第46話 誰もがみんな戦っている

 ――その身体は再び、高速で地面へと叩きつけられた。土煙が舞い上がる。

 

 その様子を宙で見届けると、私は抜き放った剣を鞘に仕舞って静かに着地した。

 

「素晴らしい攻撃でしたよ……!」


 降りた先、その言葉でレリシアさんが私を迎えてくれる。その顔には微笑みが浮かべられているが、しかしその手に持ったレイピアは一切の油断もなしに魔族が叩きつけられた大地へと向けられていた。

 

「ありがとうございます」とそう返して、私もまたすぐに腰元の剣へと手を添える。


 わかっているのだ。どれだけ痛烈な攻撃を無防備な身体へとぶつけることができたとしても――。

 

「――クソがぁぁぁあぁあ―ッ!!!」


 ――魔族は吠えて立ち上がる。

 

 その咆哮は土煙を裂き、その姿形を再びベースキャンプへと知らしめた。その身体はいたるところに無数の傷を負ってボロボロになっているものの、そこから発せられる覇気は空間が歪んで見えるほど強いもので、魔族が未だ健在であると私たちへ見せつける。

 

「……嫌になるわね。もう10度は転がしているはずだけど」とレリシアさんが言った。


 レリシアさんたちが戦線に参加してどれくらい経ったろうか、5分? いや10分は経ったかもしれない。私とルーリ、それにゼオさんたちのチームのみで戦っていた時にあった拮抗状態はすでにない。私たちはレリシアさんたちのチームを起点とした連携攻撃を畳みかけ、魔族へと少なからぬダメージを与えているはずだった。


「――人間風情が、調子に乗りやがって……ッ!!」と魔族は歯ぎしりする。


 その目をは眼光のみで人を殺せるのではないかと思えるほどに鋭く、憎悪に満ちたものだ。一向に倒れる気配のないその姿に対して、私もまた歯噛みしてしまう。


「こっちで多少隙を作ってでも、強力な攻撃を当ててみますか……? 私の特殊技能スキルの<居合・嵐断ち>ならきっと……」


「……いえ、それはリスクが高すぎます」と、しかしレリシアさんは首を横に振った。


「いくら強化魔法が掛けられているからと言っても、あの魔族の一撃を受けるのは致命的です。ここは今まで通りの連携を重視して、数を重ねるしかありません」


「……そうですね」


 1つ深く息を吸う。決め手の見えない戦いに疲れ、思考が短絡的になっていたのかもしれない。私はその言葉へと頷いて、次の攻撃に備えて腰を落とした。

 

「――後衛ッ!! 攻撃準備ッ!!」


 レリシアさんの声が響く。後方では魔術師たちと弓兵が準備を整えて、そして前方では私たち剣士職とルーリが突撃の機会に備える。そして、

 

「――<魔性束縛イービル・バウンズ Lv2セカンダリ>ッ!!」と神官から魔法が飛んだ。


 魔族が目に見えぬ縄に縛られたようにその身を固くした瞬間を逃さず、「後衛攻撃開始ッ!!」とレリシアさんは合図を出した。後方から炎と光、そして風を切るような矢の攻撃が魔族目掛けて飛んでいく。

 

「――チィ……ッ!!」


 しかしそれらの攻撃が直撃することは未だにない。どれだけ無尽蔵な体力をしているのか、魔族は巧みなステップワークで魔法を躱し続けた。だが、


(それでいい……!)


