第3話 再開

 日は,沈み風が少し冷たいのを感じた.


 辺りが暗くなってきたおかげか空母集団の下部と側面に取り付けられたLEDがしつこいほどに輝いている.


 あのLEDの点滅パターンで情報を送り無数のドローンを遠隔操作しているのだろう.


 足を止め先程の村のことを振り返る.


 空軍の兵が家の扉から出てきた時点で殺すべきだった.


 そうすればおばさんは助かったのかもしれないのに.


 深雪に合わす顔がない.


 結局俺は,昔と変わらず大切な人を一人として助けることができない.


 身体だけでかくなって中身は何も変わっていない.

 

 そんな事を考えながら,木の影にちょこんと座る深雪に近づく.


 なんて声をかけていいのかわからない.


 沈黙を続けていると


「おかえり」


 帰りを待ってくれていた深雪が優しい声で今にも涙を流しそうな自分に駆け寄る.


「ごめん」


 おばさんを村のみんなを助けることできなかった.


 直接は言わなかったが深雪は,俺が一人で戻ってきた時点で全てを察したのだろう.


「令司が無事で良かった」


 優しくハグをしてくる深雪の顔は,見えなかったが多分泣いていた.


 深雪の震えた声には,令司が生きていたことの嬉しさとおばさんが亡くなったことの悲しさの二つの想いがあると伝わってきた.


「本当に良かった」


 深雪の抱く力が強くなるのを感じながら自分も思いっきり抱き返す.


 村の異常を察したのか空母の集団が村の方へと移動していく.

 

 それを追随するかのように周囲のドローンもLEDを光らせながら動く.


 いつか必ず地に落としてやる.


 そう誓いながら深雪の手を引き村をあとにする.




 深雪と真っ暗な森の中を突き進んでいく.


 明かりなどなく盗賊に襲われてもおかしくない状況だ.


 空には数機のドローンか巡回しており,森の中に入りざる得なかった.


 まぁ熱センサーや赤外線センサーがドローンに取り付けられてた場合,あまり意味はないのだが..


 これからどうしたものか.


 不幸中の幸いか買い物に行っていたおかげで食糧は当分持ちそうだ.


 しかし,身寄りや目的地などもなく食糧にも限りがある.


 深雪に不安な思いはさせたくない.


「令司,私は大丈夫だから心配しないで」


 俺のことを想ってなのか相変わらずの笑顔で喋りかけてきた.


 舗装されていない道と昼から歩き続けたせいか深雪の顔が険しくなっていた.


 そろそろ休憩したいたところだが,ここは森の中だ.


 休めそうなところなどあるはずもない.


 数時間が経つ頃には,深雪が息を切らし始め,さすがの俺も疲れてきた.


 顔を向ければニコッとぎこちない笑顔を返してくれるが深雪は疲労が溜まっているせいか終始無言だった.


 ふと前を見ると森の中に木のない空間が広がっているところを見つけた.


 不思議に思いながらもあそこなら休めそうだと思い重い足を動かす.


 広がった空間には,立派なお寺のようなものがポツリと建っていた.


「王都時代に建てられた物かな? こんなところにどうしてだろ?」


 久しぶりに口を開いた深雪の頭の上にはてなマークがあった.


「誰も住んでなさそうだし,とりあえず中に入ってみよう」


 こくりと頷く深雪.


 先頭を切って寺の中へ入る.


 畳みが敷いてあるだけで,至って普通のお寺だった.


 寺の中を散策していると突然.


「きゃっ! 令司~」


 泣き顔で抱きついてくる深雪が指を指す.


 どうやらネズミが住み着いているらしい.


 それから何度も悲鳴が聞こえる度に深雪の胸が腕に当たってきたが全スルーした.


 蜘蛛の巣,ゴキブリ,床の軋む音など全てに反応している白髪の子をよそに先へ進む.


 そんなこんなで後ろの子が騒がしい中,他とは明らかに雰囲気の違う扉がある.


 扉はサビ垂れていて施錠されている.


 まぁ長年誰も住んでないようだし..と思いながら施錠された扉を蹴りで壊す.


「ぎゃあああああ!」


 どうやら後ろの奴が扉の壊れる音にビビったのか期待通りに反応してくれる.


「令司~ 一言いってよ~」


「お前はいい加減黙れ」


 口を尖らせ,しゅんとしてしまった深雪を横目に扉の先へ進む.


 部屋は狭く,埃がすごい.


