第19話 1日3食カレー日和 2 ~カレー禁止!~
陽射しが色を持つように明るい晴れた昼の候、ランチタイムの終わった私たちは今日も今日とて厨房で――はなく、最近舗装された真新しい石畳の敷かれた民家の間の細道を歩いていた。
「~~~♪」
ルーリが近頃見る限りでは飛び抜けて元気そうに腕を振って、ちょっとスキップなんかもしながらご機嫌に先頭を行く。そのまましばらく道なりに歩いていると、フワリと甘くて香ばしいような匂いが緩やかな風に乗って流れてきた。
「もうすぐだよ。ルーリは何を買うかもう決めてるの?」
「決めてないけど、甘いのがいい……! フルーツとかクリームとかいっぱいのやつ……!」
私の問いかけに答えるルーリは、目をキラキラと輝かせて素敵な想像を広げているようで、無表情ながらも忙しなく動くその身体が全身でウキウキ感を表現していた。そうして次第に目当てのその家――レンガ造りの赤い屋根をしているのが特徴のパン屋さんが見えてくる。
『ソフィアちゃん、研究熱心なのはいいことなんだけどねぇ、さすがにルーリちゃんも参っているみたいだから、今日のカレー研究はお休みにしましょう?』
それは忙しいランチタイムが終わった後のこと、ロウネさんにそう提案されたのがことの始まりだった。
その腰へはグッタリとした様子でルーリが掴まって立っていた。ロウネさんが言うところによると、どうやら連日のカレー研究に付き合わせていたことで、ルーリはカレーに飽きてしまったらしい。
そういえば最近ルーリの肌が蒼ざめる瞬間が多いなぁとは思っていたものの……まさか原因がカレーだったとは。これは由々しき事態だ。魔法効果の研究が進まなければ掃討戦で使用するのに最適なスパイスの選定ができなくなってしまうのだから。
(でも、無理させるのもよくないよね……)
この研究を機にカレーノイローゼにでもなられては困ってしまうし、何より私はカレーで人を不幸にしたいわけじゃない。むしろ幸福にしたいのだ。
――そうしてロウネさんに諭される形で今日1日は『カレー禁止』となったわけだ。
『それで研究がお休みになったところで悪いのだけど、お遣いを頼んでもいいかしらぁ? 今日のお夕飯はパンにしようと思っているの』
そう言って多めに硬貨を渡された私たちは、ゴートン一家馴染みのパン屋さんへと出かけることになったのだ。夕食で食べるバケットとは別に自分たちの好きなパンも買っていいと言わたことでルーリの生気が復活し、「早く早く!」と目を輝かせて急かすルーリに手を引かれて私は外に連れ出されたのだった。
おとぎ話の絵本に出てくるような丸みがかって可愛いデザインの木造ドアを引くと、チリンチリンと軽やかなベルの音が鳴る。
「いらっしゃい――あら! ゴートンさんのところの子たちじゃないの~!」
「こんにちは!」
「……こんにちは」
カウンターの席で肘をついていたこのパン屋の奥さん――キャメルさんは、私たちの姿を見留めるとパァ~っと花を咲かせたような笑顔を浮かべて声を掛けてくれる。
「2人揃ってなんて珍しいわねぇ? 今日は何を買いに来たんだい?」
「夕食で食べるバケットと、あとは私たちも1人ずつ何かオヤツで食べれそうなパンを買おうかなと思ってます」
「そうかいそうかい。まぁゆっくりと見ていきなさい、見ての通りこの時間帯は他にお客もいないしね」
時刻は15時過ぎ、朝でもなければお昼も過ぎているから、確かにパン屋に訪れるには中途半端な時間帯だ。そう言ってくれるならばと私とルーリは遠慮なく、それぞれ2人に分かれてフラフラと色々なパンを見て回ることにする。特にルーリはパン屋に訪れるのは初めてだということだったから、ことさらに楽し気な様子だ。
しばらく悩んだ後、私はこのチョコマーブルツイストにすることに決めた。クリームパンのシンプルで舌に残る甘さも捨てがたかったが、しかし今の私はちょっとビターな甘さを求めていたのだ。
「ルーリ、決まった?」
「う、うーん……これと、これと、これも……!」と、ルーリは次々にパンを指差した。
「え、えぇ……!? 3つも……!?」
しかもルーリが指を差したのはどれもチョコレートやクリームがたっぷりと詰まっていて甘くて美味しそうなパン。
「そんなにいっぱい食べたらご飯が食べられなくなっちゃうよ?」
「ガ、ガマンするから……1つ以外はご飯の後に食べるから……」
ルーリが懇願するような上目遣いで私を見る。
「ソフィア……ダメ……?」、ウルウルとした瞳がこちらを向いた。
――う~~~~~~~~~~ん……っ!!
小首を傾げるルーリのその姿は超絶キュートである。私は腕組みをして目を瞑り、大いに悩んでしまう。
(ここで甘やかすのはなぁ……でも食べないって言ってるし、それにパン屋さんに来るのは今日が初めてだって言ってるから……)
チラッと片目を開けてルーリの様子を見てみれば、ルーリは未だお願いの恰好のままで瞳を揺らしこちらを見上げているではないか!
「……はぁ……しょうがないなぁ。ちゃんとご飯の後に食べるんだよ?」
「――うんっ! ありがとうソフィア! 大好きっ!」
私の答えを聞くやいなやルーリは表情をパァッと明るいものに変えたかと思うと、ギュゥッと抱きついてくる。
「ふぐぅ……っ!!」
可愛さ、クリーンヒット。ハートの矢を胸に感じる。きっとそれは垂直に突き立っている。ルーリが私から離れて嬉々としてパンをトレイの上に載せていっている間、私は胸を押さえて幸せな苦しみの余韻へと浸るのだった。
「それじゃあお会計は5点で1600メギルね」
「はーい」
ロウネさんから頼まれたバケットと私の選んだパンを合わせてのその値段は、ロウネさんから持たされていた2000メギルであれば充分に間に合うものだった。
「ここに来たのは初めてだったねぇ?」と、私がポーチからお金を出すのを待つ間、キャメルさんがそう言ってルーリへと微笑んだ。
「いっぱい買ってくれたみたいだけど、ここは気に入ったかい?」
「……う、うん。とっても甘い匂いがして好き……」
ルーリは照れたように下を向くと、おずおずとそう返した。そんな反応がツボだったのか、キャメルさんは一層笑みを強くして機嫌も良さそうに続ける。
「そうかいそうかい! 甘いかい、それは良かったよ!」
「どうしてこんなに甘い匂いがするの? お菓子の匂い?」
「これはバターの匂いさ。小麦粉にバターを入れて練るとこんな感じに甘い風味が立つんだよ」
「へー、バター……こんなに甘い匂いになるんだ……」
お金を出し終わってパンの入った紙袋を受け取ると、私も鼻から深く空気を吸い込んでみる。
「私もこの匂いは好きだなぁ……。なんだか懐かしい感じがするから……」
「懐かしい……?」
不思議そうに訊くルーリへと私は「うん」と頷いて返す。
「私が前に住んでたところでは小麦もよく使われてたし、学校の給食とかでも――――あっ!」
この懐かしさによって、私の頭の中でピンと閃くものがあった。
「ソフィア、どうしたの?」
「うん、ちょっとね」
ルーリにそれだけ言うと、私はキャメルさんへと向き直る。
「あの、キャメルさん――小麦粉ってこちらで買うことはできますか?」
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