第34話 仕組み――<タネ>――
――そこには合図も何もまるで無かった。
冒険者たちの内、前衛のバスタードソードを持った剣士がその風体にまるで見合
わぬ速度で瞬きの間に俺の目前へと迫った。
「く――ッ!!」
空気を切り飛ばす音を伴って横
「――<
その後退の動きとほとんど同タイミングで、盾持ちの男の後方にいる魔術師風の女が移動阻害魔法を詠唱した。パスッ! と背中へと柔らかに俺を受け止める網が出現する。
「チィッ!!」
高い粘着力を持つその網が背中や腕に張り付いて身体の自由を奪い去る。そのチャンスを逃さぬとばかりの勢いで目の前の剣士が再び間合いを詰める。
「――<
「――<
山の端々にまで響き渡るのではないかという轟音が鳴り響いた。振り下ろされたそのバスタードソードを、辛うじて自由になった片腕で受け止めることに成功する。
(それにしてもなんという重い一撃か! これで高等冒険者だとッ!? そこらの特等冒険者を優に超えるだけの力があるぞッ!?)
そう分析する余裕ができたのは束の間、いや、本来余裕など持つべきではなかった。
初撃を防げたことで気の緩んだ隙を突くように、剣士の背後から影が横へと飛び出す――その正体はレリシアだ。その姿を現すや否や、その手に持ったレイピアが高速で突き出される。喉元へと奔るソレを、無理に身体を捻ることで回避するが、しかしそこまでだ。
「グ――ッ!!」
体勢が崩れて正面が無防備となってしまう。そしてもちろん正面のバスタードソード持ちの剣士がその隙を逃すはずがない。
「――<
「ぐがぁッ!!」
その2撃目をまともに喰らう。下から斜め上へと振り上げられるようにして放たれた斬撃はこの身体を空高く打ち上げ、しかしそれでは終わらない。
「――<
宙に舞った俺へと後方の魔術師による攻撃魔法が襲い掛かり、そしてその魔法と挟み討つように背後に剣士2人が飛び上がって追撃を仕掛けてくる。
「――<豪斬撃・改>ッ!!」
「――<
俺が空中で身動きが取れない間に畳みかける算段なのだろう、だが――。
「舐めるなよ……ッ!! ――<
詠唱を終えると俺の身体には煉獄の世界を映したかのような禍々しい黒の炎が宿る。そして直後、魔術師の放った光の矢は出現したその炎に触れるや否や呑み込まれるようにして消え失せた。
「――なッ!! マズいッ!! みんなそいつから離れてッ!!」
その現象を目にした魔術師は察したのだろう、大声で叫ぶが全ては遅すぎる。
「――<
その言葉を合図として黒炎がこの身体を中心に、円を描くように周囲へと拡散する。俺を追撃しに空中へと飛び上がった2人の剣士にそれを避ける術などあるはずもない。
「――<
「――<
「ハァッ!! ムダなことをッ!!」
魔術師と盾持ちがそれぞれ防御技を展開し、黒炎と剣士たちとの間に光の盾と
俺の身を纏うように現れたこの炎は、この世に実体を持つものは生命・物質・エネルギーに問わず燃やし尽くす絶死の炎だ。すなわち魔力の盾だろうが岩石の壁だろうが、炎がその前進の勢いを失う瞬間までは全てを呑み込んでしまう。
この高レベルの魔法の代償は発動後の5秒間魔法が使用できなくなるという、激しい戦いの中においては命取りになる痛いものではあるが、しかしここで前衛2人をまとめて消し去れるのであれば充分に元は取れる。
炎は侵食する。1番手前の光の反射盾、そして2つ目の壁を、絶死のソレは瞬く間に呑み切った。
「オラッ、
2つの遮蔽物を侵し切って衰えはあるが、2人の剣士を呑み込むには充分だ。暗い光を放つ炎が剣士たちへと迫り、その身体を燃やし尽くす――その直前。
「――<
「なんだと――ッ!?!?」
レリシアが突き出した、レイピアを持つ手とは逆の手のひらから現れたのは大きく渦巻く泡の盾。盾持ちの特殊技能に続く第3の防御技。それが迫る炎を真正面から受け止め、流し、そして散らしていく。
(こいつ、まさか――!!)
