始まりの花ー令司編ー

第2話 白桜

 ピーススクールから脱走した少年は,逃げるようにひたすらに走る.


 季節は冬だろうか? 木々に葉1つなく,息が白く,手が悴んできた.


 少年は足を止め空を向く.


 白い綿のような物が降ってくる.


 雪だ.


 外が冬だなんて知らなかった.


 そう思うと同時に少年の目から涙が溢れ出した.


 セツ綺羅キラ莉奈リナは無事だろうか?


 後で合流しようと約束していたが誰も来なかった.


 きっとどこかで必死に逃げているだろうと願うしかない


 神様なんて1度も信じたことは無いがこういう都合の良いときには居て欲しい,そう願ってしまう.


 少年は再びボロボロになった足を動かし,前を行く.


 弱音を吐いてはならない,悲願のために....


 雪が降り始めてから何時間くらい経っただろうか.


 少年は,ふらふらになりながらも重い足を動かす.


 目的地などない.


 ただ途方もなく歩き,ついに少年は力尽き,雪の上に倒れる.


 そりゃそうだ昨日から飲まず食わず,ろくに睡眠も取れていない,おまけに外は,冬で,この薄着.

 

 倒れない方がおかしい.


 声はかすれ,今にも死んでしまいそうな声でポツリと.

 

「ごめん.. みんな」


 節,綺羅,莉奈 できることならもう一度アイツらの声を聞きたかった....


 少年は雪を毛布のように被り目を閉じた.


 遠くから足音が聴こえる.


 倒れ込む少年に近づく1人の少女.


 少女は何も言わずに少年の雪を払い,自分と同じくらいの体を持ち上げた.


 温かい..少女の背中から感じられるものは不思議と安心できた.



 目を覚ます少年.


 見知らぬ天井,嗅いだことのない匂い,そして温かい毛布.


「助かったのか?」


 若干困惑していたが,何より自分が生きていることにほっとした.


 ピーススクールの事件から約数日後.


 脱走した超能力者の中には上手く逃げきれた者,逃げる途中で殺された者,生きる場もなく死んでいった者もいる.


 そんな中生きることができたのは運が良かった.


 ぴちゃぴちゃと水の落ちる音が耳に入ってくる.


 少年が寝るベッドの隣で少女が今にも折れてしまいそうな白く細い腕と手でタオルを絞っていた.


「あ! 良かったあ~ 身体大丈夫そう?」


 少女は,少年の目が覚めたことに気付き,手を合わせ満面の笑みで嬉しそうにしていた.


 純白の髪が背中辺りまで伸びた前髪ぱっつんな少女に少年は,目を奪われた.


「天使..」


 天使は本当にいたんだ.


 そう錯覚させるほど少女は可愛く,口に出してしまうほどだった.


「え?」


 予想外の回答だったのかキョトンとしてしまう少女.


「ごめん.大丈夫.ありがとう」


 そっけなく答える少年に少女は,ニコッと笑う.


「あなたお名前は? 歳は?」


 質問攻めの少女に圧倒されてしまいそうだ.


「....令司レイジ. 多分13歳..」


 少年はワンテンポ置いて答え 少女に聞き返す.


「お前は?」


「私も13! えっと.. 桜深雪サクラミユキと言います.よろしくお願いします」


 慌ただしく頭を下げ嬉しそうに答える少女.


 何がよろしくお願いしますなのかよくわからないが,外見を名前にそのまま映した様な名前だと感じると同時に「サクラ」この部分に聞き覚えがあるような気がした.


 考え込んでいると彼女が思い出したかのように部屋から出て行き,数分も経たないうちに美味しそうな匂いと共に少女が戻ってくる.


「じゃじゃーん!! 深雪特製おかゆ&スープ~♪」


 目の前に出された暖かそうな料理に腹が鳴るのを隠すことはできなかった.


「令司君! 何日もご飯食べてないでしょ? 食べて! 食べて!」


 早く食べてと言わんばかりのテンションに煽られながらもスプーンを持ち,口に1口おかゆを入れる.


 美味い! そう脳が感じたときには,ガツガツおかゆとスープを胃の中に放り込み,あっという間に完食してしまった.


「どう? 美味しかった!?」


 目をまん丸に輝かせながら聞いてくる彼女に深々とお礼をした.


