


 恩人として,家族として,そしておばさんから託された.


 ただ俺自身の気持ちがわからない.


 そんなことを考えているとミブロがマリーの方に目を向ける.


「マリー 二人にこのビルの中を案内してあげてくれ」


「わかりました」


「一通り案内が終わったらまたここに戻ってきてくれ. 君達に是非会わせたい人がいるんでね」


 会わせたい人?


 ミブロの親でも出てくるのだろうか.


 こいつの親がどんだけチビなのかも少し興味はあるが..


 ミブロに聞いておきたいことが一つあったことをふと思い出す.


「少し話が変わるが,D地区が他地区と戦争して勝てる確率はどのくらいある?」


「うん良い質問. 現時点では0%だね」


 考えたくもない確率だが予想通りの答えで安心した.


「これからどうしていくつもりだ? お前の考えを聞きたい」


 これで何もないとか言ったら殴りたいところだが..


「う~ん. あまり公にはしたくないけどこれからの信頼関係のためにも特別に教えて上げるよ」


 腕を組みながらどや顔で答える.


「まず僕達が他地区と戦うために今最も必要なものはなんだと思う? はい! 答えて綺羅君!」


 ソファでうとうとし始めていた綺羅に突然話を振るミブロ.


「えっと..お金?」


 首を傾げて誰でも思いつきそうな回答をする.


「間違ってはないけど違うね. こう見えてもお金なら研究都市反対派の投資家からがっぽりと頂いているのだよ」


「しょうがない. 教養のない綺羅君に答えを教えよう.そう..僕達に必要なものは....」


 綺羅はよく変なところでディスられているような..


 部屋が一気に静かになり,綺羅とマリーを除く視線がミブロに集まる.


 自分の唾をごくりと飲み込む音が聞こえる.


 必要なものは?


「この僕だ!!!!」


 右手の親指を自分に向け自慢気に答える.


 は??


 おそらく全員がこう思っただろう.


 寒いジョークのせいで部屋が凍り付く.


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


 30秒程経過しただろうか.


 ミブロは微動だにせず親指を自分に向けている.


 ミブロの顔が苦しそうになっていく.


 ミブロ以外全員真顔だ.


 綺羅は空になったカップにコーヒーを淹れている.


 観念したのか憐れむ視線に限界が来たのか,ゆっくりと親指を膝に戻す.


「じょ 冗談だよ~みんな. ジョークジョーク」


 見ているのがつらい.


 何か可哀そうになってきたわ.


「今必要なのは軍だろ? ミブロさん」


 ミブロに助け船を出す節.


 優しいなあ節は.


 面白いからこのまま放置しようと思っていたのに.


「そ その通りだ! 節君!」


 この嫌な空気から脱したようでホッとしているのが伝わってくる.


 脱線した話が本線に戻っていく.


「つまりあれですか? 投資家からのお金を使ってこのD地区にも軍を作るってことですか?」 


 節が問う.


 綺羅もカップをテーブルに置き,耳を傾ける.


 ん?


 どうやらこの話は節にも綺羅にも聞かされていないらしい.


 本当に極秘の情報ってことか.


「惜しいね節君. 必要なものは軍. これは正解だ」


 真面目な顔になるミブロ.


 下手なジョークを入れずにこの調子で話してくれればリーダーって感じするのに.. 勿体ない.


「ただD地区に軍を作っている余裕なんかない. 戦闘機や武器を手に入れるにも密輸する必要があるし,そもそも戦闘経験がない人をかき集めた軍など話にならない. 軍を作り人財を育成するのにも膨大な時間が必要なんだよ. 必要な時間は少なくとも10年だ. これでは話にならない」


 10年か..


 ミブロの言う通り10年の間にD地区が軍を作ったとしても,研究都市はその間に新しい技術を取り入れた戦闘機,こちらをはるかに上回る規模の軍隊を完成させているだろう.


 それに研究都市の発展スピードは異常すぎる.


 そして軍の歴史と経験が違う.


「仮に時間があって軍を作ったとしても研究都市にはかすり傷一つ与えられないし,他地区にD地区の目的がバレるリスクも考えなければならない」


 書類に目を通していたマリーがミブロの説明に割り込む.


「捕捉を加えますと研究都市には陸軍,空軍,海軍そしてそれらを統括する中央軍の4つがあります. 我々が軍を作ったところでお金の無駄です. それに敵は軍だけではありませんし....」

 

 深雪とおばさんの家を襲撃した空軍のあの空中空母群.


