第6話
男の家を訪ね、会社の後輩だと伝えた。すると、男の娘は治を家にあげ、仏壇へと誘導した。
男は亡くなっていたのだ。男の妻も既に亡くなっているという。
妻と男が手紙のやりとりを止めた理由は、男が老人ホームに入るからだった。治は家族に男の居場所を聞き、会いにいく予定だったのに、男はもうこの世にはいないのだった。
仏壇には男の写真があった。なかなか、いい男だった。治は舌打ちしたい思いだった。
仏壇に手を合わせ、席を立とうとすると、ずっと黙っていた男の娘が口を開いた。
娘といっても三十代だろう。優しい目元は母親に似たのか。娘はどこか鋭さのある男にはあまり似ていなかった。
「あの、父は自営業でした。飯島さんの旦那様ですよね?」
言葉がきれいじゃもん。先程の運転手の言葉が頭をよぎる。
「奥様と父が文通していたこと、私も知っています。それで、会いに来られたんですよね?」
「はあ、その、あの」
治はしどろもどろになる。想定外の展開だ。バカになろうか。特定の数字を読み上げるときだけ馬鹿になる芸をやっていた芸人のことが頭をよぎる。
「妻はここへ手紙を?」
「いえ。父は会社で奥様からの手紙を受け取っていたようです」
用意周到な、嫌な男だ。
「申し訳ございませんでした」
娘が頭を下げる。
「いや、いや、いや、やめてください」
どうしてお前が? 治は混乱する。そして、自らも畳に向かって深く頭を下げた。
「こちらこそ、うちの妻が大変なことを。大変、申し訳ございませんでした」
「やめてください」
今度は娘が恐縮する番だった。そして、ゆっくりと席を立ち、「いま、お茶を持って参ります」と丁寧な言葉を残し、部屋から出ていった。
毒でも盛られたりして。それならそれでいっか。
治は小さくため息をついた。
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