 私たちの連携の肝は1度や2度の攻撃で魔族へと傷を与えることではない。むしろ数多くの攻撃を布石として本命の強力な一撃を与えることこそが使命とも言うべきものだ。だからこそ1つ1つの行動を積み重ねることによって魔族の退路を着実に潰していく過程にダメージは必要ないのである。

 

「そォらッ!!!」


 攻撃魔法によって立ち込めた土煙の中から、ゼオさんとバスタードソード持ちの剣士が魔族を左右から挟み込んで剣を振るう。しかし、それは魔族の両手の魔爪にぶつかって硬質な音を響かせるに留まった。しかしそれもまた布石だ。

 

「――<蒼犀の一突き《ライノス・アランジ》>」


 ひと息に魔族との距離を詰めたレリシアさんが、両手の塞がる魔族の身体の中心を目掛けて最強の突破力を持った剣技スキルを放つ。まるで彼女の身体そのものが1本の鋭く感情な角となったかのようにして、魔族のその身体を貫かんと迫る。

 

 ――しかし、それもなお布石。


 そして前を行くレリシアさんのレイピアが魔族の間合いへと突入した瞬間を見計らい、私は思い切り大地を蹴って宙へ跳んだ。魔族にはまだ逃げる場所がある。それが、空。レリシアさんの突撃を躱そうとして、魔族は跳躍して空中へと逃げるだろう。そして本当に逃げ場を失ったその場所で、私が本命の一撃を与えるのだ。


(使うか……! <風斬り>……っ!!)


 と、私は空中で自身の持つ中で次点の大技を発動させる準備をする。<風斬り>ならば身体へ多少のリバウンドが掛かるものの、強化魔法に含まれる恒常回復魔法によってすぐに治るだろう。

 

(さぁ来いッ!! これを喰らってもまだ立てるかッ!?)


 刹那の内に目の前の空間に対して幾筋もの剣戟を奔らせるシミュレーションが展開された。万全の状態でその瞬間を待つ……ッ!!

 

 


 ――だがしかし、私が身構える前へ魔族が現れることはなかった。

 

 

 

 ただズブリ、という泥沼へ木の棒を突っ込んだ時のような気味の悪い音が耳朶じだを打つ。

 

「――え……っ?」と下方から――未だ滞空する私の下方の地表から呟かれた声が聞こえた。


 レリシアさんだ。目を見開いて前を見ている。そしてその目の前に――。

 

「……クックック……ようやく捕まえたぜぇ……ッ!!!」


 ――魔族はいた。その巨躯きょくから伸びる影に、レリシアさんの身を呑み込ませるようにして立っていた。殺意迸る眼を向けて、その口の端から鮮血を滴らせながらもニヤリと嗤う。

 

「どうした? アテが外れたかよ……?」


「クッ……!? 貴様、捨て身で……!?」とレリシアさんは言って、視線を魔族の身体の中心へとやった。


 ――レイピアは魔族の身体を貫いて、背中の側へと突き抜けていた。

 

 魔族は私たちの布石の一撃を、しかしこのメンバーが放つ中での最強の1つに数えられる一撃をあえて躱さなかったのだ。


「フンッ……!! いい加減躱し続けるだけなのにも飽きてなぁ……ッ!!」


 そう言って魔族が両腕に力を込めて振ると、両側で魔族を押し留めていたゼオさんたちはたちまちに左右に吹き飛ばされてしまう。


「レリシアさん、早くそこから離脱をッ!!!」


 宙に留められていた身体がようやく落下するのに合わせて、私は叫ぶ。魔族の両腕が自由になった今、レリシアさんに刺さったレイピアを引き抜いて後ろに下がる時間はない。武器を捨ててでも退くべきだった。しかし、

 

「グ……ッ!! は、放せッ!!!」と切羽詰まった声をレリシアさんが絞り出す。


 それは武器が抜けずに放った言葉ではない。なぜなら彼女はすでにレイピアを手放していた。そしてその言葉の向き先は魔族の脚だった。魔族がレリシアさんの足の甲を踏みつけにして逃がさないのだ。


「連携のかなめはお前だ。そうだろう……?」


「――ッ!!!」


 あと一瞬が足りない。私がその間へと斬って入っていくにはほんのあと一瞬という時間が足りなかった。自由落下という運動の速度は、この場面においては遅過ぎる。


(何か、何か手段は――ッ!!)


 と考えを模索するその中で、しかし視界の片隅がとらえた姿に、私の思考は切り替わる。


(ならきっと、大丈夫だ……!!)