 あれをどう撃ち落とすのかまるで想像できない.


 勝ち目がまるでなかった.


 この絶望的話を聞かされた後だからこそ思う.


 ミブロは何をしようとしているのだろうか?


 軍を作らずどうするのか?


 答えが気になる.


「みんな答えが気になってきたところじゃないの~?」


 調子に乗るミブロ.


 いちいち腹が立つ性格をしているがきっと俺が思っている以上に優秀なのだろう.


 再び静寂が訪れる.


「答えはシンプルだよ. 研究都市の軍をこちら側に引きずり込む」


 ニヤリと笑みを浮かべている.


 軍を仲間にする?


 予想のはるか斜めの言葉に口が開かなかった.


 節と綺羅も言葉が出てこないようだ.


 ちなみに深雪は俺の腕に引っ付いたまま眠っている.


「いい加減ふざけるのやめてもらっていいですか?」


 ミブロのジョークに綺羅の限界が近いようだ.


 だが,あのニヤリとした笑み.


 嘘でもジョークでもないマジで言ってやがるよ このバカ管理者様は.


 節もニヤリ顔から本気だと気づいたようだ.

 

「正気じゃないですねミブロさん」


 綺羅もなんとなくその場の空気を察する.


「たいちょーバカですね」


 てか綺羅 ミブロのことたいちょーって呼んでんのかよ.


「正気だったら他地区に喧嘩なんか売らないね. それに正気で勝てる相手じゃないのは君たちが一番わかっているはずだ」


 ミブロの言う通りだ.


 正々堂々と戦って勝てる相手ではない.


 バカが勝つゲームなんだこれは.


 そういう意味ではこのD地区の管理者様は適任なのかもしれない.


「ちなみに仲間にするのは海軍だよ. 交渉もすでに始まっている」


「海軍? 何故?」


 純粋な疑問をぶつける.


「話の通じる相手だからだよ. 他の陸と空は研究都市を信仰してるアホしかいないから無理,そして中央軍は言わずもがな. 交渉しに行った時点で首切られちゃうよ」


 陸,空,中央軍が話の通じない相手.


 いやどう考えても当たり前だ,むしろ異常なのは海軍だ.


 どうしてこちらの話に耳を傾ける?


 海軍にとってのメリットは?


 疑問が次々と湧いてくる.


「海軍ただのバカじゃん」


 綺羅がごもっともな反応をする.


 節も何やら考え込んでいるようだが答えは出ていないようだ.


「君達の考えている通り海軍はバカだよ. 僕達弱小国の目的に耳を傾けるくらいだからね. バレたら海軍のトップは確実に死刑だ」


「一応極秘だから詳しいことは話せないんだよ~ ごめんね」


 テヘペロをしながら全く心のこもっていない謝罪をしてくる.


 腹は立つが極秘ならしょうがないか..


 できるだけ流出源は抑えたいだろうし.


 結局海軍のことに対する情報量ゼロだったような..


 わかったのは海軍はバカ 以上.


「でも僕は今ものすごく機嫌が良いから少し海軍について教えてあげるよ」


 調子に乗るミブロ.


 あ 今のでわかった.


 こいつリーダー向いてないわ.


 口が軽すぎる.


「まず一つ! 海軍は研究都市反対派」


「二つ目! 研究都市と同等の力を持つべく孤島を買収してそこで独自の戦闘機や空母の設計,開発をしている. そのため研究都市にはない独自の技術を持っている」


 海軍の皆様 ミブロさんベラベラと詳細なことまで喋ってますけど大丈夫なんですかねこれ?


「私が聞いた話によりますと海軍は,陸軍と空軍を足した軍事力を持っています. これが本当ならD地区にとって強い味方になってくれるでしょう」


 ミブロの言葉に肉付けを行っていくマリー.


 いや強すぎだろ海軍.


 マリーの言葉に俺,節,綺羅は小さな希望の光を掴んだ気がした.


 簡単にいくとは思っていないが,もしかしたらあの研究都市を....


 このとき俺はミブロを見直していた.


 ただのバカじゃない.


 大バカ野郎だと.


 全ては交渉次第だがこの男ならやってくれる そう確信した.


「そして三つ目! 海軍のリーダーについてだ」


「名前は........」


 このとき自分の耳を疑った.


 世界は狭い.


 そしてこんなにもあっけなく登場してくるのかと..


桜霧花サクラキリカ


「お馴染み「桜」の血を引く一人. 彼女が海軍のトップであり,我々の味方になってくれるかもしれない人だ」

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