 部屋の周囲を見渡し,誇りを被った石版のようなものに目が止まる.


 深雪が埃を払い読もうとする.


「んー なんて書いてあるんだろ. 掠れていて読めないね」


「深雪邪魔」


 深雪を石版の前から退かし,目を凝らしながら石版を凝視する.


「・・・が・・・に達・・と・蝶が羽・する」


 見える文字だけを見るとこう読める.


 どういうことだ?


 蝶?


 虫の話だろうか?


 まぁ対して深い意味はなさそうだな.


 お寺に住んでいた方の趣味なのだろう.


「令司! 邪魔って言うのは酷いと思うよ!」


 邪魔と言われたのが気に食わなかったのか深雪が怒っていた.


 全然怖くないけど.


「事実だから仕方ないだろ」


 いつものように適当に返事をし,石版のある部屋から出る.


「きゃあああ!」


 前を歩くアホが一人で騒いでいた.



 時刻は21時を回ろうとしていた.


 軽く飯を済ませて寺の押し入れにあった布団を被り横になる.

 

 若干埃を被っていたが気にはならなかった.


 深雪が俺の被る布団に入ってくる.


「おい」


「ん?」


「暑苦しいから今すぐ出ろ」


「酷い! 令司は私の事嫌いなの?」


 目をうるうるさせながら見つめてくる.


「・・・・いいから寝ろ」


 答えを聞きたかったのか,ガッカリした表情でそっぽを向き布団を頭の上に被せていた.


 しばらくすると隣で寝息が聴こえてくる.


 ずっとこいつの顔を見ていると不思議と安心する.


 眠る深雪の頬っぺをムニムニと摘んで遊んでいると外から気配を感じた.


 耳を済ませ目をつぶり集中する.


 動物?


 いや違う.


 おそらく二人いる.


 こっちに向かってくる.


 研究都市の連中か?


 何にせよ無視する訳にはいかない.


 深雪が寝ているのを確認し,寺から出る.


 50mほど離れたところに二人の影が見える.


 緊張しているのか自分の心臓の音が聴こえ,唾をゴクリと飲む.


 近づいてくる影.


 二人ともフードを被り,足元まで伸びるコートを着ていた.


 距離が10 m程のところで警告する.


「誰だ? それ以上近づいたら殺す」


 問答無用で近づいてくる二人.


 明かりのない暗闇で紅く目が光り始め,どこからともなく出てきた二つの氷柱がフードを被る者達に襲いかかる.


 しかし,氷柱は,二人の前で突然音もなく消えてしまう.


「酷いなあ. いきなり能力ぶつけてくるなんて」


 声がする方に目を向けると背が小さい方の奴の目が赤く光っていた.


 能力者か..


 どんな能力で消したかは知らんが厄介だな.

 

 俺と同等かそれ以上の力は持っている.


 第六感がこいつらは危険だと知らせてきているのがわかる.


 あまり騒ぎを起こすと空軍に気づかれる可能性もある.


 かと言って簡単に逃げられるような相手ではないだろう.


「フードを取れ,取らなければお前らを氷漬けにする」


 辺りの空気が凍っていき,目を限界にまで光らせ牽制する.


 二人は顔を見合せフードを取る.


 牽制が効いたのか戦闘の意志はないらしい.


 ホッとしたのもつかの間,


「・・・・」


 二人の顔を見た瞬間,驚きの余り声を出すことができなかった.


 このときの俺は,多分相当間抜けな顔をしていたと思う.


 夢なのか?


 現実なのか?


「相変わらずだな令司」

 

「もう~殺されるのかと思ったよ」


 この顔と声間違えるはずがない.


 セツ綺羅キラだ.

 

 かつてピーススクールで知り合い,俺にとって家族も同然の信頼できる仲間だ.


 俺の目には涙が溜まっていて,喋ると今にもこぼれてしまいそうだった.


「生きてたのか..」


「おいおい勝手に殺すなよ」


 そう答えたのは,細目が特徴の節.


 俺の唯一の男友達だ. 


「あれ? もしかして令司感動の再開で泣いちゃいそう?」


 肩まで髪を伸ばし,ミディアムボブをしたグリーンアイの金髪の女,綺羅が煽ってくる.


 ピーススクール時代,生きる希望を持てたのはこいつらが居てくれたおかげだ.


 そんな懐かしさを感じながら二人に近づく.


「馬鹿野郎....」

 

 あふれ出る涙を抑えることはできず二人と抱き合った.


