第5話 D地区へ
「おい節 あとどのくらい歩けばいい?」
「あと60kmくらいかな」
「長すぎんだろ」
「しょうがないよ村のある位置が悪かったんだから」
村は,各地区からかなりの距離がある.
今まで平凡に暮らすことができていたのは,このおかげかとこのとき理解した.
俺はともかく深雪は限界を迎えていた.
「桜」は,傷は一瞬で癒えても疲れるのは人一倍早いのだろうか?
まあこれは深雪だけの問題だろうが..
「んじゃちょっと休憩しようか」
深雪の険しい顔を見た節が号令する.
出発してから10時間ほど経つが休憩はすでに20回以上している.
俺,節,綺羅は正直あまり疲れていなかったが深雪の体力があまりにもなさすぎたためだ.
加えてどんどん歩くペースが落ちているような..
こんな調子で無事D地区へ辿り着くことはできるのだろうか?
少なくともこのペースじゃ到着するのは明後日くらいだろう.
「みんなごめんね. 足手まといで..」
大きめの岩に座った深雪が申し訳なさそうに謝罪してきた.
「気にしないで深雪ちゃん. 疲れて怪我した方が大変だもん. ゆっくり休んで」
(一瞬で怪我は治るがな)
しかし,綺羅が知り合ったばかりの他人に対してこんなに気遣うとは..
よっぽど深雪の事が気に入ったのだろう.
「節 そろそろ暗くなってきたし,これ以上歩くのは(深雪が)危険じゃないか?」
「もう少し歩こう. 少し行ったところに天然の温泉がある. そこで野宿しよう」
天然の温泉か....
温泉というもの入ったことがないから楽しみだ.
深雪も疲れが取れるだろうし,節にしてはナイスアイデアだ.
ん? 今一瞬,何故だが知らんが節の顔がにやけていたような.. 気のせいか.
「よし! 到着っと」
これが天然の温泉!
思っていたより大きな温泉で視界いっぱいに湯気が立ち込めていた.
顔には出さなかったが内心早く入りたくて仕方がなかった.
「とりあえず温泉に入る前に良い感じのところにテントを張ろう」
再開したときから思ってたが,相変わらず節はリーダシップがあるな.
「私温泉初めて入るかも」
目を輝かせた深雪が早く入りたそうにしていた.
「深雪ちゃん! あとで一緒に入ろうね」
「もちろん!」
マジでこいつら親密度上げすぎだろ.
深雪は人懐っこいからともかく綺羅が異常だ.
そんな二人の会話に聞き耳を立てる者が一人いたことは誰も知らない.
「さてとそろそろ温泉入りますか!」
そう言った節はどこか気合が入っているように見えた.
まあいつもこんなもんか.
四人で温泉のある方に向かって行くと,温泉の中央に草木が生えていた.
男風呂と女風呂とで分けるために生えてきましたよ~と言わんばかりの壁だな.
ありがたいが都合が良すぎるだろ.
節はこのことを知っていたのだろうか?
「よし! 綺羅,深雪ちゃんグループはあっち,俺と令司はこっちな」
そう言うと女ペアは女風呂の方へと向かっていた.
「令司~ また後でね~」
ぶんぶん手を振ってくる深雪に俺は手のひらを向け男風呂へと向かう.
楽しそうで何よりだ.
俺も早く入りたい.
服を脱ぎ,温泉に足の先を入れる.
「熱すぎんだろこれ」
あまりの熱さに驚いてしまった.
「少しずつ入れてけば体が慣れてくるから大丈夫だよ」
そう言って節は肩まで一気に浸からせる.
「化け物かよお前」
「お前とは気合が違うんだよ. 気合が」
?
「いや気合関係ないだろ」
そんなこんなでようやく肩まで湯を浸からせる.
あ~良い!
声には出さなかったが顔には出ていたらしく
「令司がそんな顔するとは.. 温泉良いだろ?」
ここで嘘を付くのもみっともない.
「悪くはない」
温泉巡りするのも良いかもしれないな.
目をつぶり温泉を堪能していると節からお声がかかる.
「令司殿」
なんだその呼び方.
「気色悪いぞお前」
「令司君には温泉のもう一つの楽しみ方というものをお教えしたくてね」
ほう 温泉の楽しみ方か.
知っておいて損はないだろうし,是非聞いておきたいな.
「どう楽しむんだ?」
少し期待を交え聞いてみる.
節が真面目な顔で女風呂の方に指を指す.
「女風呂があちらにあります. 深雪ちゃんと綺羅が入浴中です. 男としてこの千載一遇のチャンスを逃してはならないと思うのですがどう考えてますか?」
あ~なるほど.