 私は落下の中でのために抜刀の構えを変えた。魔族の爪がレリシアさんを貫かんと突き出されるが、しかし。


「――<大剣の盾クレイモア・ファブス>ッ」


 特殊技能スキルの叫ばれる声と、魔族の爪が大剣にぶつかる轟音が鳴り響いた。

 

「な……ッ!?!?」と信じられないものでも見るように魔族の目が見開く。


 目の前のレリシアさんに繰り出した突きが急に現れた大剣に止められたのだ。同じように、レリシアさんの瞳もまた驚きの色に染められていた。それもそのはず、今目の前で大剣を構えるその冒険者の姿は、今の今まで戦っていた私たちのメンバーのものではなかったのだから。そうして両者が見合って固まる中、地表へと迫る私の間合いがようやく魔族をとらえた。

 

「――<居合・滝壺たきつぼ>ッ!!」


「クソ……ッ!!」


 空中から迫る私に気が付いた魔族は我に返り、私の特殊技能スキルを避けて後ろへと跳躍し距離を取った。それと同時にレリシアさんを守るため、再び彼女のチームメンバー、それにゼオさんたちやルーリが集まってくる。


「た、助かりました……しかし、あなたは……?」


 レリシアさんの言葉に、その突如現れた大剣持ちの冒険者はニッと口角を吊り上げた。


「俺はついさっきまで寝ていた寝坊助の1人ですよ」


 そしてそう言って私たちの後ろ、野外調理場を指さした。私は後ろを振り返り、そして戦場においてはまるで似つかわしくはないのだけれど、つい頬を緩ませてしまった。

 

「ソフィア……っ!!」


 後方ではソフィアが恐らく持参してきたのだろう水筒を手にベースキャンプを駆けている。そして意識のある冒険者たちへとその中身――カレーを飲ませて、傷を癒し、そして再び戦うための強さを与えていた。

 

 その周囲ではおそらくソフィアの強化魔法が効いてきたのだろう冒険者たちが、未だ足元が覚束なげではあるものの、それぞれの武器を杖のようにして立ち上がり始めている。


「まだまだ戦力は増えますよ、レリシア様。誰も諦めちゃあいません……ッ!!」


「……そうですか……いえ、そうですね……!」とレリシアさんは感慨深げに目を細める。


「今この場にいる私たちだけではない。傷つき倒れた冒険者たちを癒す者、倒れてもなお立ち上がらんとする者、そして立ち上がった冒険者たちに戦うための力を与える者。今この瞬間、誰もがみんな戦っている……ッ!!」


 ぐるりと、レリシアさんはこの場に居合わせる私たちを見渡した。


「いきましょう……!! 今の私たちに敵う者など、もはやこの世のどこにも居はしないッ!!」


 その鼓舞こぶに「「「応ッ!!!」」」と私たちの気勢が重なった。


 ――血がたぎる。私の内側に沸き上がる感情を表すのに、今はその表現が1番正しい気がした。今なら誰にも負ける気がしない。そしてこの場にいる全員が同じことを思っているのだと信じられた。


(これがチームか……っ!!)


 頼もしい背中を見せるレリシアさんにそのチームメンバー、ゼオさんたち、ルーリ、そして新たに加わった大剣持ちの冒険者。さらに後方にはソフィアたちと今まさに立ち上がろうとしている多くの人々。

 

 ――その全てが、仲間。


(勝てる……ッ!!)


 私が確信に剣を握りしめたその時、しかしクツクツとした響く失笑がベースキャンプへと響いた。魔族が堪え切れないように声を立てて笑っている。


「――何が可笑しい?」とレリシアさんが言う。


 視線の先、魔族は未だ腹へと突き刺さったままだったレイピアを引き抜き、そして後ろへと大きく放り捨てた。そして顔に張り付けた邪悪な笑みをそのままに、口を開いた。


「レリシア・バロナ・ラングロッシェよ……」


 その細いキツネ目が閉じた。


「この戦い、俺のを認めよう」

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