第32話 深奥――<闇の中>――
冒険者たちが集まるベースキャンプに隣接する山の
そしてその光景を俺は、潤沢に流れる魔力を吸いに吸い上げてこの山の中でも一際大きく生長した大樹の太い枝の上に立ち、
昔はよくキツネのようだと評された細い目をさらに線になるまで細め、口端をニヤリと吊り上げた。
――すべての準備は整った。
大戦から10年、王国による魔族狩りから身をかわし続ける日々。数えることも叶わないほど多くの苦渋、辛酸を舐めて過ごしてきた。
――しかしそれも今日までのこと。
名うての冒険者でさえ容易には入り込むことができない『北の果ての山脈』の龍脈が流れ込むこの山の奥地へと数年前に辿り着いてから、俺は念入りに準備を整えてきた。
日に1度行使できる<上級魔獣召喚>を数年に渡り繰り返すことにより作り出した1000体のマラバリの軍勢。その中からより強い個体を選りすぐり、魔力を溜めて数ヶ月に1度行使できる<最上位進化>をかけて生み出されたマラバリ・ロードが10体。そしてそれらを率いる指揮官役の低位の魔族を<同族創造>の
(――ん? ああ、そういえばマラバリ・ロードは1体消えたんだったな……)
何せこの規模だ。少々東寄りに配置させていた魔獣の支配が弱まってしまい、1体のマラバリ・ロードとそれに率いられるマラバリたちを別の山へと逃がしてしまったことがあった。
どこかの町に降りて大きな被害を出すかと思ったが、しかし地上を偵察させている使い魔によればそれほど大きな騒ぎは起こっていないとのことだった。加えて、マラバリ・ロードとの召喚時にお互いの主従関係を繋ぐ魔力の導線――
恐らくは降りた先の町に運悪く特等冒険者などが待ち構えていたか、あるいは『北の果ての山脈』へと向かってより強い魔獣とぶつかってしまったかのどちらかだろうと、あまり気にすることはなかったが。
(だから、マラバリ・ロードが9体にマラバリたちが950体超というところだな)
それが今この大樹の下に群れを成すものたちの正体だった。それはあてもなく蠢いているわけではなく、実際は今まさに指揮官たちによってマラバリの小隊に編成されている最中である。
(充分だ……!)
これだけの大群が自分の手中で動く快感は大戦以来で、自身の背中のコウモリのそれに近い形の翼がゾクゾクと
1体で人間の軍の1個小隊の力を持つとされるマラバリが950体以上、それを遥かに超える力を持つマラバリ・ロードが9体。それらが知性ある動きを見せて人々を暴力の波に呑み込んでいくのだ。
――まず一息で王国の西半分は墜とすことができるだろう。なぜなら腕利きの冒険者どもは侵略の開始とともにこの地でことごとくが死に果てるのだから。
ニヤリと自身の口角が上がるのを抑えられない。
(忌々しき<
アルフリードは大戦で幾度も顔を突き合わせた憎き仇。時には直接戦いもしたが結局白黒はつかなかった。地の力では俺の方が遥かに勝っているにも関わらず、ヤツは配下の人間共を使って俺の攻撃を封じるような動きをし、こちらが力で押そうともヒラリヒラリと躱されてしまうのだ。
それは『戦略』という分野を大きく活用した戦い方で、俺がどんな数の魔獣を率いていたって『分け』になってしまう。そうしてのらりくらりとこちらの攻撃を躱されている間に勇者たちによって魔王様を討ち取られてしまったのだ。
自身の至らなさにグッ! と拳を握りしめる。
(俺が早々にアルフリードを仕留めてさえいれば、そうして魔王様の近くに付いていたならばきっと我々が敗北することなどなかっただろうに……!!)
大戦が終結してから何度も繰り返した自責。後悔の念が再び頭をよぎるが、しかし意図して息を大きく吸い込んでそれを妨げる。
(落ち着け、それは今すべきことではない)
なぜならそれはもう、終わってしまったこと。だからこそ今俺が考えるべきは、魔王様の残した予言に従うことのみなのだ。
――機は熟した。
大戦から10年、その予言の年がやってきた。この度の侵略を以って伝えるのだ、『我ここに健在なり』と。
まずは
毎年同時期に行われるラングロッシェ家による『大規模魔獣掃討戦』を逆手にとり、一か所に集まった冒険者たちをこちらの最大戦力で殺し尽くすのだ。そうして戦える人材の多くを失ったラングロッシェ家領地を蹂躙し丸裸のアルフリードを誅する。その勢いを殺さぬままに堅牢たるローレフへと攻め込む。
大戦の際に人や物の流れの中心になっていたというローレフさえ墜としてしまえればその周囲の都市を攻め立てるのはずいぶんと容易になるだろう。
「――クックックック……」
大樹の上から東の空が白むのが見える。麗しき朝がやってきた。例年通りであれば冒険者たちが山へと足を踏み入れるのは昼頃。その踏み出す1歩が絶死への歩みだとは知る由もないだろう。
「さて」
指を鳴らして指揮官たちへと合図を送ると、集結していた暴力の化身たちが隊列の整えて行軍を始める。冒険者たちの行くだろう道筋へと先回りして配置を行うのだ。ミシリミシリと大地を踏み鳴らして行くその黒の軍勢の姿は人間共にとってしてみれば災厄そのもの。
――王国人よ、貴様らの命運はすでに尽きた。
(この俺、元魔王軍第1旅団長カシーム=ガルムォルクがこの王国に地獄を再現してやるッ!!)
「――さあ、蹂躙をはじめよう」
その低い呟きは夜気を秘めた風に乗って山へと冷たく染み渡っていった。
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