第47話 最後の一撃

「おいおい、アレはまさかよォ、降伏宣言ってヤツなのかァ……?」


 鉈のような剣を肩へ担ぎながらゼオさんが言う。


「さ、さあ……? 確かに今の攻防でかなり追い込めた感じはしましたけど……でも……」


 それでもやはりどうにもしっくりこない。強化魔法を付与した私たちを個であれば圧倒しするほどの力を持ち、そしてその実力相応の権高けんだかなこの魔族が、いくら追い詰められているからといっても負けを認める発言をするなんて考えられなかった。


「それで? 貴様は何を企んでいるの?」


 レリシアさんが怪訝そうに顔を歪めると、魔族は諦観するような目でそれに応えた。


「数年がかりで用意した大侵攻計画だったが、用意した戦力は蹴散らされ俺はこのザマだ。こんな状態じゃあ王国内の1都だって墜とせやしないだろう。山から先に攻め入らせることすらなく未然に防いだんだ、お前らの勝利は揺るぐまいよ」


「……だから、それで貴様はどうしたいの? この場で降伏して封印を掛けられ投獄され、そうして生き延びる道を選びたいと……?」


? クックック……いや、まさか」


「……?」


「俺はと言ったまで。降伏だと? 笑わせるな。俺がくだり伏せるは魔王様の御前のみ」


「ならばいったい、何を――」


「――今回は王国へと勝利を預ける。だがしかし、俺は再び潜みながら戦力を蓄える。そして今度こそは万全を期して、この地を踏みにじりに帰ってこよう……!!」


「……念のために聞いておくけど、貴様はそれを私たちが許すとでも思っているのかしら」


 大きく翼を広げる魔族に対して、私たちは素早く身構える。どんなアクションが起こされようとも、瞬く間に攻撃を仕掛けることのできる陣形を取った。レリシアさんに言われるまでもなく、この魔族をむざむざと逃すつもりなど毛頭ない。


(だけどいったい、どういうつもりだ……?)


 今の状態で私たちからただ逃げ出すというだけでも相当の困難なはずなのに、それをわざわざ宣言するとは。


「クックック……」


 魔族はニヤリと裂けんばかりに口角を吊り上げた。その表情は諦めが滲み出てはいたが――しかし、自棄をも帯びた投げやりの笑みだった。


「許す許されないにかかわらず、お前たちにはこの場で終わってもらう」


「なんですって……? 終わってもらう……?」とレリシアさんが問い返したその時だった。


 魔族が手をかざした。すると同時にその手のひらにポツンと黒の点が浮かぶ。


「攻撃魔法……ッ!? みんな、防御魔法の詠唱準備を……ッ!!」


「いえ、レリシアさんッ!! アレは違いますッ!!」


「違う……? アイサさんはあの攻撃が何か知って……!?」


 レリシアさんの問いに私は頷くと、ルーリへと顔を向ける。私の意図を察してかルーリが口を開いた。


「アレは魔族固有の種族技能、<黒星の爆発ターミネイト・ノヴァ>。この世の表側に存在するあらゆる事象を裏側の<無>の世界へと呑み込む黒の光線。並みの防御魔法じゃ止められない……」


「そ、それは私たちの防御だと太刀打ちできない、ということですか……?」


 コクリと再び首肯したルーリはしかし、「でも」と付け加える。


「防御魔法に阻まれれば威力も落ちる。そうしたらきっと私が相殺できる……! <黒星の爆発ターミネイト・ノヴァ>を使えるのはアイツだけじゃない……!!」


 力強いルーリのその言葉に、レリシアさんは覚悟を決めたように「わかりました」と顎を引く。


「オースディさん、カサンドラさん、フォルグス、それにフェリカッ!! 私たち5人でルーリさんと並んで迎え撃ちます。防御魔法を縦に展開して、ヤツの攻撃がルーリさんに届くまでの間に出来る限りの力を削ぐのですッ!!」


「それはいいけど、相手が私たちに向かって素直に撃つかしら……?」とカサンドラさんが言葉をこぼす。


「きっと防御魔法が展開されることなんてわかっているでしょうし、私だったらその強力な攻撃を牽制けんせいとして、逃げの布石に使うところだけど」


「その可能性も捨てきれませんが、しかし私たちとしてはここを退くことはできません」


「それは……いったいなぜ?」


「ヤツの目的は一貫して強化魔法の使い手を殺すことでした……つまり、私たちの後方の野外調理場を目掛けて攻撃を放つでしょう。そして私たちはそれを許すわけにはいかない」


