第41話 流れ星

 山陰に陽が沈む。それに合わせて姿を現した夜の暗闇が、麓のベースキャンプを黒く染め上げた。空の高みから権勢を誇る太陽は消え失せて、しかしなおも強く輝き続けるものが天にはあった。


 それは月。その満月は圧倒的な存在感を放ち他の星々の輝きを呑み込んで、闇夜の舞台で独演を目論んだ。


 だが、しかし。


 星々ははしった。今一度その舞台を取り戻すために。


 地表を駆けた。泥臭く、足が千切れんばかりに大地を荒く蹴り出して。


 そして心に強く願いを込めて、流れ星のようにはしった。


 よみがえった自分の『理想ゆめ』を、人々を守る英雄になりたいと幼心おさなごころに抱いた『夢』を、今こそ叶えてみせるのだと――!!


「――<聖なる盾シールド・オブ・アイギス・改>ッ!!!」


 鋼鉄を激しく打つような音がベースキャンプへと響き渡る。




「――っぷはぁッ!! ルーリッ!! ! お願いッ!!」


 ルーリに抱えられてベースキャンプから離脱している半ばで、その光景を見た私は、効果射程から外れたからか力の弱まった<静寂サイレント>の魔術を打ち破ってそう叫ぶ。


「ソ、ソフィアッ!? ダメッ……逃げなきゃ……ッ!」


「ダメじゃないッ!! だって――!!」と、私は背後のその光景を指差した。


「――2人ともまだ生きてるッ!!! それに、きっとッ!!!」


 ルーリも振り返り、そして目を見開いた。


 そこには大きな盾があった。魔族とレミューさんたちを阻むように、大きな盾持ちが大地に根を生やすようにずっしりと立っている。


 敵の魔族もまた、突如現れたその存在に唖然として固まっていた。しかし魔族にとっての想定外はそれだけに留まることはなかった。その背後から、大きく振りかぶるようにして飛び掛かる影が1つ。


「――喰らいやがれェッ!! <大斬撃>ィッ!!」


「チィ……ッ!!」


 鉈のように肉厚な剣を上段から大きく振り下ろしたその剣士の攻撃を、魔族はすんでのところで察知してその爪で受け止める。そしてその場から後ろ飛びに後退して辺りを見渡した。


 レミューさんたちの前に立ちはだかる剣士と盾持ち、それから少し遅れて3人の冒険者が肩に数人の同業者を担いでその場へとやってくる。


 魔族の眉間にシワが寄るのがわかった。強化魔法の付与された冒険者たちの数が増えたことを面倒に思っているのだろう。その認識は正しい。なぜなら彼らの強さを、その連携力の高さを間近で見たことのある私はのだから。


 ルーリが再び全速で来た道を戻り、レミューさんたちの元で抱えていた私を降ろす。唖然としたレミューさんたちの前で剣と盾を構えて魔族とにらみ合う顔は懐かしの――。


「――ゼオさんっ!! オースディさんっ!!」


 以前セテニールで起こったマラバリ大量発生の事件の際、ともに強化魔法を駆使して戦った中等冒険者チーム・<轟勢の昇り竜>のメンバーの姿がそこにはあった。


「久しぶりだな、食堂の嬢ちゃん」

「よぅ、今度は俺たちが助けに来たぜ!」


 その剣士、チームのリーダを務めるゼオさんがこちらを向き、強面の口端を吊り上げてニヤリと笑う。盾役を務めるオースディさんもどこか誇らしげな笑顔を向けた。


「……あ、あなたたちは、いったい……?」と、状況が未だに呑み込めていないレミューさんが戸惑いの隠せない声を発する。


「悠長に説明してる暇はねェ。端的に言えば俺たちは今回の掃討戦の第2陣に充てられたチームだ。決められたルートで山を進んでたんだがよォ……途中でずいぶんなものを拾っちまってな、急いで引き返して来たのさ」


 そう言ったゼオさんが親指を立てて肩越しに後ろを指した先を見ると、ゼオさんの仲間の他の3人に抱えられたり、支えられたりしている人々の姿がそこにはあった。そしてそのうちの1人は――。


