第23話 ロウネお悩み相談窓口 1 ~ソフィアの場合~
今日もここ、ゴートン食堂は1日大繁盛だった。その分ランチタイム後の後片付けは大変だけれど、でも私たちの提供する料理に舌鼓を打ってくれるお客さんたちの満足そうな顔をいっぱい見ることができるというのはとても幸せなことだ。
ソフィアちゃんがウチに来てくれてからというものの、家の中に活気が戻ったようで、食堂の売り上げも過去一番を維持し続けている。それまでとは一転した生活に「神様っているものなのね」と幸せを噛みしめながら、今日のお夕飯のお買い物に出ようと食堂のホール部へ降りた時だった。テーブル席に座って何か悩んでいるような素振りのソフィアちゃんの姿がそこにはあった。
「あらぁ、どうしたの?」
「あっ、ロウネさん」
ソフィアちゃんはパッと笑顔を咲かせた顔をこちらに向けてくれる。その元気いっぱいといった姿が今日もとても可愛らしい。
それはそれとして、いったいどうして、耳の裏にペンを挟んでいるのかしら?
「実は、今度の掃討戦の炊き出しでは給仕服としてこういうのが着たいなぁって思うデザインを描いてみたんだけど……」
そう言ってソフィアちゃんはピラリと机の上にあった紙を取って私へと見せてくれる。
「あら、とても可愛いと思うわぁ!」
そこに描かれていたのは普段この食堂で使っているようなエプロンとはだいぶ
「ありがとう。でも、私考えてみたら簡単なお裁縫しかしたことがなくて、こんなに複雑なもの作れそうにないなぁって気付いちゃって……」と、ソフィアちゃんは困ったような顔をしてしまう。
「あら、そのことで悩んでいたのねぇ?」
「うん……」
もう一度、その紙に描かれたイラストを見る。
(単なるエプロンなら一枚布を裁断して首掛けとリボンを縫い付けるだけで済むけど、袖付きとなると――)
「確かにちょっと難しくなるわねぇ」
「やっぱりそうだよね……」と、ソフィアちゃんはちょっと落ち込んだように顔を俯けてしまうけど、どうかそんな悲しそうにしないでほしい。
「大丈夫よぉ。私が教えてあげるわぁ。ソフィアちゃん、一緒に作りましょう?」
私はお裁縫についてはだいぶ達者であるという自信がある。昔はよく生地を買って家族に着せる服を作ったものだったのだ。
私の言葉に「いいのっ!?」とソフィアちゃんが目を輝かせて笑みを浮かべてくれる。やっぱり、これくらいの歳の女の子は笑顔が一番可愛いわぁ……。
「もちろんよぉ。今日の夜からコツコツ作っていきましょうねぇ?」
「うんっ、ありがとうっ!!」
満面の笑みを浮かべるソフィアちゃんの頭を柔らかく撫でると、くすぐったそうにして「えへへっ」と声を漏らす。
本当、とっても善い娘だわぁ。
血のつながった実の子ではないからこそ、いくらでも親馬鹿になれるのもまた幸せなものねぇ。
※△▼△▼△※
最近になって剥き出しの地面から石畳の地面へとその姿を変えた道を歩いて、私は1人で馴染みの生地屋さんへと足を運んだ。ソフィアちゃんは「ごめんロウネさん! 私良いこと思いついちゃった!」とのことで、生地選びは私に任せると厨房に飛んで行ってしまった。
5着のエプロンを作るのは少し時間が掛かるかもとの私の言葉の後に思いついたようにそう言ったから、きっと考えがあるのだと思うのだけど、いったい何かしら……。
「あら、ロウネさん。いらっしゃい」
入り口の扉より上の壁が蔓に覆われた遠目に緑一色に見えるその生地屋に一歩入ると、さっそくそう声が掛かる。
「お邪魔させてもらうわねぇ、ユーリアちゃん」
1回り年下の馴染みの店主と気兼ねない挨拶を交わすと、それからぐるりと店内を見て回った。
ここはこのセテニールの町では柄の種類が一番豊富なお店だから、お裁縫が趣味な私は度々訪れている。ただ自分や夫が着るもの以外を縫うのはとても久しぶりで、生地選びはいつにも増して力が入った。
「ソフィアちゃんは色にこだわりはないって言ってたけど……どうせならみんな色違いにしたいわねぇ……。こっちのピンク色のはソフィアちゃんに似合うかしらぁ……この薄紫はルーリちゃんにぴったりねぇ……」
生地を広げながら完成品を身に纏った2人の姿を思い浮かべると、自然と頬が緩む。
「あら……?」
お土産話としてソフィアちゃんにいっぱい聞かせてもらったレミューちゃんやヒヅキちゃんのイメージから色をイメージして彼女たちの分も選び終わった後、自分の持っている生地を見てつい声が出てしまった。意図したわけではないのにそれらはすべて花柄で統一されている。
「まったく、イヤだわぁ……」
いつまで経っても身についてしまった癖はなかなか抜けないらしい。少し昔のことを思い出して寂しくなった胸の内を追いやるようにして、私はそっと生地を元あった場所へと返し、再び選び始めた。
※△▼△▼△※
「ソフィアちゃん、それじゃあ私の部屋にいらっしゃい。エプロン作りを始めましょう?」
夕食の片付けも終わって、普段なら少し団らんをしてそれから「もう寝てしまおう」となる時間だったけれど、私はソフィアちゃんへとそう声をかける。
「うんっ! でもその前に、ちょっとここで待ってて」と、ソフィアちゃんはそう言い残すと慌ただしくパタパタと足音を立てて厨房へと走って行ってしまう。
「どうしたのかしらぁ……」
厨房に何か忘れ物でもしたのか、そう考えているとフワリと空気の流れに乗って何やらかぐわしい香りがリビングへと匂ってきた。そうしてしばらくするとソフィアちゃんはショットグラスほどに小さな白の器を手にして戻ってくる。
