第22話 1日3食カレー日和 5 ~アイディア~
「そういえばさ、食堂に入った時から気になってたんだけど、これってまたもや新作だったりするの?」と、アイサはクンクンと鼻を鳴らす仕草をして私へと訊ねる。
一応料理の時は換気扇を回しているはずなのに、と少し驚いてしまう。前にカシミールカレーを作った時もそうだったが、アイサは本当に鼻が鋭い。
「今回もすごく美味しそうな匂い~っ!!」
でへへっとだらしなく緩んだ顔でアイサがチラッと、何かを期待するように目を輝かせてこちらを見やる。
「……食べてみる?」
「えぇっ!? いいのぉっ!?!?」
アイサの意図を汲み取って水を向けてあげると、アイサは尻尾があったなら千切れんばかりに振っていそうな表情で喜んだ。今のアイサなら私が「お手」と言えば素直に手を差し出しそうですらある。
「この前はまだ完成してなかったからダメって言われた気がするけど……ということはつまり、今回のカレーはもうバッチリってこと?」
「うーん、バッチリってわけじゃないけど……」と私は顎に手を当てる。
「でも今回のこのカレーは食堂で提供するためのものではなくて、掃討戦で炊き出しにしようと思っているものだから、実際に冒険者としてのアイサに早めに感想を聞くのがいいかなと思ってさ」
「あぁ、なるほどね」とアイサは得心したように頷くと、ニッコリと笑みを返す。
「任せといてよっ!! しっかり身のある感想を返しちゃうよっ!!」
胸を叩いてそう言ったアイサに頷き、「ちょっと待っててね」と言い残し私は厨房へと戻ってカレーの鍋へと再び熱を入れる。そして小皿にご飯をよそって、再び温められて湯気を出し始めたカレーソースを掬ってかけた。
「どうぞ、召し上がれ」
小さめのスプーンと一緒に、ホールのひと席へと腰かけたアイサの前へと小皿を置くと、アイサはさっそく目を輝かせて、
「いただきまぁすっ!!」とカレーを口に運んだ。
そして「んまぁ~~~いっ!!」という感想が返ってくるまでに少しの間もなかった。
「なんだろうな……! なんというか今回のはいつもとは違ってなんかトロトロだねっ!! それで濃い味付けの中にしっかりとコクがあって、ご飯が進むわ~!!」
そう言って頬に手を当てて幸せそうに表情を緩ませるアイサに私も嬉しくなる。けれど、どちらかというと今は味の感想よりも聞きたいことがあった。
「スパイスの種類――付与される強化魔法の一覧はコレなんだけど、どうかな?」
舌鼓を打つアイサの前へと、私は1枚のメモを差し出す。それはルーリとのカレー研究のたまものである強化魔法の一覧の中から、今日使ったスパイスのみをまとめたものだ。
「え~っと、なになに……<
「そう? それならよかったぁ……!」
冒険者として、そして見習いのうちからこの山に囲まれたセテニールの町で多くの依頼をこなしてきたアイサのお墨付きがもらえたことに、私は安堵の息を吐く。カレーの方向性も決まって、少し肩の荷が下りた気分だ。しかし、だからといって休んでいる暇はない。
「そうと決まればさっそくヒヅキさんにレシピを送って作り慣れてもらって、必要になる食材に関してはレミューさんに連絡しないと……」
まだまだ炊き出しの準備でやることは沢山あるのだ。
レミューさんへの連絡の結果、大量確保が難しい食材もあるかもしれないし、昼夜に渡る炊き出しについて、レミューさん、ヒヅキさん、ルーリに限らず多くの人の手を借りてローテーションを組む必要もあるだろう。
むしろこれからの方がレミューさんたちとの相談を密に行っていく必要があるのだから、一層忙しくなるに違いない。
そうやって私が先のことを考えていた時だった。
「あ、そうだ! ソフィアに聞いておかなきゃと思っていたことがあったんだ」と、アイサが手を打って言う。
「ソフィアの
「確か……約3時間ってところみたい」
私はエプロンポケットにしまっていたメモを取り出して、ルーリとの研究によって記されたそのページに目を通して言った。
「特にスパイスの種類によって時間の増減はないみたいだから、今回作ったカレーに関してもそれくらいになると思うよ」
私がそう答えると、アイサは考えるように腕を組んで「う~ん」と唸る。
「えっと……時間がどうかしたの?」
