第35話 尋問

 音もなく、痕跡も残さず、レリシアたちのその姿だけが掻き消えている。


「逃げた……だとッ!?!?」


 つまり先ほどの光は目くらましで、行動阻害の魔法はこちらに次の一手を警戒させてその場に留めさせるための罠。そして俺はその罠にまんまと嵌まった大間抜けということになる――。


「クソが……ッ!! 舐めやがって……ッ!!」


 手のひらを上向きに、宙へとかざす。するとその中心に向かって渦のように、大気中から黒いエネルギーが集まって球の形へと収束されていく。それは次第に圧縮に耐えかねて歪み、バチリバチリと音を立てて紫電を奔らせた。


「――<黒星の爆発ターミネイト・ノヴァ>」


 溜まり切ったその魔力を前方に向けて一気に解放する。極大の黒の光線が奔ってその直線上の森を削り、山の地肌を晒していく。


「まだだッ!!!」


 その災禍を前方の広範囲へと拡げるべく、腕をゆっくりと横に移動させる。木々が蒸発するように消滅していく音、生命の発する断末魔は聞こえない。全てが闇へと呑まれて消えていく。


 力の放出が終わり、前方一帯が更地になる。そしてそこで探し物は見つかった。消滅した森の中で唯一、形を残すものがそこにはあった。俺は大地を蹴ってひとっ跳びに、そのボロ雑巾のようになって倒れ伏すレリシアたち4の目の前に着地する。


「グッ……!!」と、辛うじてレリシアだけは意識を保っていたようで、頭だけを動かしてこちらを睨む。


「ハッ!! そのを拾ってなきゃあ、俺の種族技能スキルの射程外まで逃げ出せてたかもしれないってのになぁ……!!」


 どこかに落としてきたのだろう、すでにバスタードソードを持ってはいないその男の剣士を足蹴にしてやる。


 ギリッと歯を強く食いしばる音が聞こえるが、それは果たして仲間を侮辱されたことによる怒りか、それとも判断を誤ったことへの後悔か。そこまでは俺にもわかりはしない。


 ただ1つわかるのは、俺が罠に引っかかり動けなかった間、コイツらは遠くへと吹き飛ばされたこのバスタードソード持ちの剣士をわざわざ助けに行ったということだ。


「全く、甘いのは父親譲りというやつか? レリシア・バロナ・ラングロッシェよ。ヤツも大概にして仲間を見捨てない甘い人間だったしなぁ……!」


 まあそんな甘い行動を期待したからこそ、わかりやすく殺さずに遠くで転がしておいたのではあるが。

 

「畜生風情が、お父様を侮辱するな……ッ!!!」


「フン……ッ! それだけ口が利ければ充分だ。オイ、答えろ。お前たちに強化魔法をかけたのはどこのどいつだ?」


「――……ッ!! 答えるつもりはないッ!! さっさと殺せッ!!」


 その問いに、束の間に表情に出る動揺を見る。やはりコイツらにかけられていた強化魔法にはさらに裏があるのだ。


 先ほど琥珀色の玉のようなものを噛み砕いてコイツらの得た力は、明らかに最初の立ち回り時に付与されていた強化魔法と比較して劣るものだった。


 魔法攻撃力や防御力がまるでないのだ。俺に感付かれずに足音を殺してその場を離脱した気配遮断性能、そして数瞬のうちに男の剣士を拾って逃げ出す態勢を整えたスピードに関してはそこそこのものがあったが、しかしそれだけだ。


 それは決して強敵と戦うための強化魔法ではなく、むしろに付与された強化魔法という印象を受ける。


「……そうか。よし、ならば殺そう」


 元よりアルフリードのせがれが簡単に口を割るような人間だと思ってはいなかった。このレリシアは味方の情報を売るくらいならば自分が死ぬ覚悟くらいあるだろう。


 だが幸いにして、今ここにはレリシアを除いて3人の生体があるのだ。それも全てレリシアに近しい、同じ冒険者チームの人間たち。


「――なっ!? や、やめろッ!!」


 近くに転がる魔術師の足首を掴んで少し離れた位置へと放り投げてやると、レリシアはたちまち悲鳴のような声を上げる。


「話したくなったらいつでも言ってくれ――<魔爪・煉鬼れんき>」


 特殊技能スキルによって右手に高熱を帯びた長く鋭い爪を発現させる。赤々と不気味に煌めくその爪の周囲には陽炎かげろうが起こり、ユラユラと蠢くような空間が不気味さを助長する。


「やるならまず私を……ッ!!!」


「一番情報を握っていそうなお前を先に殺す意味がないことくらい、わかっているだろう?」


 ――コイツらへと最初に強化魔法をかけた人間が、どこかにいるはずだ。


 それは決してこのレリシアたちの内の誰かではない。そうでなければ俺が時間を与えてやった際に、再びその強化魔法をかけ直していたはずだからだ。


 その人間はあまりにも危険過ぎる。恐らくマラバリの小隊たちが中等・高等冒険者程度のチームに散々蹴散らされたのもその強化魔法ゆえ。


(早々に見つけ出して処理せねばな。そのためのあらゆる残虐さが伴う行為を躊躇ためらうつもりはない……!!)


 ゴウッ!! と振り上げた煉獄の爪より神々しくも禍々しい炎が溢れ出す。それは生者の肉体を求める意思を持つかのように拡がり、意識のない魔術師の髪を、肌を炙るように踊りくねる。


「や、やめ……ッ!!!」


「この世に塵も残さず消し飛ぶ仲間を見るがいい――<鬼炎爪きえんそう>ッ!!」


 炎が噴き出す爪が魔術師に振り下ろされる――その時、突風が吹いた。

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