第6話 D地区(1)

 寺を出発して3日,ようやくD地区が見えてきた.


 丘の上から見るD地区は地平線の彼方まで続いていた.


 節いわくD地区は廃れてはいるものの一応研究都市の一つ,D地区の端から端までは約20kmはあるらしい.


 ちなみにD地区とD地区郊外に境界線というものはなく,家がポツポツと見え始め,気づいたらD地区に入っているという感じだ. これは他地区も同様.


「やっと到着したわ. 端っこに」


 節の言葉にやはりそうなるかと思ってしまう.


 D地区に到着したとはいえ端っこ.


 おそらくここから最低でも10kmちょいは歩くだろう.


 深雪の安堵した表情が曇っていくのを横目で確認し,可哀そうに..と同情してしまう.


 D地区を歩く4人. 


 段々と一軒家がなくなっていき,街に入っていた.


 飲食店,花屋,武器屋などが連ねており,想像とは違い賑わっていた.


 ただ俺の知っている研究都市とは少し違っていた.


 かつてピーススクールのあったC地区では,街というよりは都市であり,周りを見渡せばビルばかりがあった.


 そう考えるとD地区の発展の遅れを身に染みて感じることができる.


 街中を歩いていると,ふとあることに気づく.


 周りの視線が俺ら4人をちらちらと見ているような.. 特に男.


 彼らの視線の先を追うと深雪が居た.


 ああなるほどね.


 良い気はしないが見惚れてしまうのも無理はない.


 俺も初めて深雪を見たとき,恥ずかしながら天使とか言ってたもんな.


 街の風景と深雪に見惚れる男達を鑑賞しながら歩いていると節が足を止める.


「お前ら二人は今日ここの宿に泊まってくれ. 今日はもう遅いし,明日改めてD地区の管理者様に会わせてやるからよ」


 どうやらここの宿は節の顔が利くらしく,タダで泊めてくれるらしい.


 D地区に馴染みすぎだろこいつ.


「節と綺羅はどうすんだ?」


「俺と綺羅は一回管理者様にここ数日のことを報告してくるよ. もちろんお前ら二人のことも」


 俺らのことを報告か..


 管理者様がどんな人かは知らんが研究都市にろくな奴はいないから少し不安だ.


「わかった. じゃあ明日な」


 不安がっていてもしょうがないので覚悟を決めて明日の自分に託す.


「ばいばーい」


 綺羅が深雪に対して大きく手を振り,深雪も負けじと手を振り返す.



 宿の部屋の中はベッドが一つしかなかったが至って普通だ.


「もう無理いいい~」


 ベッドに倒れこむ深雪.


 この体力ポンコツしては良く頑張った方だなと内心褒める.


「深雪,先風呂入っていいぞ」


「ん~ありがとうう~」


 完全にお疲れモードだな.


 そう言って風呂場へと向かっていた.


 部屋にはシャワーの出る音だけが聴こえていた.


 俺が村で悠々と暮らしていた中,節と綺羅は裏でD地区と手を組み,他地区の情報収集までしている.


 かつて供に研究都市を崩壊させようと誓った仲だが,まるで俺だけ裏切り者のようだった.


 まあ あいつらはそんなこと考えたこともないだろうけど.


 莉奈の死についてはショックだったが,二人が生きていてくれただけでも俺は嬉しかった.


 なんせ俺以外の全員が死んでしまったのかと思い込んでいたからな.


 ただ一つ心配なことを挙げるならば節のことだ.


 寺で莉奈のことを聞いたとき明らかに怒りや憎悪に近い何かを抑え込んでいた.


 昔からみんなを導き,常に仲間のことを想い,不安な顔を一切見せない節.


 そんな節の唯一の想い人莉奈が亡くなった中でも不安な表情をしない.

 

 いつか隠してきた感情が爆発してしまい壊れてしまうんじゃないか.


 考えすぎかもしれないが心配だ.


「おまたせ~」


 体力ゲージマックスとなった深雪が髪をタオルで拭きながら出てきた.


 風呂に入っただけでこんなに元気になるとは.. 「桜」恐るべし.


