第43話 姉妹

「あなたはこのまま掃討戦から離脱しなさいっ!!」


 突き放すようにも思えるその言葉を受けてレミューさんが息を呑む。しかし、それに構うことなくレリシアさんは続けた。


「あの敵は私たちとは次元の違う強さよ……! いくら強化魔法がかけられているからって、あなたの力じゃあの魔族の一撃すら耐えられない。他の炊き出し班員は先に逃げたのでしょう? なら、その人たちと共にあなたも逃げなさい!!」


「そ、そんなこと……! 今も戦っている皆様を捨て置いて、わたくしだけ逃げるなど……!」


「言っていたでしょう、最初から……! あなたにここは危険すぎると」


「で、でも、でも……っ!!」


「――あなたはここに、いるべきではないのッ!!」


 鋭く飛んだその言葉に、レミューさんの肩が跳ねた。


「どうして……どうしてそんなことを仰いますの……?」


「言った通りよ! あなたがここにいては――」


 レリシアさんは何かを言いかけようとして、ピタリとその場で固まった。


「レミュー……?」


 正面からその顔を見据えたまま、レリシアさんは驚いたように目を見開いてその名前を口にする。レミューさんの身体は、僅かに震えていた。


「わたくしは……まだ、『ダメ』なんですのね……」


 ポロポロと、大粒の涙がその目の端からこぼれていた。


「お姉さまは、まだ……まだわたくしを1人の貴族としてお認めくださらないのですね……!」


「ち、違うわ……! そうじゃなくて……!」


 しゃくり上げながら、しかしそれでも強く訴えかけるレミューさんの言葉が投げかけられる。思いもよらない反応だったのだろう、レリシアさんの表情は驚きに固められたようにこわばったものだった。


「違うはずありませんのっ!! わたくしがいつまでも半人前で弱いままだから……だからお姉さまはこれまでも、わたくしが冒険者認定試験を受ける時だって、この掃討戦へと参加すると決めた時だって、『ダメだ』と拒んだのではありませんのっ!!」


「違うの……っ!!」


「わたくしが……わたくしが役立たずなんてことは、自分が1番わかっていますのよっ!! でも、それでも……役に立たないなりの貢献の仕方がありますわっ!!」


 レミューさんは滲む涙で目を赤くしながらも毅然きぜんとして言い放つ。


「レミュー、あなた……何をするつもり……?」


「あの魔族はわたくしのことを強化魔法の使い手と思い込んでいますわ……。ならば、わたくしがあの戦場に現れれば攻撃の手はわたくしに向きますの」


「そんなことをしたら――」


「1手でもいいですわ……魔族の攻撃が1手わたくしに向くだけで、アイサさんたちの攻撃のチャンスが1手増えますの……! 例えその1撃でわたくしが死ぬことになろうとも……! 役に立たないなりに、わたくしは――」


 パチンっ! という音が響いた。レミューさんが驚いた顔をして、赤くなった頬を抑える。レリシアさんに、頬を打たれたのだ。


「お姉、さま……?」


「バカ……ッ! レミューの大バカッ!!」


 平手を振り抜いた体勢で、レリシアさんは叫んだ。そして、そう言い切るなりレミューさんを引き寄せて力強く抱きしめた。


「役立たずなんて、思うわけないじゃない……! 貴族として認めていないわけないじゃない……!」


「お姉さま……な、何を……」


「底抜けに明るくて、どんな困難にも挫けなくて、行動力があって、いつでも民のことを思いやる優しい心を持っている……あなたはもう、充分に立派な貴族よ……」


 レミューさんの身体を包むように抱きしめながら、レリシアさんは心の内をそのまま吐露するかのように言葉を紡ぐ。


「なんで冒険者登録をすることに反対したかって……? 掃討戦に参加することに反対したかって……? そんなコト決まってるッ!! レミュー、あなたが大切なだからッ!!」


「お――お姉さま……っ!?!?」


 より一層力の強まるような抱擁ほうように、レミューさんは戸惑いの声を上げる。しかしレリシアさんにその声は届かないのか、レミューさんを覆うように抱きしめたまま、決して離そうとはしない。


「これが自分勝手な想いだということはわかってる……っ!! それでも、あなたをむざむざ死にに行かせるくらいなら私が行くわ。家族として、姉として――自分より先に妹を死なせるわけにはいかないもの……!!」


