第42話 足りない力

 ――ベースキャンプに戦闘音が鳴り響く。


「す……すごい……」


 それは、自然と感嘆の息が漏れ出るものだった。


 戦闘に参加していない私たちは、意識を失って動けないレリシアさんの仲間たちを背負って、野外調理場まで下がってきたところだった。戦場を振り返り見てみれば、アイサとルーリ、そして<轟勢の昇り龍>のメンバーたちが息の合った連携で、あの強大な力を持つ魔族を翻弄していたのだ。


 巧みな連携で1人に標的を絞られないようにヒット&アウェイを狙うルーリたちに対して、それを圧倒的な身体能力で躱して攻撃を仕掛けてくる魔族。ルーリとの1対1の戦いで圧倒的なまでの力を見せつけたその魔族に、アイサたちは少なくとも拮抗することができていた。


(これなら……きっと勝てる……!)


 私は胸の前で手をギュッと握りしめて、祈るようにその光景を見つめていた。


「ソフィアさん、強化魔法を付与するあの料理に余りはありますか……?」


 そんな時、ふいに後ろから声を掛けられた。振り向けばレリシアさんが立っている。その表情は険しいもので、心が少し騒めいた。


「えっと……カレーのことですよね? すみませんけど、前の炊き出しでピッタリ無くなっちゃっていて余りは無いんです……」


「そうですか……。急いで作って、どれくらいでできるものでしょうか?」


「えっと……食材は切ってあるので20分ちょっとあればできると思います」


「20分……ですか……」


 レリシアさんは歯切れ悪くそう言うと、今まさに戦闘が行われているその場所を見て目を細める。


「――今のままではいずれ、あの魔族に押し切られるでしょう……」


「えっ……」


 レリシアさんのこぼした一言に、私は足を止めてしまう。


「お、お姉さま……! それはいったい、どういうことですの……!?」とレミューさんが私の気持ちを代弁するかのように訊いてくれたので、私もそれに頷いてレリシアさんへと顔を向ける。


「少なくとも今は互角の戦いをしているように見えますよ……? それなのに『いずれ押し切られる』って、いったいなんでですか……!?」


「ソフィアさん、残念ながらこの拮抗が崩れるのは時間の問題だと思います……。今こちらは<轟勢の昇り竜>さんたちが主軸となった連携攻撃で何とか食らいついている状態ですが、それが通じているのは相手の魔族にとって攻撃の連携パターンが初見だからに過ぎません」


 レリシアさんの言葉を受けて、改めてルーリたちの戦闘を見る。確かに変則的な動きをしていて、その中に同じ動きは見受けられない。


「戦闘の中で、あの魔族は次第にその連携パターンに慣れてくるでしょう。攻め切ることのできないまま、こちらの手札が全て暴かれてしまったら……」


「そ、そんな……!!」とレミューさんが悲壮な声を上げる。「どうにか、どうにかなりませんの……っ!?」


はなるわ、レミュー。だけど、そのためにはまた強化魔法が必要なのよ」


 そう言って、レリシアさんは悔しそうに表情を歪めた。


「私たちのチームがあの戦いに加わることができれば連携の幅は確実に広がるでしょう。それに、今ベースキャンプに倒れている冒険者たちにカレーを飲ませれば、立ち上がることのできる冒険者も増えて、なおのこと手数は増えることになる。だけど……」


「――『だけど』ということは……」


「ええ、今のまま魔族に拮抗できる時間は少ないわ。見なさい……両者ともに有効な攻撃がないものの、息が上がっているのはこちら側よ。カレーが調理されるまでの20分は持たないでしょうね……。しかし、今の強化魔法が付与されていない私が行ったところで足手まといにしかならない。すると今の状況・人材では打てる手段が、もう……」


「そ、それなら、それなら…………そうですわ!!」と、レミューさんが名案を閃いたかのように手を打った。


「強化魔法の効果がまだ持続しているわたくしたちが走って、今山に入っていっている第2陣目の冒険者の方々を呼び戻せば……っ!!」


「……いや、レミュー。多分それは現実的じゃないと思うぞ」


 レミューさんの案に対して、今度はヒヅキさんが首を横に振った。


「第2陣目が出立してもうしばらくの時間が経ってるし、何より私たちと同じ強化魔法を付与された速度で移動しているんだから。とてもじゃないけど、追いついて呼び戻すだけの時間があるとは思えないな……」


「なら、もう……っ!!」


 レミューさんはそう言うと、この調理場に背を向けて再び戦闘が行われているその場所へと足を向ける。


「何を考えているの!! レミューッ!!」


 鋭く声が飛び、レリシアさんがその腕を掴む。レミューさんはそれをほどこうともがくが、レリシアさんは固く掴んで離さない。


「お姉さま……!! どうして止めますのッ!? わたくしならまだ強化魔法がかかっていますし、Lv1ではありますが魔術も使えますわ……!! このままでは押し切られてしまうのであれば、私があの戦列に加わって戦力を増やす他ないではありませんか!!」


 レミューさんはそう言ったが、しかし単身であの戦いの中へ飛び込もうなんてどう考えても無茶だ。レリシアさんも同じ思いのようで、激しく首を横に振る。


「その少ない魔力量でどれだけの戦いができるというの!! 無駄死にをしに行くようなものよっ!?」


「それでもっ!!」と、レミューさんは一歩も引かない。「できることがある限り、わたくしたち貴族はそれをやるべきですの……っ!!」


「……っ!」


 その覚悟を決めたような瞳に、レリシアさんが少したじろいだように見える。しかし、


「……ダメよッ!! 」と、なおもレリシアさんは強くそれを退けた。


「私たちが貴族だとしても……あなたを行かせるわけにはいかない……ッ!!」


「ど、どうしてですの……っ!? 今こそが、わたくしたち貴族の義務を果たすべき時ではないのですかっ!?」


「どうしてもよ……!! とにかくあなたは行かないで、ここで大人しく……いえ、もうあなたはこのまま掃討戦から離脱しなさいっ!!」

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