第48話 決着
「――<
魔族を中心とするように半円状に浮かんだ魔力球は互いに連結し、線を作って半円そのものとなる。そして集められた魔力がその内側に満ちて黒へと塗り潰す。空間を半月に切り抜いたように、真っ暗な穴が空いた。
それはまるで、地獄がその口を開いたような光景だった。そしてその口からゴポリゴポリと立て続けに流れ出るものがある。
(アレはいったい……!? 水……ッ!?!?)
飛沫を上げて地表へと流れ出るそれは、まさしく水だった。黒色の水。しかしそれはただの液体ではない。
(――ッ!?)
液体の落ちた先の大地が、まるで削り取られるようにして穴を空けていた。それは<無>を内包した液体なのだ。そして穴から断続的に噴き出していたそれは、とうとう
――それはまさしく、高波だった。暴風に吹かれた大河のごとき奔流が、黒の高波を作って一直線に押し寄せる。
「――<
「――<
魔術師2人による2重の防御壁ができる。しかし波を抑えたのは一瞬、火の壁も光の盾も、その漆黒の波に呑まれて跡形もなく消えていく。
「「――<
来たる奔流に対して、続けて盾持ち2人による
高速に打ち寄せた波の威力に外側の城壁はなんなく崩されてしまう。しかし、内側のもう1つが辛うじて耐え、その波をせき止めた。しかし、半月状に空いた真っ暗な穴の中から溢れ出す黒の液体は止まらない。
「――<
レリシアさんがかざす手から、最後の盾が渦を巻いて出現する。逆巻く泡の流れに無の波が乱されて散っていく。
「――ぐ……ッ!!!」と、苦しそうにレリシアさんが喘ぐ。
散らせども散らせども、波は無限のように押し寄せた。それは傍目に見ても荒天の大河の流れに挑むような無謀なものを感じさせる光景だ。しかしレリシアさんは前を向き、次第に小さくなっていく泡の盾へと全力をつぎ込んだ。
「――みんな、ありがとう……ッ!! 後は、私が……ッ!!」
急速に、ルーリの口元へ浮かんだ自身の身体ほどの黒い魔力球が圧縮されて、口の中へと含められるほどの大きさとなる。ルーリは四足獣のように両手を大地に着け、そして顔を上げる。
「――<
その声とともに、極大の黒の光線がルーリの口元から放たれる。圧縮に圧縮を重ねられたその魔力は、まるで永い時を地中に押し込められた
その無を体現する黒の光線は同じく無を内包する黒の波へとぶつかり、そして押し戻す。圧倒的な熱量で水を蒸発させるようにして、迫り来ていた波を消していく。
「「「いっけぇぇぇえぇぇえ――ッ!!」」」
ルーリと並んで、あるいはルーリの後ろで全員が叫んだ。その声に押されるようにして、光線は威力を増して波を掻き消し魔族の元へとその勢いを伸ばしていく――が、しかし。
「――その程度でッ!! 我が10年の歳月を覆せると思ったかッ!!」
魔族の元の半月から、再び大量の黒波が噴き出した。それは新たな高波を作り、そして再びルーリの光線へとぶつかった。
「ガぁぁぁあぁぁあ――ッ!!!」とルーリが苦しそうに呻く。
隆盛を取り戻した波が再びその競り合いを押し返した。光線は伸ばしていたその勢いを次第に短くし、そして溜め込んだ魔力の減衰とともにその威力は落ちていく。
(なんて……こと……ッ!!)
歯を砕かんばかりに食いしばった。悔しくて、悔しくて仕方がない。
私たちは間違いなく全力を尽くしたはずだ。致命的な一撃を防ぎ切り、時間を稼ぎ、そして強化魔法と共に戦って痛烈な傷を与えた。それでもなお、あと一歩、あの魔族には及ばないのか……?
(ちくしょう……っ!!)
ルーリの光線が消えようとしている。黒波はもうすぐ目の前にまで迫っていた。私はギュッ、と目を瞑り、そして細く息を吐いた。
(――諦めて……たまるか……ッ!!!)