 カサンドラさんが後ろを振り向く。私もそれに倣った。後方の調理場には未だ倒れたまま、あるいは半回復状態の多くの冒険者たちが集まっている。ソフィアたちが戦闘に巻き込まれないようにそれらの人々を担いで運んだのだろう。しかしそれが今は私たちの枷となっていた。


「確かに、ここを抜かせるわけにはいかないみたいね……」


 後ろにいるのがソフィアやレミューさんたちだけなら何とでもなっただろう。ソフィアたちを担いで逃げるチームとその間に魔族を抑え込むチームに分かれて、ソフィアたちを安全圏に逃してしまえばいい。だが、現実はそうではない。後ろにいる人間を全員逃がすほどの数はこちらに無いし、それでも逃がすために人員を割けば今度は魔族のことを抑え込めなくなる。


(ここで攻撃を受け止める以外に――活路はない!!)


 覚悟を決めて再び前を向くと、魔族はそんな私たちを鼻で嗤ってほくそ笑む。


「そうだよなぁ……。お前たちはそういう種類の人間だ。今からでも調理場から強化魔法の使い手だけならば連れ出して逃げることもできるだろうに。しかしお前たちはそうはしないんだろう? いつだって全てを守ろうとするんだ。弱者を切り捨てることができないお人好しどもなんだよなぁ……ッ!!」


「……だったらなんだというのです? それは誇るべきことであれども、決して恥ずべきことではないッ!! さぁ、早く撃てばいいッ!! 私たちはそれを止め、そして貴様にトドメを刺すッ!!」


 嘲るように嗤う魔族に向かってレリシアさんが啖呵を切り、それと同時に私たちは構える。防御魔法を展開するために前衛に立つ5人の中央で、ルーリは四足獣のように姿勢を低くした。そしてその口元に黒い魔力が集まって球が形成されていく。魔族の最後の攻撃を一丸になってを打ち破らんと全員が1つになった。


「クックック……」


 しかし、その光景を前にして魔族はなおも気味悪く嗤った。


「最初に言った通りだが、今回は俺の敗けだ。それはくつがえらん。まさか俺がを使うことになるなど、思いもしなかったことだ……」


 瞬間、魔族の手のひらで膨らみつつあった魔力の塊が分離した。そしてそれは9つの魔力の球となり、1つだけを手のひらに残しその他が散って、魔族の身体を中心に添えて半円に広がった。


「――な……ッ?」


 唖然とした表情でそう声を漏らしたのは<轟勢の昇り竜>のメンバー、私、そしてルーリもだった。


「ど、どうしたのですか……?」とレリシアさんが不安げに私へと訊ねるが、しかし私に答えることは叶わない。


 それは私も初めて見る光景なのだから。顔をルーリへと向ける。しかし、その表情もまた今私が浮かべているだろうものと同じものだった。つまり、それはルーリですら未知の技が目の前で展開されているという事実。


「この俺の計画を大きく狂わせたお前たちのその勝利を喜ぶがいい……でな。そして幸運に打ち震えるがいい……。魔王様の右腕たるこのカシームが、大戦から10年、来るべき日のために溜め込んだ魔力を全て注いだ1撃――至高の種族技能を前に死ぬことのできる光栄さにだ……ッ!!」


 魔族の周囲、そしてかざした手の前に浮かぶ黒の魔力球が急速に膨張し始める。それとともに先ほどの何倍もの速さで魔族の元へと魔力が集まった。


「――絶対に……打ち破る……ッ!!!」


 ルーリが全霊を賭し、その瞳を深紅に染めて口元に浮かぶ黒球へと魔力を集める。その大きさは以前セテニールでマラバリ・ロードを屠った際の2倍にはなろうかという巨大さで、もはや自身の身体ほどの大きさになっていた。


 しかし、ルーリはまだ足りないと言わんばかりに目を見開いて、魔力と取り込み続ける。そしてそれはルーリの横へと並ぶ他の面々も同じだった。放たれる魔族の一撃を少しでも削らんと自らの集中力を最大限に高めている。それを見て、私もまた鞘へと手を添えて腰を落とした。


(私にできるのは、ルーリたちがあの魔族の一撃を打ち破ってくれると信じること……!! そしてその後にいち早く斬り込むこと……ッ!!)


 それぞれの覚悟が瞳に灯り、そしてその瞬間、最後の攻防の火蓋は切って落とされる。


「――<黒河の流れ終く虚無ターミネイト・ヴォイド・スーパーノヴァ>」


 魔族の詠唱とともに、地獄への入り口がその姿を現した。

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