第39話 圧倒的

「――<黒星の爆発ターミネイト・ノヴァ>ッ!!」


 ルーリの口元へと集った黒の塊から放出された魔力は、一直線に相手の魔族の元へと奔った。それはどんなに巨大な相手でも呑み込んで消し去ってしまう底なし沼のような深い闇。まともに受ければきっとそのとんでもなく強い魔族だってただで済むはずはない。しかし――。


「――<黒星の爆発ターミネイト・ノヴァ>」


 ルーリと全く同じその技が魔族の手より放たれて、ぶつかる。


「ぐ……ッ!!」


 ルーリの顔が苦し気に歪む。対する魔族は余裕そうに、感心するような素振りで口笛さえ吹いていた。


「まさか、その歳でこの技を使えるとはな……ますますここで殺すには惜しい才能を持ったヤツだ」


 そして、霧散。その黒い光線は収束することなく、逆方向からの同出力の攻撃に相殺されて消え失せた。ルーリ最大の技、マラバリ・ロードさえひと呑みにしたその技を、いとも容易く打ち砕かれてしまう。

 

「――う、うわぁぁぁあぁあッ!!」


 ルーリは叫び、そして再び魔族との距離を詰めた。破れかぶれに、獣のように大地を蹴って荒々しく。


「ダメーーッ!! ルーリッ!!」


 地力があまりにも違い過ぎる。大人と子供ですらない、私たちとその魔族ではまるで別次元なのだ。1人じゃ敵いっこない。


 2人のぶつかる衝撃が波となって空気を揺らす。大きな影と小さな影、それらが交差する度に鮮血が舞う。私はそれがどちらのものかを知っているから。


「やめて、ルーリーーッ!!」と私は力の限り叫んだ。鼻にかかったような涙に滲んだ声が出る。音速のをこれほど嘆いた日はなかった。


 ――だってその声が届く頃にはすでに全ては決していた。


「フンッ……」


 敵の魔族の興味無さげに冷えた瞳が地面へと向いている。倒れているのはルーリ。強化魔法を付与されてなお手も足も出ない、圧倒的な力を前に為すすべなく地面に転がされている。


 背中を踏みつけられて、倒れ臥したルーリの身体に自由はなかった。魔族の足は昆虫の標本に突き刺す止め針のようにルーリを地面へと張り付けて離さない。

 

「うぅ……ッ!!」


 ルーリが悶える声が届く。手足を踏ん張って起き上がろうと試みては、その度に地面へと押し付けられていた。


 しかし相手の魔族はトドメを刺そうとはしなかった。その代わり――。


「ソコのお前!!」と、近い場所にいた私へと指を差す。「お前に話してもらうことがある」


 私を睨みつけるようなその眼には、私がこれまでの人生で見たことのないほどに冷たく残酷な光が差していて、膝がすくみそうになる。でも、それでも――。


「ル、ルーリを放して……ッ!!」


 震えそうになる声を、それでも絞り出して魔族を睨み返す。


(私が、私がなんとかしなくちゃ……っ!!)


 敵対的な私の返事だったが、しかし魔族は鼻で笑うように「いいだろう」と答え、続ける。


「ただし、俺の問いに隠すことなく答えたらだ」


「問い……?」


「このベースキャンプの冒険者たち、それにお前たちに強化魔法を付与した魔術師はどこにいる?」


「……こ、答えたら、その魔術師をどうするつもり……?」


「決まっているだろう? のさ」


「――ッ!」


 。目の前の魔族の発するその言葉には実感的な響きが込められていた。まさしく、殺されてしまうのだ。無残に、残酷に、悲惨に、躊躇もなく。


 その魔族の右手に伸びる鋭く黒い爪が陽光を反射させて煌めいた。アレに貫かれるのか、引き裂かれるのか。それともルーリの全力の拳を容易く止めるほどの力手で殴られるのか。それとも――。


 足が震える。その微細な揺れは身体の下から順に腰、背中、肩までをも次々と支配していく。カチカチカチと音が鳴る。それは自分の上下の歯が立てているものだった。


 強化魔法に守られていた精神の防壁すら突破して、今、この身体を体験したことのない恐怖が侵略していく。


(恐い……恐いよ……!!)


 答えたくない、だって答えたら殺されてしまう! でも……ッ!!


「ソフィア……ダメ、逃げて……!!」


「黙れ」


「グゥ――ッ!!」


 踏みつける足に力が込められたのだろう、ルーリが苦悶の声を発する。その身体は半ばその大地に埋め込まれるほどに、強く地面へと押し付けられる。


「おい、女。早く答えろ。このままこのガキを踏み潰すぞ……?」


「うッ……グッ、ガァァァアァア――ッ!!」


「やっ、やめてぇ……ッ!!」


 ミシリミシリとなにかのきしむ音がルーリの悲痛の声に重なって、私は叫ばずにはいられない。


 お願いだからその子だけは傷つけないで! 何に変えても、私の全てに変えても、その子は私の大事な友だちで妹だから……っ!!!


「――言う、言うから……ッ!! もうやめて……ッ!!」


「……そうか。ならば言え。誰だ? このデタラメな強化魔法を扱う魔術師は」


 魔族は心無い眼差しで私を見下ろす。私はいつの間にかその場へと座り込んでいる。立っていることができなくなった。多分、私が私を諦めてしまったから。


 それでもルーリが救われるなら……その後のことはわからないけど、大変なことになるかもしれないけど、選択肢は他になかった。


「そ、その強化魔法の使い手は……」


「ソフィ、ア…………ダメ……ッ!!!」


 ルーリの声が聞こえる。手足を踏ん張って、背中に押し付けられる魔族の足に必死に抗って、顔をこちらに向けている。


 ごめんね。ルーリが私のことを大切に思ってくれているのはわかっている。でも、私もルーリのことが大切だから。


 この選択をルーリが喜んでくれるなんて思っていない。けど、それでも私はルーリのことが大好きだから!!


 決意を固めて、座り込んだまま、それでも魔族の目を見返して言葉を紡ぐ。


「強化魔法の使い手は!! わた――」


 と、そう言い切る直前だった。


 その言葉は止められる。


 ――私の肩へと温かい何かが置かれたのだ。


 それは血色が良く、私と同じくらいの大きさの手だった。恐怖に冷え切り小刻みに震える私の肩にその温もりがじんわりと広がっていく。その手の持ち主が上から私を覗き込んでいるのがわかった。


「レ、レミューさん……?」


「遅くなり申し訳ありませんわ……。炊き出し班員の方々の避難誘導をしていましたの。でも、もう大丈夫」


 緩やかなウェーブのかけられた髪を金色にたなびかせて、レミューさんは私へと微笑みかける。そして魔族と私の間へと立つと、胸を張って言った。


「――、ですわ!!」


「なんだと……?」


「ですから、わたくしが使だと申しているのですわッ!!」

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