エピローグ

第49話 城下町にて

 赤絨毯が見目鮮やかなその古城の玄関ホールを抜けて外へと出る。高台にあるその城の入り口からは城下町――アインシュタッドの景色が一望できた。そんな絶景を前にして、しかし私は「はぁ~~~っ」と疲れたように大きく息を吐き出した。

 

「ソフィア、大丈夫……?」とサスリサスリ、私の背中に手を当てて顔を覗き込むのは銀髪美幼女のルーリ。


「うん……。なんか、緊張で息が詰まっちゃって……」


 そう言って笑顔を返すが、酸欠でなんだか頭がほやほやと不確かだ。

 

「あら? 体調が優れませんの?」とそんな私を案じてレミューさんが振り返る。


「でしたらここの入り口の陰にテラスがありますから、そこで休憩にしましょうか?」


「ううん、大丈夫。なんというか想像以上のおもてなしを受けたことが衝撃的で……」


「ご、ごめんね? ソフィアさん。私はてっきりレミューのやつが手紙で説明しているものだと思ってたからさ……」


「あ、あははは……」


 先ほどの光景を思い出し、ヒヅキさんの言葉へとつい口からは乾いた笑いが出てしまう。

 

 ――大規模魔獣掃討戦が無事に収束してから2週間が経ち、私たちは今日、ラングロッシェ家のお城へと招待されていた。

 

 大規模魔獣掃討戦は元魔王軍の幹部である魔族・カシームの襲来があり、一時的に中止となったが、しかし負傷していない冒険者たちを編成し直して1日の間隔を置いて再開した。カレーによる強化魔法の効果のおかげもあってか、掃討戦自体はたった半日で終了し、死者は0、重軽傷者も前年より遥かに低い数値となったそうだ。私としてもカレーが人々の役に立ったことが純粋に嬉しかった。

 

 そして掃討戦が落ち着いて少し経ったある日、『お父様からぜひ直接お礼を申し上げたいとのことですわ!!』とレミューさんからの手紙を受け取った。その時は『あいさつと少しお話をするだけかな?』なんて程度の気持ちで迎えの馬車に乗せてもらいお城まで来たのだが……。


(え? な、なにこれ……!!)


 そこには『いったいこれはどこの王族の式典なのか?』と問いたくなるほどの歓待の嵐が私たちを待ち受けていたのだ。大広間に入るや否やお城の執事・メイドさんを総動員にしての拍手喝采で迎えられ、アルフリード伯爵より直々に感謝の言葉をもらうことになった。式典を美しい音色で彩ってくれていたのは王国内で一番のオーケストラらしい。そんな中で炊き出し班として中核を担った私やレミューさんを初めとする4人と、魔族に対して果敢に挑んだアイサがそれぞれ感謝状を贈られた、その出来事がつい先ほどのことだったのだ。

 

 思いもよらぬ歓待に圧倒された私は終始硬くなりっぱなしで、手足はカチコチとしか動かず、さながら油を差し忘れたロボットのようだったろうなという自覚がある。しかし私と同じく事前情報がまるでなかったはずのルーリがこうも平然としているのは何故だろうか。ルーリの神経が太いのか、私が小心者過ぎるのか……。

 

 そこではたとアイサが大広間からここに至るまで一言も言葉を発していないことに気が付いた。冒険者認定試験を受けに行く道中も顔を真っ青にしていたアイサのことだ、これほどの舞台に立たされてどうにかなってしまったのではないか……。


「ア、アイサ……?」


 白目を剥いているのでは、なんて勝手な想像を頭に恐る恐ると後ろを振り返ると、しかしアイサはその手に持つバッジ型のに目を釘付けにして、表情をキラキラと輝かせている。


「あれ……? 嬉しそうだね、アイサ」


「そりゃそうだよ……!」とアイサはグワッとこちらを向いて浮き立つような声で答えた。


「これは滅多に貰えるものじゃないんだ! それも銀色だよっ!? 『想定を遥かに超える難度の依頼を達成したことを認める』っていう証っ! 冒険者組合からもらえる中でも上から2番目の勲章なんだから!」