「美味しかったよ.本当にありがとう」


「私 今日初めてお料理したの♪ 喜んでくれて良かったぁ~」


 終始ほんわかした雰囲気の彼女に令司は久しぶりに頬を緩めた.



 食器を片す彼女の顔を無心で見ていると目が合った.


「令司君 今日は疲れたでしょ? ここ私の部屋だけどこれから好きに使っていいからね!」


「は?」


 意味不明な言葉につい失礼な反応をしてしまった.


 今なんて言った? これから?


「あ! 大丈夫大丈夫! 私は別の部屋で寝るから」


 こいつボケてるのか?


 自分の言ったことを覚えていないのだろう.


 可哀想に..


「これからってどういう....」


 聞き間違えただけかもしれないのでもう一度確認の意味も込めて聞く.


「多分だけど令司君これから行くところないでしょ? 嫌になったら出ていっても良いから令司君が良ければ一緒に住もう?」


 自己紹介のときのよろしくお願いしますはそういう意味だったのか.


 出会ったばかりの人にこんな提案を持ちかけてくるとは,正直馬鹿だと思った.


 しかし,冷静に考えて見れば,今この状態で外に出ていってもまた倒れるだけだろう.


 仮に冬でないとしても一銭も持たない,ましてや脱走者が見つかったとなれば研究都市に回収されるのがオチだろう.


「会ったばかりのこんな怪しい奴を住まわせて良いのか?」


「令司君は優しそうだし,それに同い年の子を見殺しになんてできないよ」


 見殺しになんてできない..か


 そうか..ここはもうピーススクールじゃないんだった.


 馬鹿は自分のことだな.


 呆れて苦笑いも出てこない.


「ご家族に迷惑でなければよろしくお願いします」


 彼女に対して頭を深々と下げた.


「はい お願いされました♪」


 笑顔で応える彼女に自分の荒んだ心が浄化されていくのを感じた.


「あと 私,可哀想じゃないから!」


 突然発せられた声に動揺したが,どうやら先程の心の声が口に出していたらしい.


 頬を膨らます深雪からは怒りを感じられず,ただ変顔をしているようにしか見えなかった.



 どうやら深雪はかなり歳のいったおばさんと二人暮らしをしているらしい.


 おばさんは自分がこの家に居候することを歓迎してくれた.


 深雪とおばさんは,自分の過去について詮索しようとは一切せず,対等に接してくれるので居心地が良く,同時に申し訳ないという気持ちもあった.


 聞くところによるとおばさんと深雪に血縁関係はなく,昔,深雪が路頭にさまよっていたところを保護したらしい.


 深雪が何故路頭にさまよっていたのかはわからない.


 少し興味はあるが,俺自身の過去を話さないのに他人の過去を詮索する気にはなれない.



 数ヶ月が経つ頃には,家事や町への買い物などの基本的な事はできるようになり,少しでも深雪やおばさんに役に立てるよう努力した.


 この家にも慣れてきた頃,俺は,深雪に料理を教えて貰っていた.


 深雪の料理をする姿はとても様になっていて,ずっと見ていても飽きない.


 そのとき,うっかりしていたのか包丁で指をに思いっきり切ってしまう.


「深雪 大丈夫か?」


 焦る俺は,血が溢れてくる指を見つめながら言う.


「心配しなくても大丈夫だよ」

 

 平然と答える深雪.


 急いで救急箱を取りに行こうとしたとき,衝撃的な現象を目の当たりにする.


「傷が治っていく..」


 見間違いなんかじゃない.


 気付いた時には血は止まり傷の跡はどこにもない.


 驚きのあまり声が出せずどう反応して良いのかわからなかった.


「見られちゃった.. これ生まれつきの体質なの」


 深雪も反応に困っていたのかいつもの笑顔はなく,気まづそうにしているのがすぐに伝わった.


「超能力なのか?」


 純粋な疑問に対して深雪は,少し間を置いて答える.


「今のは体質. 一応超能力も使えるよ」


「自分が傷を負ったときは体質で勝手に治るの. 超能力は他人の傷を治す力かな」


 ピーススクール外で初めて会う超能力者がまさか深雪だとは思わなかった.


 空気から察するにこれ以上この話を続けるのは辞めた方が良いと思いそっけない返事で済ます.