鞘を支える手、柄に添える手へと十全の力を回す。そして数々の
(私は最後まで諦めたりなんかしない……ッ!! ルーリが押し負けたら次は私だ! 最大の剣技・<嵐断ち>でこの波を両断して見せる――ッ!!!)
そして私がルーリの前へと飛び出す、その直前のことだった。
「――<
私たちの前面に、突然、大きな白い壁が
「これ、は……?」
その壁からは宝石の結晶が寄り集まってできたかのように煌びやかであり、そして少しの魔性も寄せ付けない気高さを感じた。ルーリの光線を押し切った黒波が壁にぶつかるが、しかしぶつかった端から液体は泡となってその姿を消していく。
結晶の壁は耐える。黒の高波を真向にしてせき止めて、たとえヒビ割れようともその隙間に悪を通しはしなかった。
――その先に、すでに大河のごとき黒の波は存在しなかった。
「お、お前……ッ!!!」と魔族は目を剥いて、私たちの後方へ向けて叫んだ。
「――ああ、ソフィアさん。この『かれー』という料理、とても美味でしたよ……。また改めて、今度はゆっくりといただきたいものですね……」
とても落ち着き払った声が背中側から聞こえるのがわかった。そして声の主は魔族に対して言葉を向ける。
「久しいな、カシーム。そして貴様の大戦はここでお終いだ」
「ア……アルフリィードォォォオォオォォ――――ッ!!!!!」
アルフリード・バロン・ラングロッシェ――現ラングロッシェ当主、私たちの後方でソフィアの傍に立つその人に対し、魔族が怒りを、そして憎悪をあらわにして咆哮した。
――それによって生まれた隙を、逃しはしない。
すでに私たち2人は大地を蹴って駆け出していた。それぞれ左右の両側から、疾風のごとく一直線に魔族へ肉薄する。「――<
「し、しまっ――!!!」
怒りや憎しみの感情は時として自身から実力以上の力を発揮させる原動力ともなるが、しかし、それはその感情を理性の支配下に置けた場合のみの話だ。感情を
一閃。嵐をも断つ抜刀が。
一閃。清らかなる泡の剣のひと薙ぎが。
左右から奔り、魔族の身体の中心へと強力無比な斬撃を描く――ッ!!
「かは……ッ!!!」
魔族はひと喘ぎし、膝を折り大地に着け、そして――大地へと伏した。
「ふぅ……ッ!!」
私は振り抜いた残身もわずかに、振り向くと倒れる魔族へと目を向けて構え直す。しかし、もはや魔族が再び立ち上がろうとする気配はなかった。そのうつ伏せのその巨躯の下からはとめどなく血が溢れ出している。
横で同じようにして魔族を見つめていたレリシアさんが手に持った泡の剣を消し、そして私に柔らかな視線を向けると頷いた。
「――あっ……」
私はそれを見て、つい力が抜けて剣を取り落としてしまう。拾おうとして屈むと、そのまま腰が砕けて座り込んでしまった。見れば脚は小刻みに震えていた。
(お、終わったの…………?)
そんな私の肩へとレリシアさんの手が載せられる。じんわりと、そのぬくもりは肩から背、背からお腹へと回っていった。心は次第に落ち着きを取り戻す。レリシアさんは私へ優しく微笑んだあと、後方へと向きなおってその右手で拳を作り、高く、高く突き上げた。
「――討ち取ったぞぉぉぉおぉぉお――――ッ!!!!」
レリシアさんのその叫びは強く、広くベースキャンプへと響き渡る。そしてその大きな声に応じるように歓声が上がった。冒険者たちがそれぞれの拳を、あるいは武器を満天の夜空へと突き上げて沸き立った。
――叩きつけられるような喝采に身が熱くなる。
だからこそ自然、私もまた叫んだ。大地へ腰を落としながらも、天に向かって大いに
(私は、私の――冒険者アイサ・ゼーベルグの戦いを1つ成し遂げたんだ……ッ!)
見上げた空の月は雲へと隠されていて、星々の煌めきは一層のこと強くなっている。その中でひと際赤く輝いた恒星が瞬いて、それが私を祝福してくれているように思えてならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます