第2話 悪役フェチと博識の大天使

 【使い魔】。

8歳になると与えられる女神様からのギフト。

相棒、友達、召使い、扱い方は人それぞれではあるけど前世がオタクだった僕からしたら〝相棒〟と呼ぶのが一番気分が上がる。


第2王子であるライラス兄上の使い魔は【序列48位・博識の大天使】。

戦闘向きの使い魔ではないけど、彼女は異次元に巨大な図書館を有しており扉をどこにでも出現させることが可能。

つまり膨大な知識と瞬間転移の能力持ち。


使い魔をまだ持たない第3王子の部屋に夜中忍び込み暗殺を企てるにはもってこいの能力と言えよう。


「くっ……なぜ……」


大天使特有の金色の髪色。

背中には4本の美しい翼。

おかっぱで目元を隠した中学生ほどの大人しそうな女の子の見た目をしている。

そんな彼女が鎖によって拘束されていた。


「あまり大声は出さないでね。警備の兵士が来てしまうから。僕らの話し合いを邪魔されたら困る」


「そのケモノがなぜここに……?【フェンリル】。あの執事の使い魔ですか──うぐっ」


抵抗すると鎖の縛りが強くなる。


彼女の視線の先には僕の足上に眠っている灰色の狼。

躾された犬くらい人懐っこくて可愛い。


使い魔のほとんどは相棒である人間から離れる事はない。

博識の大天使のような異次元に空間を持っているタイプは別だが、フェンリルも例に漏れない。


暗殺を恐れて夜になると執事のジェロームでさえ追い出される状況。

しかし現在、相棒ではなく第3王子の側に仕えている使い魔フェンリル。


「……どうやら企ては見透かされていたようですね」


肯定するように微笑む。

それから彼女の腰に収まっている短剣に視線を移した。


「ジオニス兄上が幼い時に父上からもらった短剣か。なるほど。弟を亡き者にして、その罪を兄に着せるつもりなんだね」


ライラス兄上は一石二鳥を狙っているようだ。


「……ええ。だから弟君の死はライラス様にとって、ただ兄君をはめるための道具に過ぎないのです」


悲しい顔をした、僕の命を奪おうとこの部屋にやってきた暗殺者が。


「同情してくれてるのかな?」


「どうでしょう。主人が血を分けた兄弟の命すら軽んじる外道だった己への哀れみかもしれません」


それは、心中お察しいたします。

あれでも僕の可愛い兄上なのでどうか見捨てないでやって欲しい。

今は小悪党だったとしても、素敵な悪役の素質はあるから。


「ならどうして君はライラス兄上の命令に従っているのかな。〝隷属の誓い〟をした印も見たところ身体にはないけど」


「彼を国王にしたら、王国の本を全て自由にしていいと仰ったので」


決意のこもった眼差しを向けられた。

そこまで言ったら分かるだろ?みたいな。


忘れていた。

博識の大天使、本だけが世界の全てだ。

彼女の図書館にない本のためならばどんな事でも出来てしまうのだろう。


彼女もまた、悪役の素質があった。


「ならば仕方ない。君に暗殺されてあげるよ」


「え?」


フェンリルを足上から動かして、立ち上がる。

博識の大天使の側まで行って、彼女の腰に収まった第一王子ジオニス兄上の短剣を抜く。


「弟君、一体なにを────っ⁉︎」


彼女は言葉を失った。

僕が自分を短剣で斬りつけたから。


血液が短剣に塗られる。


「気でも参ったのですかっ!なにを考えて……え、どうして?」


目を回す博識の大天使。

なんでも知っている彼女でも理解出来ない事があるらしい。


目の前で第3王子が自分で身体を斬りつけて、しかもなら当然の反応だとは思うけど。


僕は回復魔法を得意とする。

と言うよりも悪役フェチを豪語する以上、趣味を心から楽しむためには他人を巻き込まず、大切な人達が傷付かない力が必要だった。

だから回復魔法を極めた。


「はい、どうぞ。この短剣を持ち帰ってライラス兄上には『暗殺完了』と伝えてくれないかな」


「……弟君は、ライラス様をはめるつもりですね。それを分かっていて命令に従うと?」


「これは命令じゃない。お願いだよ。ライラス兄上を想っての行動だし、もちろん報酬は出す」


この世界には記憶を本にする魔法も存在する。

よって僕が前世で見てきた映画・漫画・アニメなどの記憶を本にすれば彼女が喉から手が出るほど欲しがる報酬となる。


「弟君を、無垢な少年王子とばかり思っていましたが流石は王族。『悪』のにおいがします」


「はは、それは違うよ。僕はただの〝悪役の味方〟さ」


「……悪役の……味方?」


君達の味方だから安心して良いと伝えたつもりが。

警戒の視線を向けられてしまった。

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