道理で温泉の話が出てきたあたりからこいつのテンションが上がってたわけだ.
「言っておくが俺は覗かないぞ. やるならお前一人でやれ」
覗きの何が楽しいんだか俺にはさっぱりわからんし,綺羅に消されるぞ.
「令司お前..深雪さんのあんな姿やこんな姿は見たくないのかああああああ? ああ?」
何に切れてんだよこいつは.
「全く興味ないな」
それを聞いた節は呆れた顔をしていた.
「お前はどうしていつもそんな冷たいんだよ. 失望したよ」
俺の態度がいつも冷たいのは認めるが,覗きをしないぐらいでどうして失望されなきゃならない.
「もういい. 一人で行ってくる」
節の背中を見るのがこれが最後になろうとはこのときの俺は思っていなかっ いや死んだなあいつ.
「深雪ちゃんの肌本当白くて綺麗~」
「そんなことないよ. 綺羅ちゃんだって綺麗だよ」
「そうそう私気になってたことがあるんだけど聞いてもいいかな?」
「ん?なに?」
「令司の事どう思ってるのかな~って. 深雪ちゃん令司に対して積極的だし,その..好きなのかなって」
顔を赤くさせてモジモジする深雪ちゃん.
「うん..令司のこと..好きだよ. 好きじゃなかったらあんなベタベタしないよお」
このときの深雪ちゃんの顔は恋する乙女で本当に好きなんだなと伝わってきた.
「でも令司は私のこと何とも思ってないと思う. いつも嫌がられてるし..」
うわ~深雪ちゃんにこんな顔させるなんて 令司の奴あとで死刑ね.
「令司は別に嫌がってるわけじゃないと思うよ. 多分深雪ちゃんが可愛いからどう接していいかわからないだけだと思う!」
「ありがと」
苦し紛れのフォローにやってしまったと思ったがニコッと笑う彼女に私は心を打たれた.
「綺羅ちゃんはそういう..好きな人いないの?」
「ん? 私? 私は恋とは無縁の存在だからね~」
「そうなの? 綺羅ちゃん可愛いから節君が彼氏さんなのかなあって思っちゃった」
それはない.
「まあ節は悪くはないけど..」
ん?
温泉の壁になっている草木の上の方からガサガサと音が聞こえる.
深雪ちゃんも音に気付いたようでじっと草木の方を見つめる.
刹那,上から何かが降ってきた.
「深雪ちゃん! 危ない!」
「うおおおおおおおおおおおああああああああああああああ!!」
うるさい叫び声が聞こえると同時にその物体は湯の中へとダイブしていく.
「深雪ちゃん! 大丈夫?」
「う うん 何だろ?」
物体が落ちた場所の湯から泡がブクブク出てくる.
そして浮かんでくる裸の男.
「は?」
ぶちぎれる私をよそに深雪ちゃんは不思議がっていた.
「あ 節君. どうして上から?」
起き上がる節.
全てが丸見えだ.
「や やあ綺羅君に深雪君. 奇遇だねこんなところで会うなんて................」
恥ずかしいのか頬を染める深雪.
「深雪さん..綺麗な肌してるね......」
地雷を踏む節.
護身用の拳銃を節に向ける綺羅.
「死ね」
「あああああああああああああああああああああああああああああ」
女風呂の方から聴こえる節の悲鳴.
死んだか....
お前の分まで生きてやるから安らかに眠れ.
てか拳銃の音聴こえたけど大丈夫か?
本当に殺されてたらどうしよ..
まあ女性陣が無事なら一件落着か.
テントの外でうつ伏せに倒れる節.
「お前殺してないだろうな?」
「令司だいたいあなたも悪いんだからね」
何で俺が怒られるんだよ.
まあ確かに覗きを止める役は俺しかいなかったわけだから責任がないとは言えないが..
「だいたい深雪ちゃんに対してもう少し優しく..」
深雪に優しく?
なんのことだよ.
温泉関係なくね?
「綺羅ちゃん!! それ以上は言わないで!!」
なぜか顔を真っ赤にした深雪が綺羅を制止させる.
「深雪なんかあったのか?」
「いやいや何にもないよ」
深雪がこんなに動揺しているなんて珍しい.
「もう寝ましょ! 疲れたし! 眠いし!」
そう言って深雪が横になってしまった.
そしてなぜか綺羅が俺に対して,察しろ馬鹿野郎と言わんばかりの顔をしてきた.
まじでわけわからん..
突然起き上がり,蘇る節.
そしてボソッと一言.
「深雪さんの胸は大きくて白い」
ほう..
翌日 テントの前には何とも季節外れの節が閉じ込められた氷のオブジェクトが完成していた.
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