 抱きしめたまま、レリシアさんはレミューさんの背中へと回した手を持ち上げて、その頭を優しく撫でる。


「あなたをベースキャンプまでだとしても連れて来たくはなかった……。だってレミュー、あなたもし万が一のことがあったら絶対に矢面に立とうとするでしょう。『貴族だから』って……」


「でも、だって、わたくしたちは――」


「あなたは貴族である前に私の妹なのよ、レミュー……。 だから、そんなに簡単に自分の命を投げ出さないで……。私はあなたのことを、心から――愛しているのよ……」


 そうして再び、レリシアさんはギュッと妹を抱きしめる。その胸の内にある想いを欠けることなく伝えるような、強い抱擁だ。それはレミューさんの瞳に浮かんでいた決死の覚悟の色を薄めていくようだった。姉の背中にレミューさんもまた手を回した、しかしその時。


「――っレミュー!! 上っ、危ないッ!!」


 突然、ヒヅキさんが叫ぶ。


 その言葉に空を見上げれば、戦闘の余波で打ち上げられたのか岩のつぶてがレミューさんたちの頭上に向かって飛んできている。


「――<泡盾バブル・シールド Lv1プライマル>ッ!!」


 瞬時に振り返って上を向いたレミューさんが詠唱を行う。するとその手のひらから大きなひと塊の泡が現れて扁平へんぺいに広がった。そこへ着弾した礫は、その威力を泡に吸収されて、そのまま飛んできた方向へとはじき返される。


「……か、間一髪、間に合いましたの……!」


 用を済ませた泡の盾はパチンと弾けて宙に消える。


「お、お姉さま……お怪我はありませんの……?」


「え、えぇ……ありがとう、レミュー。助かったわ……」


 ぎこちなくも、2人が顔を見合わせて言葉を交わす。無事な様子に私もヒヅキさんも一息を吐く。


 再び戦場に目を向ければ、魔族との戦闘は激しさを増しているようだった。その様子はレリシアさんの話を聞いたからか、少しずつアイサたちが苦しくなっているように見える。


「とにかく、何か手を打たないと……」


 ヒヅキさんの言葉に私たちは一様に頷いた。


(でも、私に何ができるのだろう……)


 私にできることといったら――料理。カレーを作ることだけだ。


(すぐに作れるカレー……? 野菜を煮込まずにスパイスだけ溶かして……)


 そこまで考えて、しかし私はかぶりを振った。


(いや、ダメだ。それは確かダメだった!!)

 

 この掃討戦に至るまでのカレー研究でわかったことの1つに、どうやら私の強化魔法は『私がカレーと認識した料理』以外には付与されないみたいであるということがあった。単純にスパイスをお湯や水に溶かしてみただけでは強化魔法は発現しないのだ。少なくとも野菜や肉から煮出したコンソメがなければ話にならなかった。


(数分やそこらで野菜や肉が煮込めてカレーが作れるなんて、そんな都合のいいことがそうそうあるはずが……)


 と、考えた時。前頭葉が内側からビリビリと刺激されるような感覚が走る。


(あれ……?)


 私が今考えていたこと、それと同じようなフレーズをどこかで聞いたことがあったのだ。


『煮込み料理が数分でできちゃう? いやいや、そんな都合のいい話があるわけないじゃいですか!』


 調子のいい、コメンテーターのような声が耳の奥で聞こえる気がする。


『そう思うでしょう? でも、それができちゃうんですよねぇ……! 今日ご紹介するコチラを使えば!』


(そうだ。私は知っている! そんな都合のいい話を実現するモノを、前世の怪しげなテレビショッピングで見たことがあるじゃないか!)


 ゴールへの道が開いた私の思考は急速に回り始める。必要なものは何か。鍋、ある。温度計、ある。そして何より重要なアレを作れるのは……!


 そうと決まれば、私の行動は早かった。


「――どうしましたの、ソフィアさん? 何か妙案が思いつきまして?」


 打開策を考えるためにこちらも首を捻っていたレミューさんが顔を上げて、近づいてきた私を見る。私はレミューさんの手を取って、言った。


「力を貸して、レミューさんっ!! これから3でカレーを作るために!!」

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