第45話 小さくとも輝く星々
――それは一進一退とすら表現することの叶わない攻防だった。
(クソッ!!)
ゼオさんたちによる完璧な援護の元に、完全に死角となる位置からの居合抜きが再び
(マズいな……ッ!!)
実際、次第に追い込まれつつある戦況である。こちらの攻撃が当たらない代わりにあちらの攻撃も当たらない。しかしこちらの連携パターンは時間を重ねるごとに魔族に暴かれてしまい、それが尽きたら最後。私たちは為すすべなく殺されてしまうだろう。
(本当に、なんて強さ……!! こんなの反則過ぎる……ッ!!)
それは自分が付与されている強化魔法のことを棚に上げてそう思ってしまうのも仕方ないほどの強さだった。ゼオさんたちは並みの中等冒険者以上の実力を持ち、経験を持つ。その連携は多彩で、決して容易に躱せるようなものでは決してない。そこに私やルーリという攻め手が加わり寸分の暇も与えない波状攻撃を成立させているにもかかわらず、しかし攻撃の手は魔族へとかすりもしない。
「フン……ッ! 威勢の声も出なくなる頃合いか……?」
魔族は私たちを倒す手数に欠きつつも、しかし余裕然とした態度を崩さない。恐らくそれは時間が解決することだと悟っているのだ。それも、数十秒後の未来に。
(どうにかしてこの状況を覆さないと……!)
さもなければ私たちはまるで生け簀の中で追い込まれていく魚のごとく、最後には逃げ道も封じられて思うがままに料理されてしまうだろう。
(イチかバチか、もう一度あの大技・<嵐断ち>を繰り出すしか……!)
そう思って剣を握るその手に力を込めた、その時だった。
――戦場に風が吹いた。いや、それは巻き起こされたものだ。そして瞬きの間に、魔族の目の前で弓を引くようにレイピアを構えるその女剣士の姿があった。
「――ッ」、魔族が声を漏らそうとするが、しかし、その喉が空気を震わすだけの時間は与えられない。
「――<胡蝶乱舞>ッ!!!」
そして鋭い剣先の乱れ突きが魔族へと浴びせられた。ガガガッと鉄を削り取るような音が連続的に聞こえる。しかし、それは魔族が一方的に攻撃を受けている音ではない。
「チィ――ッ!!」
魔族は私が目で追うことすら至難のその突然の乱れ突きを、1つ余さず魔爪で捌いているのだ。圧倒的な手数を凌ぎながら魔族は反撃をしかけるも、しかしその攻撃は冒険者の身体をとらえることは叶わない。
「ずいぶんと単調な攻撃ね――ッ!!」
直線的に飛んでくるレイピアとは対照的に、その冒険者は曲線的に動いてヒラリヒラリと魔族の攻撃を躱した。身に着けられた防具の色と相まって、それはまるで青い
「ッ!?!?」
突如として魔族の足元の地面がせり上がり、そして魔族の足首をとらえた。
「土蜘蛛……だとッ!?」
まさしく、魔族の足首をその両顎で挟み込むようにして動きを阻害しているものの正体は地面から顔を覗かせた土蜘蛛だった。それはしかし元からそこに巣喰っていたものではない、よく見ればその額には魔術的な紋様が光っている。おそらく、召喚と使役の魔法を行使されている個体に違いなかった。
「ヌォラァァァッ!!」
そして動きの鈍ったその隙を突くように、バスタードソードを振りかぶった男の剣士が魔族へと飛び掛かる。
「――<
「フン――ッ!!」
しかし魔族はその攻撃を、予測していたかのようにして魔爪で受け止める。
「そのスピードはもう山で見たぜ。二度は驚いてやらねぇよ……!!」と魔族は口端を歪めてニヤリと笑う。
男の剣士は魔族のその言葉に、しかし。
「残念だったな……!!」
と、男の剣士もまた不敵な笑みで返した。
瞬間、「ラァァァアァアッ!!」とその剣士の上を越すようにして、飛び出した影がある。