「うん……ちょっとこれを見て欲しいんだ」
アイサはそう言うと、お尻のポケットに入れていたからか少し皺の寄った紙を取り出すとそれをテーブルの上へと広げる。
「これは、地図?」
それは大きさA3サイズほどある地図に見えるもので、しかしそこには町や建物の名称が記されていたりすることはなく、まるで登山の時に使うもののように
「これは掃討戦の舞台になる山の立体地図と冒険者たちが待機するベースキャンプの位置を表した地図なんだ」
私の抱いた印象は外れてはいなかったらしい、図面のほとんどが山のため登山用地図に近しいと言えばその通りだったようだ。
「ここがベースキャンプね。冒険者たちの待機地点であり、ソフィアたちが炊き出しを行う場所でもある」
アイサが指を差す図面の中ほど、左寄りの場所には赤丸があり、そこから班を分けて左右真ん中と攻め入るのだろう、3本の点線が山の奥へと伸びてそこからまた幾本にも枝分かれをしている。それぞれの点線の先には黒丸がポツンと打たれており、この地図はどうやらそこへ向かって進む道筋を示すためのものらしかった。
「この黒丸が魔力が特別に濃い地点――要は魔獣が発生しやすいポイントで、私たちはここへと向かって進んでいくことになるんだけど」
アイサはそこでいったん言葉を区切ると、神妙な面持ちで先を続ける。
「このベースキャンプから一番遠い黒丸の地点まで、片道で2時間以上掛かっちゃうんだよね。往復だけで4時間以上、実際の掃討作業を勘案すればそれ以上の時間が掛かるんだよ」
「つまり……このポイントまで行って帰ってくる間に強化魔法は切れちゃうってこと?」
「そういうこと。最悪、強化魔法が切れたタイミングで魔獣に襲われる可能性もあるね」
それはゾッとする話だった。
強化魔法の切れた状態で、前後左右を先の見えぬいつ魔獣が襲い掛かってくるかもわからない木々や茂みに囲われながら、ベースキャンプへと2時間もの時間をかけて疲れた身体を引きずるようにして帰るのだ。
「だからもし、ソフィアのカレーの魔法効果で強化魔法の持続時間を伸ばせたりしないかなと思ったんだけど……どう?」
もしかしたら、と少しの希望を抱く目でそう訊ねるアイサだったが、しかしそれいついてはあいにくだった。
「最近は普段使わないスパイスを試してみてるところだけど、今のところそういう魔法効果を持つスパイスは見つけられてないかな……」
「うーん……そっかぁ……」
私とアイサはそれから腕組みをして打開策に頭を悩ませながら、思いつく案を色々と話し合っていく。
その中で出てきた『冒険者全員にカレーの入った水筒を持たせる』というのが一番な気もしたが、調達が大変である、荷物が増えてしまう、そして何よりカレーの味が落ちてしまうという3つの点でデメリットになるので、あくまで最終手段だ。やっぱり私としてはカレーは熱々なうちに美味しく食べて欲しいのだ。
む~んと頭を捻っているそんな折、横からニュっと彩色豊かなお菓子の頭が突き出した。
「行き詰った時は、甘いもの……」と、ルーリが先ほどの贈り物の包装から新たに2本のスティックキャンディを取って私たちに差し出してくれている。
「ああ、うん。ありがとう」
私はそう言ってそれを受け取るとさっそく口に含む。うん、甘い。歯に染みわたるようなその甘さに、単純な私は幸福感を覚えてしまう。
キャンディやガムといったお菓子の中で一番好きなものは何かと問われたら、私はキャンディだと答える。前世でよく食べていたのは今手にしているようなスティック状のものではなく、個入りになったビニールの小袋に包まれた丸い形のものだったけど、長く甘さを味わえるという共通点に違いはない。
持ち運びも楽で、他の荷物の邪魔になることもない。旅行の際はもちろん、ちょっと近所まで出かけるときなんかもバッグの内側へと常に2、3粒は入れていた気がする――
その時、ピコン! と頭の上に電球が灯るのがわかった。
(――そっか、その手があったか……)
手元のスティックキャンディを見つめて、明日ちょっと試してみようと思い、私は頭の中でそのレシピを考え始めたのだった。
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