「――魔剣士と戦うのは初めてか、魔族?」
その泡の盾は絶死の炎と相殺して消え、両者を隔てるものは何も無くなった。レリシアが不敵な笑みを浮かべるのが見て取れる。しかし、それに反応している暇などまるでなかった。
「――<
レリシアが続けて魔法を唱えると、幾万の小さな水泡が寄り集まってとぐろを巻いた1体の龍を形作る。そして宙に飛び上がって動けないはずのレリシアの身体を龍が自身の背に乗せたかと思うと、自在に滑空してこちらへと迫った。
先ほどの魔法のクールタイムが終わっていない今、俺は身を守る防御魔法を唱えることはできない。そして宙に打ち上げられた状態で体勢を整える時間もない。
瞬く間にレリシアは距離を詰め、レイピアを水平に大きく引く。
「これで終わりだッ!!! ――<
蒼光りする刀身が一直線に
ただただ目の前の光景を視線で追うことしかできず、とうとうそのレイピアが無防備なこの腹へと突き立てられた――――が、しかし。
「――っ!?!?」
突き立てられた刀身は、その先端を皮膚の内側へとめり込ませるだけに留まっていた。レイピアは竹串が岩石に阻まれるが如くグニャリと
「――は?」
思わずそう声がこぼれた。
先ほどの気迫、技の切れ味。それらは俺の腹を貫くに充分な威力を持っていたはず。しかし突如にしてそれは弱体化し、何の痛痒も感じさせないただの突きに成り下がっていた。
「――ッ!!」
レリシアの表情に苦渋の念が混じるのが見て取れた。なんて間の悪い、そう言いたげなその顔。それはまるで予め自身の力が弱くなる時が来ることを知っていたかのように――。
パチリッ! と頭の中でバラバラだった思考が組み合わさる音がした。ジグソーパズルのピースがピタリと当てはまり、1枚の絵が出来上がる。
「なるほどな……!!」
ニヤリと自分の口角が吊り上がるのがわかった。
「今までの不自然な強さのタネは強化魔法かッ!!」
俺は宙で、先ほどまでの交戦スピードを考えれば欠伸が出るほどに遅い速度で身体をクルリと翻して体勢を整えると、組み合わせた両手をレリシアの頭上めがけて振り下ろす。
その攻撃をまともに受けたレリシアの身体は、音速もかくやというほどの速度で地面へと叩きつけられた。
(予想通りだッ!!)
レリシアは、俺が空中で自由の利かない身体を何とか操って、そうして体勢を整えてから放った両手による鉄槌――俺にとっては緩慢この上ないスピードに感じる攻撃にもまるで対応できはしなかった。
レリシアの肉体が勢いよく地面に叩きつけられ、視界を覆うほどの土煙が上がる。
「がぁ――ッ!!」
痛切な悲鳴が聞こえる。ああ、よかった。死んではいないようだ。
クッション性の高い土の地面が幸いしたようで地面に衝突するやいなや血袋を弾けさせるようなことにはならなかったみたいだが、その身体は高くバウンドして再び宙へと舞い上がった。その間に俺の身体がようやく着地を果たす。
「――<
魔法のクールタイムが終わり、ほとんど同タイミングでバスタードソード持ちの剣士が落ちて来るので、それに対しても高等冒険者がギリギリ避けられないだろうレベルの適当な魔法を投げておく。
それは果たして躱されることもなく着弾した。仮説は確信に変わる。
(コイツらの力は全て、強化魔法によって一時的に引き上げられたものだったということか……!)