 

 ベッドの上に転がる深雪.


 そういえばこの部屋ベッド一つしかないのか.


 仕方がないと思い,ソファで寝ることに.


 う~ん固いな.


 明日の朝,体が痛くなってそうで怖い.


「令司ベッドで寝ないの? そんなところじゃかえって疲れちゃうよ」


 心配してくれるのはありがたいが男と同じベッドに入るなんてあまりよろしくないだろ.


「俺はこっちでいいよ. 明日早いからもう寝るぞ」


 俺の言葉を聞き,ベッドから降りこちらに向かってくる深雪.


「ベッドで寝ないなら私もソファで寝る!」


 どうしてそうなる?


 相変わらず面倒くさいなこいつ.


 深雪が本当にソファで寝ようと準備を始めるので降参することに.


「わかった. 二人で寝よう」


「うん!」


 嬉しそうで何よりだよ.


 結局ベッドに二人が入ることに.


 俺は何となく深雪に背を向けベッドに横になる.


 多分深雪は俺の背中を見てる.


「どうして背向けるの?」


「お前の顔が目の前にあると寝づらいんだよ」


 誤った伝わり方をしたのかショックを受ける深雪.


「私の顔そんない見苦しい?」


 いや..そういうことじゃなくて.


 むしろ逆というか.. てか普通人の顔が目の前にあったら寝づらいだろ.


「いいから寝ろ」


 眠くて訂正するのも面倒だったので適当に答えておいた.


「うん....」


 よっぽどショックだったのか声のトーンが小さかった.



 朝を迎えると隣で深雪が寝ていた.


 そういえば同じ布団に入ってたのか.


 可愛かったのでつい深雪の頭を撫でる.


「んん..んー」


 突然起きる深雪に驚き頭から手を離す.


「れいひ おふぁよお~」


 眠そうな声で起きる.


「おはよ. もうすぐしたら出るから支度しろ」


 ふらふらとしながら洗面所へと向かう深雪.


 今日は研究都市第D地区の管理者(統括者)に会う日だ.


 節との待ち合わせ場所は,D地区で一番高い建物らしいが..


 部屋の窓を開け外を確認する.


 あ あったわ わかりやすいな.


 明らかに周りの建物とは雰囲気の違うビルが一棟あった.


 

 宿を出てビルへと向かう.


 相変わらず深雪は男達の心を鷲掴みにしている.


 二人で並んで歩いていると深雪が腕を組んでくる.


「こういうの久しぶりだね♪」


 以前腕を組まれたのは村から町へ買い物に行ったときだから,あんまり久しぶりじゃないな.


 それに..周りの視線が痛い.


 いつもなら腕を組まれても放っておくが,周りの視線(主に男達)が嫌なので深雪の腕を払う.


 このときの深雪は えっ?という顔をしていたのをよく覚えている.


「あんまこういうところで腕組むのはやめろ」


「うん..ごめんね..」




「お ようやく来たかお二人さん」


 ビルの前で待っていてくれた節.


 節が俺に耳打ちしてくる.


「深雪さん何かあったの?」


 深雪の元気がないことを悟ったのだろう.


「いや心当たりはないぞ」


 元気がないのは心配だが,それより今はD地区のトップと会うということで頭がいっぱいだ.


「んじゃ行きましょうか」


 ロビーのようなところを通り,エレベーターに乗り込む.


 階数は,11階か..


 D地区では他を圧倒するほどの高さだが,この建物をA地区かC地区に置いたら多分ビル群の有象無象になってしまうのだろう.


 最上階の11階で降り,明らかにお偉いさんがこの奥にいるだろうという扉の前へ案内される.


 緊張する俺と深雪.


「さてと心の準備はできたかな?」


 節が二人の顔を確認し,扉の横に設置してある装置に目をかざし,虹彩認証を行う.


 そして開かれる扉.


 社長椅子にもたれかかる一人の影.


「よく来てくれたね. ピーススクール序列5位 令司 そして 研究都市の長年の研究分野である「桜」の遺伝子を持つ者」


「歓迎するよ」

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