 最近,泣いたり抱き合うことが多い.


 昔はこんなに感情が表に出ることはなかったのに不思議だ.


 深雪に出会って以降感情の制御ができなくなっている気がする.


「令司が泣いてるところ初めて見たかも」


 節の言葉に綺羅がうんうんと頷く.


 再開を分かち合いたいところだが,二人には聞きたいことが山ほどあった.


「お前ら今までどこに」


「令司?」


 言葉が遮られ,突然後ろから俺を呼ぶ声がした.


 その声に二人が反応する.


「令司.. お前女できたのか?」


「うそ! あのクールを気取ってた令司にもついに!」


 うん 絶対聞いてくると思ったよ.


 目をキラキラさせながら二人が案の定盛り上がっている.


 勝手に盛り上がっている二人をよそに深雪は困惑していた.


「えっと俺の昔の知り合いで男の方が節,女の方が綺羅だ」


「悪い奴らではないから安心して..いいと思う」


 多分悪い奴じゃない 多分....


 深雪が思い出したかのように自己紹介をする.


「は 初めまして桜深雪と言います」


「えっと令司.. 令司君とは仲良くさせてもらってます」


 笑顔で深々とお辞儀をし挨拶をする.


 月明りが四人を照らし,お辞儀をする深雪の純白の髪がひらひらとなびいている.


 そのときの節と綺羅の二人は,目をまん丸にさせ,言葉を失っていた.


 「桜」という名を聞いたとき二人は明らかに反応していた.

 

 そして,純白の髪が月明りに照らされた途端,何かに確信を持ったような顔に変わったのを俺は見逃さなかった. 


 頭を上げた深雪は,この謎の空気に困惑し,俺の方に助けを求める.


 振り返ってみれば,俺も初めて「桜」の名を聞いたとき何かが頭の中で引っかかったのを覚えている.


「えっと.. どうした二人とも」


 とりあえずこの空気を何とかしようと声を出した.


「おい令司....」


 最初に言葉を発したのは節だ.


「ん?」


「お前..どんだけ可愛い嫁もらってんだよおおおおおおお!」


「は?」


 俺の反応をよそに深雪が何故か顔を真っ赤にしていた.


「綺麗な純白の髪で胸もあって言葉遣いも丁寧で完璧すぎんだろうがよおおお! 綺羅も十分可愛いと思うよ? でもね次元が違うんすわ. 深雪さん! 結婚してください!」


 深雪に手を出し結婚の合意を求める節.


 困惑する深雪.


 突然ディスられた綺羅.


 節が深雪に対して求婚を申し出たのが何故か気に食わなかった俺.


 ので

 

 二人で節をボコボコにした.


 地面にうつ伏せに倒れている節を傍らに綺羅が話を再開した.


「初めまして.... 深雪ちゃんって呼んでもいいかな?」


 綺羅は少し気恥しそうに深雪に問う.


「うん! じゃあ綺羅ちゃんかな?」


 こういうときの深雪の笑顔は強い.


「綺羅ちゃん..」


 よっぽど綺羅ちゃんが嬉しかったのか自分で言っちゃってるよ.


 ということは深雪にとっては初めての女友達なのか?


 初めての女友達がまさか綺羅だとは不思議な感じだ.


 節が起き上がる頃,三人は寺の中でお菓子を食べながら談笑していた.


「え? 酷くない?」



 夜中の2時を迎えるころ,深雪と綺羅は一緒の布団で寝ていた.


 どうやら二人は相性が良いのかあの後,永遠とお喋りを続け女子トークで盛り上がっていた.


 一人で月を見ていると節が隣に座ってきた.


「寝ないのか?」


「お前らにボコボコにされて気絶してるときに十分寝たからな」


「・・・・」


「・・・・」


 続く沈黙.

 

 ずっと聞いていいのか迷っていたことを聞く.


「節,莉奈リナはどうした?」


 節はこの質問が来るのをわかっていたのだろう.


 あっさりと答えてくれる.


「死んだよ」


「そうか..」


 考えたくはなかったが,そんな気はしていた.


「誰に殺された?」


「・・・・」


「すまん答えなくていい」


 節は莉奈に恋をしていて,いつも気にかけていたのを覚えてる.


 空気を読むべきところで読めなかった自分をぶん殴ってやりたい気持ちだった.


「お前には話しておくべきだよな」


 月を見ながら節は話をし始めた.