その剣士は森の奥へと吹き飛んでいくがどうでもいい。もはやソイツに用は無い。そして再び地面へと緩慢に、力なく落下してくるレリシアを、その途中で盾持ちたちの方向へと蹴り飛ばす。
「レリシアッ……!!」と転がされてきたソレをかばう様にして盾持ちと魔術師が前へと出る。
「くそっ――<
魔術師が攻撃魔法を放ち、生み出された複数の光の矢が俺に着弾する。だがしかし、こちらもまた全くの予想通り。
「……弱いな」
「な……ッ!?」
Lv2の魔法など本来は避けるにも値しない。先ほどこの魔術師が撃った同じ魔法に比べると今のものは遥かに貧弱になっている。
だが当の魔術師としては、強化魔法が無いとはいえ自分の攻撃魔法が直撃してなお無傷でいるというのは予想外だったらしい、その様子を見ていた盾持ちも一緒にその顔を蒼ざめさせる。そしてそれ以上何かを仕掛けるという気配もない。
「ぐぅ……ッ!!」
レイピアを杖代わりに、痛みを噛み殺すようにしてレリシアが立ち上がった。
「お前たち……ッ!! アレを……使うぞ……ッ!!」
強化魔法が切れたことによって俺との間に開いた圧倒的な実力差に茫然自失としていた盾持ちたちだったが、しかしチームのリーダーであろうレリシアの言葉に我に返ると、何やら自身のポケットを探り始めた。
(フンッ……隙だらけだが……)
しかし手は出さないでおく。今までの強化のタネが拝めるかもしれないのだ、情報を得るチャンスをむざむざ潰す必要もあるまい。
ただ先ほどと同程度の強化魔法が付与されるとなるとコチラも今のままでは心もとない。
「――<
魔法を詠唱した途端、身体の内側から圧倒的な力が湧き出るのを感じる。魔族の中でも上位魔族のみが使えるその魔法の効果は、発動中に一切の魔法の使用ができなくなる代わりに身体機能の全てを著しく強化するものだ。
「ガ、ガ、ガ……ッ!!」
ミシリミシリと身体の内側で肉の組み合わせが急速に変わっていく音がする。身体が膨張するようにしてうねり、波打った。
それが終わると視点が頭1つ分だけ高くなる。身体全体をとってみても先ほどよりもひと回り大きくなった。
(この形態の俺は、
猶予を与えた結果、仮にコイツらが再び得る力が先ほど以上だったとしても今の状態の俺ならば充分対応は可能だろう。万全の準備を整えてレリシアたちの行動を静観する。
「バケモノめ……ッ!!」
俺の姿へ悪態を吐きながらもレリシアたちがポケットから取り出したのは琥珀色の小さな玉だった。3人はそれを口に放り込み、そして噛み砕いた。
――瞬間、またもやレリシアたちの雰囲気が一変する。
そう、コイツらは今の一瞬で確実に強くなっているのだと肌で感じた。
(なんだ……? 噛み砕いて発動する強化魔法なのか……? そんな技術はこれまで聞いたこともないが……)
そしてさらに不可解なことは、レリシアの姿だ。先ほどまではレイピアに支えられてようやく立っていられるほどのダメージを負っていたにもかかわらず、今では痛みなど無くなってしまったかのように真っすぐに立っている。
(まさか、あの玉には強化魔法に加えて回復魔法も含まれている……!?)
そう思考している間にレリシアが動く。
「
新な陣の展開。いったい何を狙っているのか、俺は腰を落として見極めようとする。初動は魔術師だった。
「――<フラッシュ
魔術師が詠唱と共に掲げた杖から強い光が放たれて周囲の景色を白く塗りつぶした。
「くっ!!」
「――<
光によって0になるコチラの視界、その隙を縫うようにして俺の両腕両足に泡の鎖が絡みつき、行動を阻害しようとする。だが――。
(弱い……ッ!?)
少し力を込めて振り払うと、その泡の鎖は跡形もなく消し飛んでしまう。あってもなくても同じようなもの、先ほどまでの強化された状態に比べれば明らかに力のない魔法だった。
だがしかし、それが油断を誘うものの可能性だってある。気は緩められない。
(さあ、前か後ろか、それとも横か? どこから突撃してくるつもりだ、レリシア・バロナ・ラングロッシェ……!!)
感覚を鋭敏にして待ち構える。周囲の空気の揺れを1ミリだって察し逃しはするものかと腰を落とす。だが、待てども待てども、襲い掛かってくるような気配はまるでない。
しばらく身構えるうちに眩まされていた視界は徐々に戻り、そして見た先にあったのは空っぽの景色だった。
――レリシアも、盾持ちも、魔術師も。そこには誰1人いなかった。
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