「お待たせっ! このカレースープを1口飲んでもらいたいんだ」
「あらぁ? カレー?」
そう言われ渡された器を覗き込めば具無しの赤みがかったスープが入っている。今日の夕食には出ていなかったものだけど、これはもしかしてと考えているとソフィアちゃんがニッコリとして口を開いた。
「今日ロウネさんが生地を買いに行ってくれている間に作ったんだ。手先が器用になる強化魔法をかけるスパイスを中心に作ったカレーなの」
私はなるほど、昼に何か思いついたような顔で厨房へと引っ込んでしまったのはそういうことだったのかと納得する。私の負担を考えてせっかく用意してくれたものだから、
「あらぁ、それはとっても便利な魔法ねぇ。いただくわぁ」と、そのスープを1口で口に含む。
途端にエスニックな香りが口内を満たし、頭の冴えるような刺激が鼻へと抜けていった。
「美味しいわぁ。それに、さっそく魔法にかけられたみたいよぉ」
身体が急に熱く、そして軽くなったかと思うと、次に手先の感覚が鋭敏になる。今ならその気になれば砂中に紛れた砂金でさえもこの手指で分けられるのではないかというほどだ。
ソフィアちゃんはもうすでに自分の分は厨房で飲んでからきたらしく、私が使った器を流しでお水に浸けると、それから私の部屋へと移動した。
「まずはルーリちゃんの分から作っていくわぁ。お手本を見せるわねぇ」
裁縫道具の準備を一通り終えて、ルーリちゃんをイメージして買った薄紫色の小さな星をあしらった柄の生地を手前に用意する。
「はい! よろしくお願いします!」
「ふふっ、生徒さんみたいねぇ。それじゃあまずは生地に線を引いていくわぁ」
あらかじめ準備をしておいたソフィアちゃんがデザインした通りの型紙を生地の上に乗せて、そしてその形に合わせて線が引けるように手にした布用ペンを生地へと押しつける。
――その時だった。
シュパァンっ! と光が奔ったかと思うと、手前の生地の上にはすでに服の形をした線が綺麗に引かれていた。
「あ、あらぁ……?」
隣のソフィアちゃんも驚いたように口を開けて生地を見下ろしている。
「い、一応ロウネさんの動きは目で追えたけど、まさかあの
私にもその瞬く間の光景の中で、私の持った布用ペンが型紙に沿って線を引いていく様を見ることができていた。きっと動体視力もカレーによって強化されているに違いない。
それからも裁ちばさみを握ったなら一瞬で生地からは線で描かれた形にシャキシャキシャキーンッ!と切り抜かれ、針を摘まめばシュババババァッ!と高速で縫い合わせることができてしまう。
(あらぁ……困ったわぁ……)
1つずつ作業工程を説明していくつもりだったのに、気がつけばソフィアちゃんがイラストに描いていた通りの袖付きエプロンの完成品が目の前にできてしまっていた。
「す、すごい……! ロウネさんの元々持ってる技術と強化魔法が合わさると、まさに魔法のように簡単にできちゃった……!」
「そうねぇ……とっても便利だったけど、ソフィアちゃんは今ので作り方がわかったかしらぁ……?」
「う、うーん……」
瞬く間に終わってしまったのだからわからないのも仕方ないだろうと思い、私は次の生地を用意するとソフィアちゃんの横に座って「はい」とそれを渡す。
「私が横で教えてあげるから、今度はソフィアちゃんが手を動かしてみましょう?」
「う、うん……!」と、少し緊張気味にソフィアちゃんは頷いて、私が最初にやったように型紙の上から生地へと線を引き始めた。
そうしてソフィアちゃんが始めた作業は、同じカレーを食べているから1つ1つの動作は早いものの、慣れていない分ところどころ苦戦してしまう。つまずきそうになる部分で私は時折口を出して、ソフィアちゃんはそれに頷いて真剣な表情で生地へと向き合う。
「えーっと……ここはこうして、それから――」とソフィアちゃんは私が教えたことを言葉にして繰り返す。
額に小さな汗の粒を浮かべるほどに一生懸命なその姿を見ながら心へ湧き上がる懐かしさに、私は自分の頬が柔らかに緩むのがわかる。
「…………」
「……ロウネさん? どうしたの?」
「……いいえ、何でもないのよぉ」
こうして夜が更ける前までには5着の袖付きエプロン(ソフィアちゃんの元々住んでいた国の『かっぽうぎ』? というエプロンらしい)が出来上がり、ソフィアちゃんはニコニコ顔で「ありがとう」と「おやすみ」の言葉を口にして部屋を後にした。
それに手を振って応えると、私は机の引き出しからノートを取り出す。今日で続けてどれくらいになるだろう、それすらも憶えていないほどに日課とかした日記をつける。新しいページの日付を埋めて、それから今日の出来事を書き出していく。
「――『お裁縫を教えてあげた。ソフィアちゃんは最初少しだけ手間取ったけれど、とても可愛いエプロンを作ることができていた。がんばる姿を見ていると、とても懐かしい気持ちになる』っと……あらぁ?」
日記に記した文字が、ポタリと落ちた1粒の雫に濡れて滲んだ。
「イヤだわぁ……」
その懐かしさは私をとても嬉しい気持ちにさせてくれた、そこに嘘はない。それでも未だに寂しさは消えていないのだと、目からこぼれる思い出の欠片が心の奥底にしまった気持ちを映して私に見せるのだった。
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