「ゼオさん……ッ!?」と、私は思わずその人物の名前をこぼしてしまう。
その瞳は『この時を待っていた』とばかりにギラギラと光っている。そして鉈のように厚い刃を持ったその剣をこれまた大きく振りかぶって、そして――。
「――<大斬撃>ィッ!!」
勢いよくその剣を、魔爪が止めているバスタードソードへ重ねるように打ち下ろした。
「んなぁ――ッ!?!?」
完全に予想外の攻撃に、魔族はその衝撃を流しきれずにノックバックを受け、後ろへと体勢を崩した。
「――<
「――<
「――<
畳みかけるように後衛たちの攻撃が飛び、無防備な魔族の身体目掛けて飛んだ。
「ぐ――ッ!!」
圧倒的な身体能力で数発の攻撃を避ける魔族だったがしかし、その数にはさすがに限りがあった。魔法の矢が、実体の矢が、そして炎の塊が、躱しきれずにその身体をかすめる。魔族はたまらずに腕で頭と首を守るようにガードを固めその波状攻撃をやり過ごそうとするが、しかし背後が留守だった。
「フッ!!」
魔族の視界の外側、真後ろの位置から飛び出した小さな姿がある。ルーリは、その銀髪を宙にたなびかせて身体をしならせた。
「お返し……ッ!!!」
そして渾身の回し蹴りが魔族の背中を蹴り抜いた。鋼鉄と鋼鉄が激しく衝突するような音が辺りへ響く。そして魔族は声にならぬ声を上げながら、私のいる方向へと吹き飛ばされる。
(チャンスだっ!!)
防御態勢も取れないだろうその魔族に立て直しの暇を与えぬために、私は腰の鞘へと剣を納めるとすぐさま駆け出した。それと全く同時に足を踏み出した影が私の横へと並んで走る。
「――遅くなって申し訳ありません、アイサさん」とその影、レイピアを携えた女剣士・レリシアさんが言った。
「何を言ってるんですか……! 超ナイスタイミングですよっ!!」
私が軽口で応じると、レリシアさんはフッと笑って前に向き直る。
「ヤツはそう簡単にトドメを刺させてはくれないでしょう……! アイサさん、あなたは攻撃のことだけを考えてください。何があっても、その他は私たちが対応してみせます!」
「はっ……はいっ!!!」
私は言われた通りにただ自分の振るう剣のことだけを考えて、そして魔族へ向かってひた走る。レリシアさんの言う通り、魔族は完全に乱れて宙に浮く姿勢からでも腕を振るった。
「――<魔爪・
振るわれた右手の凄まじい強度の爪が幾本にも分裂し、1つ1つが鋭い黒の刃となって真っ直ぐに駆ける私たちへと迫った。
しかし、「フォルグスッ!!」とレリシアさんが叫ぶ声が聞こえたかと思うと、それに呼応するように後方から、
「――<
「チィッ!!!」
「――<泡の
間髪入れずにレリシアさんの詠唱が響く。するとたちまち無数の泡が寄り集まって作られた鎖が出現して、魔族の手足を絡めとった。
「――ッ!!!」
目を剥く魔族。そこにはつい先ほどまであった余裕然とした雰囲気は微塵もない。手足を縛るその鎖を引き千切らんと必死に力を込めている。
「今度の鎖はヤワじゃないわよ?」とレリシアさんがニヤリと口角を上げる。
「行って!! アイサさんッ!!」
その声を背に、私は跳んだ。そして無防備な身体を投げ出した魔族を前に目一杯の速度で剣を抜く!
「――<居合・風車>ッ!!」
身体を地面と水平に投げ出して、回転しながらの居合斬り。全体重と遠心力を乗せた一撃が魔族の脇腹をとらえ、そして地面へと勢いよく叩きつける。激しい衝突音のあと、地表に濃い土煙が舞い上がった。
「まずは1ダウンね……!!」
剣の奔った脇腹から血を流しつつも再び立ち上がる魔族に対し、レリシアさんはそう言って人差し指を1本立てた。
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