「そうか」


 その後,気まづい空気がありながらも無事今日も一日を終えた.


 寝室で転がりながら今日の事を考える.


 おばさんから聞いた話によると深雪の体質と能力で傷を治すのは朝飯前だと言う.


 衝撃的だったのが手や足が切断されても数時間もあれば修復させることができるらしい.


 以前おばさんが深雪を連れて買い物に行ったとき事故で手を失った少年の手を治したそうだ.


 おばさんはそれ以降深雪に対して能力をあまり使わないよう念入りに言ったそうだ.


 深雪が気まづそうにしてたのはそういう事かと納得した.


 しかし,おばさんの行動は,正しいと同意せざる得なかった.


 おそらく深雪は,かなりの高能力者,加えて謎の体質.


 こんな美味しい話,あいつらに伝われば食いつかないわけがない.


 手を握りしめ過去の嫌な思い出をかき消す.



 3年が経つ頃には,俺と深雪は16歳になっていた.


 時間が経つのは,本当に早い.


 おばさんは相変わらずだが,深雪は,背が少し伸び,女性として出るところが出ていた.


 もちろん深雪の美貌は,今も健在だ.


 深雪が小さくなったのか自分が高くなったのかはわからないが,深雪との身長差は10 cm以上あった.


 今日は2人で隣町へ買い物に行く.


「令司 そんな嫌そうな顔しないでよぉ」


 というのも最近,深雪が腕を組んできたり手を繋ごうとしてきたりとスキンシップが凄まじいのだ.


 ときどきその大きな胸当ててくるのやめてくれませんかね?


 そんなことをいつも思う.


「アホ1人で歩けるだろ」


「アホだから令司と手繋ぐ~」


 嫌なので手をポケットに突っ込むやいなや腕を組んできやがった.


 腕を組んで満足気な深雪が顔を少し上げ令司の顔を見る.


「私たちカップルみたいだね」


「やめてくれ」


 即答する令司に肩を落とす深雪.


 確かに傍から見たらカップルか新婚に見えるかもしれない.


 深雪のことは,嫌いじゃないしどちらかと言えば好きだ.


 もちろん恩人として.


 ただ,悲願のためにもそろそろ独り立ちしなければならない.


 そこに深雪を巻き込みたくない.


 だからこそ無意識に距離を置こうとしているのかもしれない.



 帰路に経つ2人.


 いつものようにたわいもない会話をしているとどこからか音が聴こえてくる.


 突然立ち止まったことに深雪は,首を傾げていた.


「何の音だ?」


 エンジン音,ファンの回る音どれも少し違う.


 抽象的に言うならば機械が空で動いているような音..


 嫌な予感がすると同時に夕焼けの空を見上げた.


 空に悠々と浮かぶ黒い塊.


 見間違えるわけがない.


 空中に浮遊する巨大な島のようなもの,その周辺を護衛するかのように飛ぶ一回り小さい島達.


「空中空母..」


 あの空母の中に何百もの戦闘機が搭載されている.

 

「なに..あれ」


 怯える深雪が袖を掴んでくる.


 どうして研究都市外に奴らがいる?


 小さい島達(空中軽空母)だけならまだしも何故巨大な島(空中空母)まで..


 基本,空中空母が出動するのは全地区の研究都市のトップが合意したときのみだ.


 大量のドローンが空中軽空母から放たれ,おばさんと深雪の家のある村の方向へと向かっていく.


 数秒も経たないうちに遠くから聞こえる銃弾の音, 燃える匂い.


 間違いなく村が襲われていると感じた.


 おばさんを助けなければ!


「深雪 俺が戻ってくるまでそこの木の影に隠れてろ.すぐ戻るから」


「私も一緒に行くよ」


 深雪の袖を掴む力が強くなるのを感じた


「いやお前は来るな」


「令司1人だと心配だよ..」


「いいからここで待っていてくれ. 危ないから..」


 少し切れ気味に答えてしまう.


「うん わかった. 絶対戻ってきてね」


 観念したのかこれ以上つっこんでくることはなかった.



 村に到着したときにはすでに火の海だった.


 見覚えのある顔や隣の家に住むおじさんが倒れており,無数に飛ぶドローンが村人の顔をカメラで識別していて,まるで誰かを探しているように見えた.


 相変わらず空中空母と空中軽空母は,少し離れた空で浮遊しており,完全にドローン任せという状況だ.


