第21話 1日3食カレー日和 4 ~贈り物~

「私たち3人への届け物っていうことは、もしかして……」


「――そう、レミューさんとヒヅキさんからだって!」


 アイサはお尻のポケットから折り畳まれている紙を取り出した。


「それは伝票?」


「うん!」


 そこには確かに差出人名として『レミュー・バロナ・ラングロッシェ、ヒヅキ・アカサヤ』と2人の名前が記載されていた。


「ホントだ……!! そっか、でもそれじゃあ入れ違いになっちゃったかなぁ……」


「入れ違い? 入れ違いって何が?」


「ううん、なんでもない。あとで教えてあげるから!」


 何のことやらと首を傾げるアイサだったが、話題が逸れてしまうのも何だったので、目の前にズシッとした重みを感じさせるような威厳を持つ木組みの宝箱のような荷物へと再び視線を戻す。


「それにしても、これっていったい何を送ってくれたんだろう……?」


「いちおう内容証明書も一緒に送られてきているから、それを読めば中身はわかるけど……」とアイサはいったん言葉を区切ってからニヤリとする。


「でもやっぱり先に開けて中を見たいよね?」


「見たい見たい!」


 私の答えを聞いて「よしきた!」といたずらっぽくアイサが笑い、もう片方のお尻のポケットから白の封筒を取り出す。そして刻印されている朱色の封蠟ふうろうをペーパーナイフで切って開くと中から鈍色の鍵を取り出した。


 トテトテと遅れて厨房から出てきたルーリも合わせて、私たち3人はさっそくその宝箱を開けてみることにする。あしらいの綺麗なその宝箱の鍵穴にアイサが鍵を差し込んで横に回すと、それはカチリッと良い音を立てた。アイサが蓋を押し上げる。


「「「おぉ~!!!」」」

 

 一番に、その黄金の輝きが私を照らした。それは色々と敷き詰められている荷物の中で一際に私の目を惹いたのだ。


 ゆえに一瞬の瞬きもせぬ間に、私はシュパッと空を切る音を立ててその純金たる光を放つで満たされた瓶を取り出すと、食堂ホールの窓から差し込む陽の光に透かして見入る。


 ――瓶を通して金の光の揺らめきが、ホールの壁へと映る。


 ほぅっとため息が漏れたのは仕方がなかった。


「あぁ……これ――ごま油だぁ……っ!! しかも無焙煎のお高いヤツ……!!」


 瓶を満たす金色の液体の正体は、ヒヅキさんがこの宝箱へと詰めてくれたに違いない調理用のごま油だ。宝箱に目を落とせばごま油が入れられていた周囲のスペースには他にも調味料と思しき小瓶や袋が入っている。


「こっちは辣油らーゆ? こっちは花椒かしょうだね……! すごいすごい! 本格中華に挑戦できちゃうよ……!!」


 宝箱に入っているのは決して調味料や香辛料だけではなく、私が歓喜に打ち震えている横からルーリの無邪気な感動の声が聞こえる。


「甘そうなお菓子が……! いっぱい……!!」


 ルーリの視線が落ちる箇所へと目を向けて見れば色彩豊かなキャンディやグミなどが包装されて入っている。


「こっちはすごい逸品……! 黒皮の防具なんて、私触るの初めてだよ……!!」


 アイサの手にあったのは皮素材の胸当で、その他にも腰当や腕当などもあるようだ。


「それ、レミューさんが?」


「多分ね。内容証明を見てみる――うん、やっぱりそうみたい。『アイサさん、私の家で余らせていた冒険者用の防具を送りますわー!! もしお使いいただけるようであれば是非』ってメモ書きがあったよ。助かるなぁ!! 私、とてもじゃないけど防具一式を揃えるお金なんてなかったから……」


 心の芯から嬉しそうにアイサは表情を崩す。


「ねぇ、他の荷物については何か書かれてない?」


「えーっと……うん、書かれているね」と、アイサは頷く。


「まずお菓子についてもレミューさんからみたい。城下町で人気のお菓子屋さんのものだって。主にルーリに向けてだけど、『みんなでお楽しみくださいませ!』って。それと……うん? これはソフィア個人に向けてみたいだね」


 そう言ってアイサは編み込むように綺麗に折り畳まれて小さな長方形になった便箋を私に差し出す。そこには『ソフィアさんへ』と力強く達筆な字で書かれていて、芯の強さを感じさせるようなその雰囲気に私は誰からのものかを察した。


 便箋を広げて目を通して、やっぱりそうだったと頬が緩む。


「調味料と香辛料については、やっぱりヒヅキさんからだったよ。麻婆豆腐を始めとした中華料理のレシピも書いてくれているみたい」


 ローレフの観光時に料理談議で馬が合って、お互いの料理を教え合おうねという約束を交わしたことを思い出す。私の方からはすでにローレフ滞在の最終日にヒヅキさんへと基本的なカレーに関してのレシピを渡していたから、これはきっとそのお返しだろう。

 

 早く試してみたいなぁなんて思っていると、横から「あみゃ~~~い!! ひあわひぇ~~~!!」という間延びした声が聞こえる。


 見ればルーリがさっそく、レミューさんから送られたお菓子のうち、Uの字型に曲がった傘の柄状のスティックキャンディの包装を開けて口に突っ込んで、そのフニフニの頬っぺたの形を変えているところだった。


「もぉー、ルーリったら……」


 目を細めて幸せそうにしているのは見ていてとても可愛いのだが、しかし昨日のこともある。


「それ1つにするんだよ? 昨日みたいにご飯が食べれなくなったら、またロウネさんに叱られちゃうよ?」


「う、うぅっ……!!」


 私がそうやって釘を刺して気まずげに視線を逸らしたルーリの反応に、アイサは「なになに?」とおもしろがって首を突っ込む。


「そうそう聞いてよアイサ。昨日ルーリがね、パン屋さんで買ってきた菓子パンを3つも夕食前に食べちゃって――」


「ソ、ソフィア! ダメッ! 言っちゃダメー!!」


「お、おっと……!」


 ため息混じりに説明しようとした私の言葉を、ルーリが珍しく顔を真っ赤にして止めようと勢いよく私にヒシっとしがみついたので、私は少しよろけてしまう。普段は傾斜緩やかなまなじりをがんばって斜めに吊り上げ、む~っと口を横一文字よこいちもんじにして私を見上げるその顔は、『それ以上言ったら怒るよ』の表現なのだろうか、それでも素材が素材だからか私の目には非常に可愛く映ってしまう。


 自制が効かなかったことが恥ずかしいのか、それとも温和なロウネさんにちょっと厳しめに怒られたことが恥ずかしいのかわからないけど、でもまあ本人が嫌がる話ならやめておこう。


 しかしアイサはそのやり取りだけで昨晩に何が起こったのか大方理解してしまったようで、「ニシシっ」といたずらっぽく笑うのだった。

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