第27話 シスター・ウォー 2

「これはレリシアお嬢様、お帰りなさいませ。今お戻りになられたのですか?」


 私とお姉さまの間に微妙な空気が漂うことを――いや、お姉さまに対して劣等感を抱いてしまう私をおもんばかって、セルゲイがその間を取り持つように言葉を挟むと、お姉さまはその意図を察してかクスリといたずらに微笑んだ。


「ええ。軒並み冒険者組合の依頼も片付けたし、それに領地会議も終わったことだから、そろそろ大掃討戦に向けて骨休めをしようかと思ってね」


「それはお務めお疲れ様でございました。領地会議ではどのようなことを?」


「最近かなりの経済利益を挙げているセテニールという町を知っているかしら? そこを中央都市とした小都市連合を形成すること決定を下してきたのよ。セテニール周辺の町村は過疎も進んで運営も相当な赤字気味だったし、この機にあののリッツィにまとめて面倒を任せてしまおうと思ってね」


 その言葉に、「食わせ者ですか」とセルゲイはおかしそうに笑って答える。


「かのリッツィ町長はレリシアお嬢様にとっては直接の命のご恩人ではございませんでしたか?」


「……フンッ。大昔の済んだ話よ、それは」


 髪をかき上げて気まずげに目を逸らすお姉さまに、私はお父様から聞いたリッツィなるソフィアさんの暮らす町の町長を務める女性のことを思い返す。


 ――それはお姉さまが8歳で戦争も終わりに近づいてきた頃合い、魔王を討つために遠征なさるお父様の後を追って城を飛び出してしまった話で出てきた人物だ。


 戦争の終盤は特に戦いも激化しており都市襲撃なども頻繁に起こっていたから、当時幼い私やお姉さまはなかなか城から出ることを許されてはおらず外の地理はチンプンカンプンもいいところだった。しかしそれにも構わず当時から優秀な魔法の素養のあったお姉さまは、勇者様ご一行に付いて魔王城へと旅立ったお父様の魔力を探知してついて行ってしまったのだ。


 しかしながら足取りはわかるものの当時8歳のお姉さまが勇者様ご一行に追いつけるはずもなく、そして運の悪いことに魔王軍のはぐれ集団に1人で歩いているところを見つかってしまう。覚えたての魔法を使いつつ必死で逃げるお姉さまだったが使える魔法はLv1のもののみ、あっという間に追い詰められ、そして服装から貴族の子供だと知られたお姉さまは人質として捕らえられそうになったが、しかし。


 ふらりとどこからともなく現れた1人の女性がそのはぐれ集団を瞬く間に切り伏せてしまい、そうしてぐずるお姉さまをこの城下町まで連れてきてくれたことにより事なきを得たというのだ。その女性こそが元高等冒険者であり、過去には<氷姫ひょうき>という二つ名で王国内に知られたリッツィ・アルベルンその人だ。


「アイツはあろうことか私のを拒んだのよ……命の対価なんだから決して安いものじゃない! にもかかわらず『気持ちだけで』とは何事なの……!」


 ――そしてお姉さまが今も忘れられない屈辱というのがソレらしい。


 城に帰ってから散々お母様にお説教されて泣き腫らした目のままで、リッツィ様の元までお礼をしに行ったお姉さまへしかし、リッツィ様は『その気持ちだけで構わない』首を横に振ったのだそうだ。貴族意識の高いお姉さまは人に恩を受けたにもかかわらず礼を返せないということに相当なショックを感じたらしく、それを今日までずっと根に持っているとのことらしかった。


 私は当時4歳で幼かったためよく覚えてはいないが、リッツィ様は元々お父様が留守にする城を守ってもらうために呼んだ人物らしく、勇者様が魔王を討つまでの間大きな怪我を負いながらもこの城下町で必死に戦ってくれたとのこと。お姉さまの事情を抜きにしても私たちラングロッシェ家としては大きな借りのある方なのだ、それにもかかわらずお姉さまは今回の領地会議で何やら厄介な仕事をリッツィ様に一任してしまったらしい。それはやはり、どこか感情的な一面が垣間見える横暴な決定にも思えてしまう。


