第25話 ロウネお悩み相談窓口 3 ~ルーリの場合~
夕刻、陽射しが傾き赤みの差した我が家の扉を開くと、フラフラと幽霊のようにおぼろげな気配をまとったルーリちゃんが不確かな足取りでホールの清掃を行っていた。
「あらぁ、どうしたの?」
「……ロウネ、さん」
ルーリちゃんは私を認めると、ユラユラとこちらへと歩いてくる。その顔はいつにも増して蒼白く、何かただ事ではないことが起こっているのではないかと私は心配になってしまい、私はルーリちゃんの小さな肩に手を乗せて、そして顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 具合悪いのかしらぁ……?」
その問いかけに、ルーリちゃんはプルプルと顔を横に振る。手をそのおでこに当ててみるも熱はないようだ。
「とにかく今は厨房から離れていたくて……」
「厨房から? どうして……?」
虚ろな目を足元に落とすルーリちゃんを不思議に思って首を傾げた時、まさにその厨房から「ルーリ~!」と元気な声が聞こえてくる。ルーリちゃんはそれを聞くなりビクッと身体を震わせて冷や汗を流し始めた。
「ルーリ~? 次のカレーができたよぉっ!!」
反応がないことをおかしく思ってか、その声の主――ソフィアちゃんが厨房からヒョコッと顔を出す。
「あれ? ロウネさん、おかえりなさい!」
料理をホールスタッフへと渡すために使っているそこからはホール全体を見渡すこともできるので、ソフィアちゃんはすぐに私を見止めて笑顔を咲かせる。そして「あっ!」と、私の陰に隠れるようにして立っているルーリちゃんのことも見つけると、
「ルーリ、カレーできたよ? 食べよう?」
「う、うん……うーん…………」
厨房への誘いにルーリちゃんはなんだか頷くような、あるいは考え込むような様子で渋る。
「どうかしたのかしらぁ……?」
あまりにもいつもと違うその姿に、私はルーリちゃんの耳元へと顔を寄せて小声で尋ねる。するとルーリちゃんはものすごく困ったような顔をして「飽きた……」とポツリ、私へと聞こえる程度に小さくひと言こぼした。
「飽きたって……カレーに?」
ルーリちゃんはコクリと頷き、その銀の髪が揺れる。
「もうずっとカレーばっかりで……今、もう口が受け付けない……」と、げんなりした口調でそう続ける。
確かにここしばらくカレーの研究だとかなんとかで、食堂のランチタイム終わりにソフィアちゃんはカレーを作り続けていた。しかしまさかこんなに顔が
ルーリちゃんはもはや足元不確かで見るからに体調が悪そうだけど、この様子じゃソフィアちゃんも危ないんじゃないかしらと、そう思ってカウンターに立つその姿を見る――
「今回はなんとクミン抜きで作ったんだよ~? その代わりタマネギとフェンネルを極限まで炒めてシチューっぽい深い甘みのあるコクを出してみたの! 今までのカレーとはかなりギャップのある味になったと思うな。この世界にココアパウダーがあればもっと私のイメージに近いカレーになったんだけどなぁ……無いならしょうがないもんね。でも一応コーヒーと砂糖を少量足してそれっぽくする努力はしたの。総合的に見てこれはこれで美味しいカレーになったかな。味の感想ドシドシちょうだい! あ、それと新しくアジョワンも入れてみたから魔法効果も見てね!」
――が、そこにいるのは血色良く早口で何かを身振り手振り込みで話す14歳の少女。どしゃ降りの雨だってこれほどの勢いはないだろうというくらい一瞬のうち言葉を連ね降らせて、どこからどう見たって元気いっぱいの様相だ。
カレーについて語る目その目は
「それでね、もう1つのカレーはマスタードシードを中心にした――」
「ちょ、ちょっと待ってソフィアちゃん……!」
私はなおもカレーの解説を続けようとするソフィアちゃんを遮り、
「そ、そろそろ休日を挟んだほうがいいんじゃないかしらぁ……?」
「え? 休日……?」
「そうよぉ。毎日カレーを食べてばかりでは、ソフィアちゃんは大丈夫かもしれないけど、ルーリちゃんは大変よぉ? ホラ、見て……?」
そう言って私は自分の腰辺りを掴んで彫像のように固まってしまっているルーリちゃんを正面に回してきて、そして続ける。
「こんなに蒼褪めて、それに小刻みに震えちゃって……これまでにカレーを食べすぎてしまって、もうお腹に入らないんですって」
「えぇっ!? ま、まだ10日目くらいなのに……!?」
「ま、毎日同じものを10日って、だいぶよぉ……? ソフィアちゃんは大丈夫だったのかもしれないけど、ルーリちゃんはもう限界。もう今日は終わりにしましょう?」
「し、しょうがないよね……食べられないんじゃ」
「続きはまたあし……いえ明後日にしなさいなぁ。せっかくだし丸1日カレーから離れてみるのもいいでしょう?」
「え、えぇっ!?!?」
しょんぼりと肩を落としていたソフィアちゃんは、私の言葉にホールに響くほどの大きな声で驚いて、
「い、いったいどうして……!」と絶望したような頼りなさげな眼差しを向けてくる。
たった1日でもカレー作りから離れるのが辛いのかしら……
「半日でルーリちゃんが回復するかはわからないでしょう? ソフィアちゃんはお姉ちゃんなんだから、ちゃんとルーリちゃんの体調にも気をつけなきゃダメよぉ?」
「――ハっ!?!? お、おね――!?!?」
瞬間、その言葉にソフィアちゃんは弾かれたような反応を示す。それは背後に落雷でも落ちたのかと思えるほどの反射的なものだった。
ソフィアちゃんはそれから勢いよくカウンターから厨房に引っ込んで、ホールへとつながる扉をあけ放つと「ルーリぃぃいぃっ!!!」と未だに顔に蒼さの残る銀髪のその少女へと飛びついて抱き寄せた。
「ごめんねぇっ!! お姉ちゃん、ルーリが具合悪いの気づかなくて……ちょっとカレーのことに一生懸命になり過ぎちゃってたみたい……!!」
「むぐぅ! うみゅぅっ! ソフィア、苦しぃ……!」
ホクホクした顔でルーリに頬ずりするソフィアちゃんの腕の中で、ルーリちゃんが少し悲鳴を上げていたけれど、しかしどうやら問題は解消したようで何よりだ。
(さて、それじゃあ明日はせっかくだからパン食にして、お夕食にはクリームシチューでも作ろうかしらぁ)
カレーが食卓に並ぶようになってからは作ることの少なくなったクリームシチューは私の得意料理の1つでもあったので、久々に腕を振るうのはいいアイディアに思える。鼻歌まじりに献立を考えながら、私は未だじゃれ合う2人はそのままにして生活部のリビングへと向かった。
――こうやって私がソフィアちゃんとの間に入ることで万事解決、といけばよかったのだけど。
残念なことに、その私が翌日の夕食へと3つの菓子パンでお腹を膨らませて来てしまったルーリちゃんを叱る羽目になるとはこの時予想できるはずもない……
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