 老人ばかりで武力を持たない村にわざわざ出向く必要もないと言わんばかりに高みの見物を決めている.


 そんなのことを頭の片隅で考えつつ,全力で家に向かったが一歩遅かった.


 おばさんが家の玄関の前でうつ伏せで倒れていた.


「おばさん!」


 おばさんへ駆け寄ろうとしたとき突如誰も居ないはずの家の玄関が開く.


 出てきたのは黒い隊服のようなものを着た空軍兵だ.


 無数のドローンの中に一人の兵.


 空軍の決まりか何かで現地に兵を最低一人置く義務か何かあるのだろう.


 こいつらは誰を探している?


 もしかして脱走した俺を探してに来たのか.


 いや..1人の超能力者ごときに空母まで出してくるか?


 そんな考えを張り巡らせている間に空軍兵と目が合う.


「お! 生存者発見!」


 空軍兵が倒れるおばさんを蹴り自分の歩く道を開け,近づいてくる.


「質問は一つだ.白い髪をした女を知らないか? そうだな..歳は10代でここの家で住んでるらしいんだが,そこでくたばってるばあさんに聞いてもなかなか教えてくれなくてね」


 こいつの話なんて微塵も頭に入ってこなかった.


 ただ溢れてくる怒りを沈めるのに精一杯だった.


「お前がおばさんを殺したのか?」


「こんなばあさんの事なんてどうでもいいだろう. 俺の質問に答えろ」


 駄目だ.


 やはり研究都市は,頭のイカれた奴らばかりだ.


 呼吸をするように人を殺してきたのだろう.


 そのとき微かに生きていたのかおばさんがゆっくりと顔を上げ俺に告げる.


「令司..君 早く逃げて」


 最後の力を振り絞ったのだろう.


 声が段々弱くなっていくのを感じたが,おばさんの力強い目には,深雪のことを託した,そう意味が込められているような気がした.


 パンッ! パンッ!


 二発の銃声が聞こえると同時におばさんは目を閉じた.


 銃口は血に染まったおばさんの方に向けられていた.


「ベラベラとうるさいばあさんだ」


 不機嫌そうな空軍兵が今度は自分の方に銃口を向ける.


「で質問の答えは?」


 あぁもう我慢できないや.


 こいつを殺さなければ可笑しくなってしまいそうだ.


「黙れ」


「そうか. 残念だよ」


 パンッ!


 躊躇もなく発砲される.


 銃声が鳴り響き,銃弾が向かってくる.

 

 刹那 自分の両目が紅く光る.


 空中で移動する銃弾が突如凍り.速度を失っていく.そして,地面へと落下する.


「紅く光る目..能力者か..」


 空軍兵が目をまん丸にさせて驚きを隠せないでいる.


「黙れって言ったのが聞こえなかったか?」


 さらに目の光の強度が増していく.


「消えろ」


 一言発すると同時に数秒前まで火の海だった村全体が凍りに飲まれた.


 思い出の詰まった村.


 こんな自分を優しく歓迎してくれた村人.


 全てが一瞬にして凍り,時間が止まってしまったかのようだ.


 ドローンは凍り制御を失っていた.


「おばさん..ごめん 守れなかった」


 凍りついたおばさんに一言声をかけ,凍ったおばさんの手を握りしめながら誓う.


「深雪は,俺が必ず守るから安心してくれ」


 そう言い残し,一度も振り返らず凍りついた村から去っていく.



 凍りついた空軍兵にはまだ若干の意識があった.


 間違いない.. 火をも凍らし,一瞬で村中を氷漬けにするほどの力.


 あの青年はおそらくピーススクール11000人の中でもトップ10に入る序列5位の令司だ


 はぁ~面白いことになってきやがった.


 こんな寂れた村に序列5位と桜の女が暮らしていたとは運命か.


 研究都市も完全には支配できてないってか?


 数年後の世界が楽しみだ.


 今から死ぬのが惜しいよ本当.


 青年よ.


 きっとお前ならこの腐った世界を変えられるのかもしれない.


 いや青年のような連中が他にもどこかにいるのだろう.


 きっと息を潜めて研究都市の首を今か今かと狙っている.


 君らのような次世代を担う若い者達の成長を見届けることができないのが本当に残念だよ.

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