第33話 誤算

「カシーム様ッ!! マラバリ第12小隊が全滅いたしましたッ!! 風貌からして敵は高等冒険者級のチームが1に中等冒険者級のチームが1!!」


「カシーム様ッ!! こちらの第6小隊が半壊ッ!! 指揮官が討たれましたッ!! 第7小隊指揮官が指揮権を引き継ぎ――クソッ!! なんだコイツらッ!! 強す――ッ!!!」




 ――いったい、なんだ……? コレは……?




「カシーム様ッ!! マラバリ第18小隊が――」


「カシーム様ッ!! ――――」




 ――どういうことだ? このありさまは……ッ!?

 

 


 たったの1体で人間の軍1個小隊に匹敵する強さを持つ上級魔獣マラバリ。それが50体集まって構成される隊が、たかだか4、5人群れただけの高等・中等冒険者たちに蹴散らされている。それが脳内に直接届く指揮官役の眷属たちから次々に届く阿鼻叫喚の交信内容だ。


 ガリッ!! と奥歯が砕ける音がした。まったく予想だにしていなかった状況に、食いしばった歯が耐えかねたのだ。


 ――あり得ない。あり得るはずがないッ!!

 

 大掃討戦に参加する冒険者たちのレベルが例年通りならば、マラバリ1匹に対して1つの冒険者チームがかかりきりになるくらいが当然のはず。この俺自らが召喚したマラバリが自然発生した個体よりも弱いなんてこともない。


 にも関わらず現実はどうだ、眷属たちからの悲鳴まじりの交信内容は止むことがないどころか時間を増すたびに増える一方だ。


 ――いや、クールになるんだ。魔王軍の元第1旅団長、カシームよ。


(ここで冷静さを欠いては判断を誤ってしまう。この数年の積み重ねを一時の混乱で水の泡にするなんてこと、できるはずもないだろう……!)


 意識して数度、深く呼吸をする。頭をクリアに、気持ちを落ち着けて。起こってしまったものは仕方のないことなのだ。問題はそこからどうするか。

 

(そう、俺が今やるべきこと……。情報を集めて態勢を整え直し、そして同時に誤算の原因を調べて対応策を練る……ッ!)


 気持ちを切り替えると交信の繋がるすべての眷属へと意識を向けた。


「――冒険者の中に勇者やそれに匹敵するような圧倒的個体は存在するか?」


 その問いかけに対して、すべての眷属から否定の答えが返ってくる。


「次に、冒険者チームを撃退した小隊はいるか?」


 その問いかけに対しても、すべての眷属から否定の答えが返ってきて思わずまた歯を食いしばりそうになるが、それを押し留めて続けて問う。


「冒険者チームを退させた小隊は?」


「はい、第17小隊の相手をしていた冒険者チームが先ほど撤退いたしました」


「なに、本当かッ!? どのようにして撤退させたッ!?」


「当小隊も交戦直後には圧倒的な力によって半壊にまで追い込まれたのですが、しかし突然冒険者チームの方から撤退をし始めたのです」


「勝手に……だと? 押し込んでいる戦況にも関わらず? そんなバカな……」


 その眷属からの報告は俺の思考をさらに乱すものだった。


 普通、戦況が有利な時は一気に攻め込んで半壊と言わず全壊にまで追い込むだろう。それを途中で投げ出して撤退? その小隊の生き残りが別の小隊に吸収されて、他の仲間たちの脅威になるとは考えていないのか?


「こちら第3小隊、交戦中の冒険者チームが撤退していきます!」


「なにッ!?」


「第5小隊も同様です! 9割の損耗のため、残りのマラバリを後退させている途中でしたが追撃を受けませんでした!」


「――どういうことだ……?」


 先ほどの悲惨な戦況報告から一転して、今度は眷属たちから相手の冒険者チームが撤退したという報告が次々に舞い込んだ。燃え盛る炎のように苛烈を極めた攻撃が一斉に止んだかと思えば、今度は同じ海岸線の潮が一気に引くようにして冒険者チームが撤退し始める。


 この法則性は一体なんだ? 確か掃討戦においては冒険者チームを一定時間を単位としてローテーションさせるということは聞いているが、それが理由?


 いや、それが交戦中であり自分が有利にある状況を放置して撤退する理由になるはずもない。叩けるものは叩いてから帰る、それが自然のはず。


「――カシーム様ッ!! そこからお逃げくださいッ!!」


 その唐突な交信は、思考の海へと深く潜る俺の意識を浮かび上がらせた。


「……なんだ? どうしたというのだ?」


「冒険者がそちらに向かっ……ッ!!」


 言葉の途中で交信が途絶える。同時、召喚した魔獣たちと自分を繋ぐ主従経路パスに消失感を覚えた。念のためにと、この場所の防衛に充てていたマラバリ・ロードが2体消滅したのだ。


 本来なら特等冒険者チームでようやく対応可能になるはずのマラバリ・ロードが、だ。


 それが示すのは、大戦で『圧倒的個』とされていた勇者や俺を含む一部の魔族、そして魔王様に匹敵するほどの力の持ち主に近しい冒険者が今、この場に向かってきているということだった。