 そう、式典の中でアイサだけは感謝状のみでなく冒険者組合から送呈される勲章も一緒に貰っていたのだ。

 

 本来なら自身が依頼を受けた冒険者組合(アイサの場合だと都市ローレフの組合)でひっそりと授与されるはずの勲章だったが、レミューさんに聞くところによればアルフリード伯爵が『どうせなら式典の場で』と粋な計らいをしてくれたようだった。


 おかげさまで「うはぁ~~~っ!!」とアイサは今にも風にさらわれてフワフワと飛んでいきそうなくらい浮かれて足取りもおぼつかないようだ。


 ちなみに勲章を授与されたのはアイサだけではなく、共に戦った2つの冒険者チーム――スキンヘッドの剣士・ゼオさんがリーダーを務める<轟勢の昇り龍>のチームメンバー、そしてレリシアさん率いる<蒼剣連鎖>のチームメンバーたちにも同じものが授与されているらしい。


 それぞれ予定が合わなかったようで式典は別日になってしまったけど、きっとみんな喜んでいるだろう。特にゼオさんたちは『これで高等冒険者になれる!』とか言って格別に騒いでいそうだ。


「今日は本当にありがとう、レミューさん」


「はい? いえいえ、むしろお礼を申し上げるのはわたくしたちの方ですの!」


 私たち4人のためにこんなに壮大な式典を催してくれたことに私はそう言ったが、しかしレミューさんは頭を横に振って応える。


「まさかあれほど強大な魔族が潜んでいるなど思いもよりませんでしたわ。もしもソフィアさんたちがいなかったらと考えると……想像もしたくありませんわね。けれど恐らく大戦後最大の厄災になっていたでしょう」


「……」


 私はベースキャンプに降り立ったカシームを思い出す。アイサたちに止められたこともあり直接戦ってはいないものの、あれほどの強さの桁が違う存在がいるのだと知ったことは大きなショックだった。


 以前より魔族の少女であるルーリの戦う姿を見て、魔族という存在は確かに人間を遥かに上回る強さを持つのだと理解はしていた。しかしそのルーリが、反則級の強化魔法を付与された状態であってさえ、赤子の手を捻るほどの容易さであしらわれるようなそんな相手がいるなんて思ってもみなかった。


「ホント、強いって表現じゃ言い表せないほど圧倒的だったよなぁ……。でも勇者様はあんな化け物たちと戦って勝っていたなんて、私にはそっちの方がびっくりだよ」とアイサが言う。


「私たちなんて何人がかりだった? 10人? もっとだよね。それにソフィアの強化魔法までかけてもらってようやく勝てたくらいなのにさ」


「あと、最後はアルフリード伯爵に助けてもらった……」


 ルーリの補足にアイサは「そうだった! というかそれがなきゃ負けてたのか!」と頭を抱え始めた。

 

「しかし、レミューのお父さん――アルフリード伯爵はすごく良いタイミングで来てくれたよね? この城下町からベースキャンプまで駆けつけるにはかなりの距離があるけど、もしかして近くまで来ていたとか?」


 ヒヅキさんが隣に立つレミューさんへそう尋ねると、「わたくしもこれは後から聞かされたお話なのですが……」と前置いて話し始める。

 