「アイサッ!?」

「お姉さまッ!?」


 私とレミューさんの声が重なった。そしてその声の先のそれぞれ別の方向から顔が向けられる。その内の1人のレミューさんのお姉さん――レリシアさんが、こちらも<轟勢の昇り竜>のメンバーであり魔術師の女性・カサンドラさんに支えられていた身体をスッと起こした。


「お、お姉さま……そのお姿は……!?」と、レミューさんが驚いたように言った。


 それもそうだろう、第1陣目として山へと入った時にレリシアさんが身に着けていた、艶さえ見えるほど防具は今や見る影もなくボロボロだ。整えられていた髪も乱れて、むき出しの肌には無数の傷がついている。


「私たちもあの魔族と戦ったのよ」


 レリシアさんは、未だこちらを警戒するように姿勢を低くして構える魔族へと顔を向けてそう言った。


「アイサさんの助けがあって何とか生き残ることはできたけど、戦闘の疲弊で動けなくなっていてね……そんな私たちのところに駆けつけてくれたのが<轟勢の昇り竜>の皆さんだったの。強化魔法の使い手を魔族が狙っているっていう事情を説明して急ぎベースキャンプに引き返してもらったのよ」


「そ、そうだったんですね……」とレミューさんはそう言葉を漏らす。


「駆けつけてくださいまして、本当にありがとうございますわ……っ!! おかげさまで危ないところを――」


 そう言いながら、レミューさんはゼオさんたちへと顔を向けて頭を下げようとしたが、しかしそれは肩に置かれた手によって遮られてしまう。


「――今は礼はいい。それよりもそろそろヤツが突っ込んできそうだ……ッ!!」


 ゼオさんが注視する方向を見れば、魔族が姿勢を低くして構えている。確かにここで長々とやり取りをしている暇はなさそうだった。


「おい、魔族の嬢ちゃん、身体は大丈夫か? 戦えるか?」とゼオさんがルーリへ向けて言う。


「恐らくアイツの相手は俺たちのチームだけじゃ手に余る。さっきの不意打ち紛いの手はもう使えねェ。人手が必要だ」


 そう問われたルーリは私の顔を1度見て、それからコクリと頷いた。


「私もまだ戦えるよ……! 私にも強化魔法の効果は続いてるし、ダメージも恒常回復の効果で抜けて来たからね!」と、アイサも強い眼差しを向けてそう言った。


「そ、それなら私も――」


「「それはダメッ!!」」


 私も手を挙げかけたところで、ルーリとアイサがそれを即座に圧し止めた。


「ソフィアはルーリのような頑丈さもなければ、武器も防具もないんだから今回は出てきちゃダメッ!」


「アイツ、全部の技術が私たちを大きく上回ってる……。ソフィアの<カラテ>も多分通じないから、ダメ」


「――え、えぇ~~~!?」


 私に詰め寄った2人に次々と否定されてしまい、私は面喰ってしまう。私はゼオさんの方へ顔を向ける。


「でも、人手が足りないんでしょっ!? それなら猫の手でも借りたいって思うんじゃ……!!」


「いや……確かに今回の相手は強化魔法さえあれば勝てるようなただの魔獣狩りじゃねェ。猫の手が加わることでその2人の集中力が乱れそうだしな。悪ィが嬢ちゃんは留守番だ」


「そ、そんな……!!」


「よし……ッ!! 俺たち<轟勢の昇り竜>に魔族の嬢ちゃんとアイサ、この7人のメンツでやるぞッ!!」


 ゼオさんがメンバーへと声を掛ける。私はまだ食い下がりたかったが、しかしそれは聞き入れられそうにはなかった。


「 後は異常に気付いた第2陣目の他のチームが駆けつけてくれることを祈るばかりだが……そう期待もできはしねェ。俺たちだけで勝つくらいの気概で挑むぞォッ!!」


「「「おぅッ!!!」」」と、7人の声が重なる。


 そしてそれを皮切りに、魔族がこちらに向かって突撃を開始した。

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