「お前と別れた後,胸を刺されて死んだんだ」


「誰が殺めた? 研究都市の連中か? それとも少女シュリムストか?」


「いや どちらでもないよ」


「莉奈を殺めたのは俺たちと同じピーススクールの超能力者だ」


 不思議な話ではない.


 超能力者の中には殺戮を好むものもいる.


「あいつ.. 莉奈を殺めて笑ってやがったよ」


「今でも夢に出てくるよ. あの気色の悪い笑い顔が」


 節は手を力強く握りしめ怒りを露わにしていた.


「そいつはどうなった?」


「わからない.. あの時は混乱しててただただ叫んでいたよ」


「あの時あいつを殺していればもう少し楽に生きてこられたのかな」


 節のこんな弱気な姿は見たことがない.


「嫌な記憶を思い出させてすまん..」


 かけてやる言葉が見つからなかった.


「どうしてお前が謝る?」


「仲間の死は知っておくべきだと思ったから俺はお前に喋ったんだ」


「そうだな..」


「さ~てとこんな暗い話やめて募る話でもしようや!」


 節がこちらに聞いてくることはなんとなくわかっている.


「深雪さん.. あの「桜」の少女とどこで出会った?」


 やはり来たか.


「俺がピーススクールから脱走して死にかけてるところを深雪が助けてくれたんだ. それで村に運ばれて,それから俺がその村に住み着いていただけだ」


「逆に俺からも聞くが「桜」って何なんだ?」


「知らないのか? 昔ピーススクールの図書館に置いてあった本に書いてあっただろう」


 そんなことがあったようななかったような.. 全く覚えてない


「まぁ俺も綺羅もピーススクールを出てから情報を集めるうちに知ったことだから詳しくことは知らないが..」


 間を開けて話を続ける.


「まず,「桜」の特徴として挙げられるのは,髪の色だ. お前もよく知っているようにあの純白色は桜の遺伝子にしか存在しない」


「二つ目は,体質だ. 桜の体の自己修復力は人間を逸脱していて手足を切断されても数分もあれば治るらしい」


「まあこれは信じ難いけど..」


「いや事実だ. 以前,深雪が傷を負ったとき一瞬で治っていくのをこの目で見た」


「..まじすかぁ」


 明らかにドン引きしているなこいつ.

 

 少しして節は険しい顔をし始める.


「問題は研究都市が「桜」の存在を何年も前から知っていて,最近になって研究に対して本腰を入れ始めたことだよ」


「何年も前から? ならもう研究はかなり進んでいるということか」


「いやそうでもないらしい. そもそも「桜」は個体数が少なくて今現在生きているのは深雪さんも含めると5人しかいないらしい」


 深雪の親戚ってことか?


「だから奴らは安易に実験ができないんだよ」


「ん? なら子供を作って増やせばいいんじゃないか? あいつらなら平気でそのくらいやるだろ」


「そこが「桜」研究が進まない理由だった」


 だった?

 

「「桜」の個体数が増えなかったのは,子供を全く作ることができなかったのが原因でいくら男を連れて来ようとも不思議と子供ができなかったんだよ」


「つまり「桜」の遺伝子が何かしらの拒絶反応を起こしていたということか?」


「さすが察しがいいな. 簡単に言えば「桜」は愛する者との間にしか子供ができないよう遺伝子に組み込まれているんだとか」


 どんな遺伝子してんだよとツッコみをいれたいところだが..


「あいつらはその法則に気づいたということか..」


「そして今絶賛合コン中ってこと~」


 節が冗談を交え話を続ける.


「と言ってもだ. いくら研究都市であろうとも人の感情は簡単にはコントロールできない. で今盛んに研究されているのが人の感情をコントロールする実験っていうわけ」


「そうそう. 他の「桜」の方々は,研究都市内で特に制限もなく自由に暮らしているらしいよ」


「運命の人と出会わせることが目的ってことでいいのか?」


「ご名答~」


 まさか天下の研究都市様がこんな可哀そうな事になっているとは..


「俺が「桜」に関して知ってるのはこのくらいかな」


 なるほど.


 あの村を襲った空母の数.


 全研究都市は数少ない「桜」の一人深雪を狙っているということか..


「そうそう. これはちょっとした豆知識だけど「桜」は,歴史上 女 しか生まれてないらしいよ」


「え? まじか」


「まじです..」



 3時を迎えるころ寺は静まり返り虫の鳴き声が絶え間なく続いていた.

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