「お父様はベースキャンプに隣接する街へと身を置いていたらしいのですわ。念のための用心でとのことでした」


「そうだったんだ……つまりはアルフリード伯爵はあのカシームが現れる可能性も想定していたっていうこと?」


「いえ……魔族の件とは関係がない……いえ、あるのかもしれないのですが……」


「うん? なんだか歯切れが悪いな……?」


「10年前の大戦終結時のことですの。魔王は消滅する前にを残したらしいのですわ」


「「予言?」」と私とヒヅキさんの声が重なった。


「ええ。それは――『これより10年後に新たな魔王が再びこの地に現れるだろう』というものでした」


 レミューさんのその言葉に私たちは思わず顔を見合わせた。


「大戦終結から10年後ってつまり、今年だよね……?」


「はい。その通りです」


 訊ねた私へとレミューさんは頷いた。


「ですのでお父様はあくまで大戦終結後10年というこの節目の時期に合わせて何かが起こるかもしれないとお考えになっておられましたの」


「なるほど……」と私は納得する。


 確かに大規模掃討戦という派手な動きに予言の時期が重なれば警戒して当然だろう。アルフリード伯爵の慎重さがなかったなら、と思うとゾッとする。


「とすれば、問題は今回の魔族の行動が魔王の予言に関係があるのかないのか、それに尽きるわけだ」とアイサが言う。それに対してレミューさんは「そうですわね」と答えた。


「それに関してもお父様を中心に、封印術式を施して牢獄へと収容中のカシームを聴取して調査を進めていくらしいですわ」


「そっかぁ……これ以上、あんな危ないことは起こらなければいいけど……」


「ええ、まったくですわね……」


 アイサとレミューさんが同時に背を向けてため息を吐いた。実際に目の当たりにした魔王の側近だったという魔族の強大さに、そして予言という形でこの現世に影を落とし始めた魔王に、不安になる気持ちは私にもよくわかった。


 もしもカシームの襲来が予言された魔王復活の前兆となる出来事に過ぎなかったとしたら。予言通りに、今度はカシームを凌ぐ力を持つ新たな魔王が出現してしまったら……。私たちにいったい何ができるのだろう、そう考えてしまうのだろう。しかしそれでも――。


「2人とも! 今からそんなに暗い顔をしたってなんにもならないよー!」


 私はそう言って、暗い面持ちになってしまった2人の背中を手首にスナップを利かせてパチンと叩いた。


「うわぁっ!!」

「な、なんですのーっ!?」


 ビックリした表情で振り返る2人を見て笑うと、私は言葉を続ける。


「先のことはまだわからないことが多いかもしれないけど、とにかく今はさ、大掃討戦をこうしてみんなで無事に乗り切れたことに喜ぼうよ! 私たちが今から気にしていたところで何かが変わるわけでもないだろうしさ」


「ま、まあ……そうだけど」

「そうですわね……」


 2人はのけ反るようにして頷いた。


「それにね、アイサ? 私たち3人はせっかく城下町まで来たんだから、この機会に目一杯楽しまなきゃ損だよ!?」


「って、それが目的……!? このちょっぴりシリアスな空気の中でよく言ったな……」


「いやぁ、えへへ……」と私は頭に手をやった。


「別に褒めてないぞ~……」


「でも、マイペースで明るいのはソフィアの良いところ……」


 ツッコミを入れるアイサに私を全肯定してくれるルーリとの会話に、ヒヅキさんがクスリと笑う。


「でも、ソフィアさんの言う通りだよ。確かに未来に起こるかもしれない出来事を心配ばかりして、今を楽しめなくなっちゃうのは良くない。もったいないもんね」


「ええ、確かに」

 

 その言葉にレミューさんも素直に頷く。


「未来のことは確かに大事ではありますけれど、でもやっぱりわたくしたちはしっかりと今を生きなくてはなりませんものね!」と言って、私たちを見渡した。


「そしてわたくしが今一番大事なことといえば、もちろんこの5人が揃っているということですわーっ!!」


 そう言ったその顔にはもう不安さはない。そこにあるのは純粋にこれから何をしようかと楽しみにする普通の女の子の、明るく無邪気ないつも通りのレミューさんだった。


「……そうだな! よぉーし、やめやめ! 私ももう考えるのやーめた!」とアイサ。


「だいたい考えるの苦手なタイプだしね、私。なんか頭使ったらお腹空いちゃったよー!」


 ムードメーカーのアイサの調子も平常運転に戻って、私たちの間に穏やかな雰囲気が帰ってくる。

 