 それもまたあり得ないことだ。そんな人間が今回の掃討戦に参加するなんて情報は一切掴んでいない。しかし現実にマラバリ・ロードはほふられている。


 矛盾を孕む状況に頭が痛くなるが、嘆いてばかりもいられない。


「――次に冒険者チームと接敵した場合は後退戦を徹底せよ。どうにかして冒険者どもの仕組みを暴くまではこちらからの攻撃は控えるんだ」


 俺は再度眷属たちに向けてそう言うと交信を一方的に絶つ。そしてこの山で最も魔力の濃い大樹の麓で腕を組み、次第に近づく強者の気配を察知しようと感覚を研ぎ澄ます。


 ――果たしてそれは、突然に木々の間から現れた。


「……ん? 1チームだけか?」


 俺が話しかけると、そのチームはザッ! と陣を展開して臨戦態勢へと移行する。剣士が2人に盾持ちが1人、魔術師が1人の計4人で構成されるチームのようだった。


「貴様、まさか魔族……ッ!!」


 展開した陣の後方で恐らくは剣士の1人、赤いルビーと思われる宝石を柄へとはめ込んだきざったらしいレイピアを構えた女が鋭く詰問してくるが、俺はそれに鼻を鳴らして返してやる。


「おい、お前たちがマラバリ・ロードを倒したのか?」


 俺が魔族かどうか? そんな見ればわかる質問にわざわざ答えてやる義理もない。俺は俺の知りたいことが知れればいいのだと、質問を返してやった。


「……ロード? ああ、アレが伝説にもなっていた個体だったのね。どんなものかと思えば、結局は図体だけの魔獣だったわ」


 挑戦的な視線をこちらへと投げて、女剣士はそう返した。


 図体だけ? マラバリ・ロードが?


 ――あり得ない。マラバリ・ロードは決して身体がデカいだけの魔獣じゃない。


 高いとは言えずとも知性はあるし、自身を強化する魔法も使う。さらにその分厚い毛皮はあらゆる武器を跳ね返すし、魔法耐性も高いのでLv1やLv2相当の魔法は無効化する。


 俺はその冒険者チームの面々の風貌をよくよく観察する。


 確かに、そこらの中等冒険者たちとは風格が違うようだ。さきほど俺が話しかけた瞬間、咄嗟に攻撃魔法に対応する陣を組んだ辺り魔族との戦闘経験もあるのだろう、戦い慣れている印象を受ける。


 見たところ高等冒険者の集まりといったところだろうか? しかし正直なところ『強者』という感じは全くしない。


 過去多くの難敵と戦ってきた俺だからこそわかる。勇者やそのチームに属した戦士たち、あるいはアルフリードのような魔術師たちの纏うがコイツらにはない。


「そこの魔族。マラバリの異常発生の原因は貴様ね?」


「あぁ?」


 ジロジロと不躾に見られるのを不快そうにして、女剣士は舌打つ。


「この山にいるマラバリの数は異常よ。とても自然発生する数とは思えるはずもない。そこにきてこんな山奥に我々を待ち構える魔族がいるんだから、貴様が召喚して使役していると考えるのは自然の流れでしょう?」


 女剣士はそこで言葉を区切り、レイピアを真っ直ぐにこちらへと向けた。


「もう一度問うわ。貴様があのマラバリたちを召喚したのね?」


「そうだ。だが、それがどうした?」


「フンッ! とぼけたって無駄よ! 召喚された魔獣は召喚主が倒れれば消滅する。つまり――貴様はここで終わりということなのだからッ!!」


 その言葉を残して、目の前から女剣士がその姿を消した。


(――いや、違うッ!!)


 咄嗟に身体を斜めに傾けながら後ろを振り返る。一瞬の後、耳元を空気を裂くような風が通り抜けた。


「――なんだと……ッ!!」


「……!!」


 女剣士はまさか自分の攻撃が避けられると思っていなかったのか驚きに目を剥いたが、しかしその気持ちは俺にとっても同じものだ。目にも留まらぬ高速移動からの高威力の突き、これは明らかに特等冒険者級、いやその域すらも逸脱するレベルのものだった。

 

 女剣士が突き出したレイピアを引いて距離を取る。その一瞬、レイピアに刻まれた印が俺の目に入る。


「ラングロッシェ家の家紋だと……ッ!?」


 その呟きに、目の前の女剣士がピクリと反応を示すのがわかった。改めてその顔をよく観察してみれば――なるほど。


「お前がレリシア・バロナ・ラングロッシェ――アルフリードの娘の1人だな。道理でどこかアルフリードの野郎の面影がありやがる……!」


「お父様を知っている……!? 貴様、もしや大戦の生き残りの……!!」


「ハッ!! アルフリードの野郎には積もるほどの『借り』があるんでねぇ……!! クックック……ここでほんの少し返させてもらおうか……ッ!!」


 レリシアは軽やかなフットワークで仲間の元へと戻ると、何やら指示を飛ばして陣を組み直した。それは見る限り後退の陣ではない、むしろここで俺を倒そうという意思の見られる強気の攻めの形だった。


(――いいじゃねぇか。そうこなくちゃなぁ……ッ!!)


「お父様から聞いたことがあるわ。大戦で辣腕らつわんを振るった魔王軍の幹部のうち、まだ幾人かは討伐できていないって。その者たちの実力はその他の魔獣や魔族とは一線を画す『圧倒的個』。それ故に大戦が終わったからといって気を緩めてはならない、その幹部たちを見つけ出して討伐しない限り人類に本当の意味での安寧は訪れないのだとね!!」


 レリシアの言葉に、冒険者たちの強いが解き放たれるのを待つかのように凝縮されていくのがわかる。バネを縮ませているのだ。心の、身体の、合図と共に最大のパフォーマンスを生み出すための準備がされているのだ。


 レリシアの先の一撃は特等冒険者相当のものだった。その他の面々の実力もそれ相応のものだとしたら、決して気の抜ける相手ではないだろう。


 こちらも臨戦態勢を取ろうと腰を落としたその刹那せつな


「なっ――!?」


 こちらの警戒すらも上回る速度で、バスタードソードを抜き放った男の剣士が瞬きの間に彼我ひがの距離を詰めていた。

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