第30話 月の出る夜、草原にて
――月光が明るく照らす穏やかな夜の草原に、一陣の風が吹き抜けた。
それを合図とするように、私は1点に集中させていた意識を外側へと解き放つ。
私の腰元から抜き出たソレは遥か上空の丸い月を縦二つに割るように跳ね上がり、ヒュパンッ! と宙を断つ音が虚空へと響く。
風が周囲の草花を巻き上げる。その中心にただ1人、私だけを残して。
剣を振り抜いた姿勢のまま、スゥーッと止めていた息を吐きだす。私はしばし達成感へとその身を浸した。
――完成した。私の全てを背負わせたその一振りは、確かに風をも切り裂いた。
「いつつっ……」
腕の筋肉がビシビシッ! と嫌な音を立て、鈍い痛みが後から続いた。
「完成させたのはいいとしても、この
剣を鞘に仕舞って肩を回しながらボヤく。
ローレフの街から帰って今日この日まで、休むことなく練習していたのは自身の強さや経験には見合わないほどの強力な技だった。マラバリたちとの一戦で習得した
――名付けて<居合・風斬り>。
しかし自身の身体の限界を超えるその一撃は、無視できないリバウンドを伴うもののようだった。
「なかなか上手い具合にはいかないね……」
筋肉痛のような症状が剣を握った腕、腹筋、背中に表れている。
もしもこの大技を使わなくてはならない相手に直面し、そしてその攻撃だけで倒せなかったなら、その後は身体機能が制限された状態での戦いを余儀なくされてしまうだろう。
今回の掃討戦においてはソフィアのカレーによって付与される強化魔法、<
「う~む……あまり想像したくないなぁ」
それからまたしばらくどうにかならないものかなと考え事に意識を傾けていたが、ふいに頼まれごとを思い出して、ズボンのポケットに手を入れると私はソレを取り出した。
「そうだった。ソフィアにもらったこの完成品のテストをしなきゃいけないんだった」
使う前に手のひらに載るソレをグッと握りしめ、私は空を見上げて様々なことへと思いを馳せた。
今でもソフィアは日夜カレーの改良に取り組んでいる。ルーリもそのお手伝いとして活躍しているみたいだ。またレミューさんたちも手紙によれば炊き出し班の調整などであちこちを奔走して、毎日が忙しいようだった。
「みんな自分にやれることを精一杯やってる。私だって、きっと」
この数週間で一層硬くなった手のひらを確かめるようにもう一度ギュッと握り締めて、私は月に向かって拳を掲げる。
「さていっちょ、やってやりますか!!」
大規模魔獣掃討戦への出立は明後日。私の背中を押して風が吹き抜ける。
――燃えるような赤毛と瞳をたたえた初等冒険者、アイサ・ゼーベルグの戦いは、もうすぐそこへと迫っていた。
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