 よしよし、やっぱりせっかく友達と一緒に遊べる日なんだからこうでなくっちゃね、と私はその光景を微笑ましく眺めた。

 

 爽やかな風が吹く。空を見上げれば、それはもう随分と高くなっていた。

 

 最近は空気も徐々に冷たいものへと置き換わっている。この世界にもしばらくすれば冬が訪れるのかもしれなかった。それでも日差しはまだ暖かく私を包み込んでくれている。

 

 そうして少しぼんやりとしてしまっていたのか、ふいに、ちょんちょんと服の袖口を引っ張られた。私は目の前へと意識を戻す。

 

「――ソフィア。早く観光に行こう?」とルーリが私の顔を見上げるようにして佇んでいた。


「うん。そうだね! いっぱい楽しんでこよう!!」


 そう言った私はルーリの手を取って、すでに城下町へと続く階段を降りかけているアイサたちの元へと小走りに駆け寄った。


「ソフィアさん! アイサさんがお昼ごはんを食べたいのだそうですわ! わたくしお勧めの喫茶店があるのですがどうでしょうか、ですわ~っ!!」


「いやいや、観光って言ったらそうじゃないだろ。名物はシーフードなんだから、例えばシーフドドリアの美味しいお店なんかに行くのがいいんじゃないか?」


「お肉とかがいっぱい食べれそうな場所とか無いかな? 2人とも、知らない? 」


 思い思いの言葉が投げかけられる。そして後ろからも「私は甘いものがいい……! スイーツ……!」とルーリの呟く声が聞こえた。


 お昼ごはんについて話すみんなを見る。それは今日これからの時間がきっと、必ず、絶対に楽しいものになるに違いないと思えるような輝かしい笑顔たちだった。その間に満ちる柔らかな空気が私たちを優しく温める。


「私はヒヅキさんのところの中華料理が食べたいなぁ~!!」と私が言えば、会話はさらに弾むのだった。


 町へと続く長い階段をじゃれ合いながら降りていく。風が吹いて、その中に微かに残った夏の空気が私たちの背中を優しく押した。暖かな夏も終わりこれから厳しい冬が来ようとも、この賑やかで温かな幸せが側にある限り私はきっと楽しく日々を過ごしていける。私は確かに、そう信じることができるのだった。






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★【カレーなる異世界ライフ!!】第2部はこれにておしまいです!!


 以下、あとがきのようなもの・・・




 第2部も引き続きお読みいただきありがとうございます。


 今回も自分が好きなカレーという要素を存分に込めることのできた1作となり、個人的に満腹感のある書き終わりとなりました。


 この第2部ではキャラクターも増えて、第1部との登場キャラとの絡みをアレコレ考えるのが楽しかったです。ここまでお読みいただいてキャラたちの中で好きな子はできたでしょうか? もしできたのであればこれほど嬉しいことはありません!


 さて、当作【カレーなる異世界ライフ!!】ですがこの第2部にていったん完結とさせていただきます。続く第3部以降の構想はあるのですが、さきに他の書き終わっていない作品やこれから書きたい作品に注力しようと思っていますのでこの連載には幕を下ろします。


 本作をここまで読んで下さった方々、1話でも応援をしてくれた方々、そしてご感想という形で励ましを下さった方々。

 そんなみなさま、長らくお付き合いいただき本当にありがとうございました。

 もしまた連載を再開する時にはよろしくお願いいたします!


 明日(2020/12/23(水))からは【コミュ障の紫さん、自殺に失敗して吹っ切れる】の方の連載を再開しますので、そちらもぜひよろしくお願いいたします(半年ぶりの更新…… 汗)。

 また、短編作品などもいろいろ公開しておりますのでいずれかの作品でまたこの【カレーなる異世界ライフ!!】の読者様たちとご縁を持てることを願っております。


 それでは、またお会いしましょう!




                              スーパー野菜人

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