「それにしてもレリシアお嬢様の一存で小都市連合の結成とその都市長をリッツィ様に任命なさるとは、いささか強引にも思えますが……」


 同じことを考えていたらしいセルゲイが私の気持ちを代弁して言葉にしてくれた。それに対してお姉さまは「フンッ!」と鼻を鳴らすと再び髪をかき上げる。 


「しばらくぶりに会ったというのに他人行儀に接してくるからよ、こちらの気も知らずに、まったくあの女は……」


「その決定をアルフリード様は?」


「知らないわ。だからそれを今から伝えに行こうと思ってね」


 そこで言葉をいったん区切るとお姉さまの切れ長の目が私へと向いた。


「そうして探し回って広間へと来た時にあなたたちの声が聞こえたというわけ」


「うっ……」


「レミュー。聞いたわよ。あなた大規模魔獣掃討戦に参加するんですって? 炊き出し班なんていうものまで作って」


「は、はい……。戦地に赴かれる冒険者のみなさまに温かいお食事でもと――」


「やめなさい」


 ピシャリと私の言葉を遮って、お姉様は有無を言わさぬ口調でそう言い切った。


「あなたは弱いんだから、掃討戦が終わるまで城に籠っていなさい」


「で、でも! わたくしだっていざとなれば!」


「兎の魔獣のラッピーすら前衛がいなければ満足に倒せず、未だに冒険者認定試験にすら落ちるあなたが? 無理な話ね」


「っ!!」


 その言葉は、レイピアを胸の深くへと突き立てられたような痛みを私に走らせる。


 ――才能の壁というものがこの世にはあり、そしてそれは私とこのお姉様の間にこそ目に見えてそびえ立つものなのだ。


 冒険者認定試験に10歳という史上最年少で合格し、そして13歳の頃には中等冒険者へと名を連ねたお姉様に対して私は14歳になっても初等冒険者の資格すら与えられない。そうやって幼少の頃から才能の善し悪しがハッキリと分かれる姉妹の間柄だからこそ、『悪しき側』の私は何も言い返すことが叶わず、この身体に染み付いた習慣通りにお姉様の言葉へと俯くしかない。


「……レリシアお嬢様、それはあまりにもお言葉が過ぎませんか?」


「事実よ。あなたは甘すぎるのよ、セルゲイ」


 たしなめるように言ったセルゲイへ、しかしお姉様は力の込められた瞳で睨み返す。


「炊き出しはベースキャンプでやるとのことだけど、そこだって決して安全地帯というわけではないわ。山の騒ぎに驚いたラッピーやマルクカラチャなどの魔獣や魔蟲が麓へと降りてくるのは珍しくないわ」


 マルクカラチャ――森の捕食者と言われ、深い森の奥に住んでいることの多い黒光りする魔蟲である。


 普段は木の上から動くことはなく凶暴性はマラバリなどに比べて低いものの、ひとたび刺激を受けると地面へと落ちて暴れ走り回る性質を持つそれは中等冒険者でようやく対応できるレベルだ。


「最近だってくだんのセテニールへとマラバリが群を成して下りて来る事件があったらしいわ。リッツィ・アルベルンがどのように対応したのかはわからないけど、もしそんなことがこの掃討戦で起こってしまったとしたらあなたじゃ対応のしようがない」


 言い返したい……のに、悔しさに震えるばかりで役立たずな私の口からは何の言葉も出てこない。なにせ、お姉様の言うことは全て正しいことなのだから。


「――死にたくなければ、出しゃばるようなマネは止めることね」


 私の肩へと手を置いてそれだけを言い残すと、お姉様は今しがた私たちが抜けてきた書斎のある廊下へと歩き去って行く。


「お嬢様……」


 セルゲイの呼びかけに答えることもできず、私はただ自分の無力さに拳を握りしめるしかなかったのだった。

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