第17話 またね!!
「――ふんふふんふふーん♪」
初依頼を達成してご機嫌なアイサは、報酬のメギル硬貨の入った小さな布袋を握って足取り軽やかに歩いている。
今は冒険者組合に達成報告とフライング・キャットを預けに行って、取り戻したカバンをアミちゃんに渡した帰りだ。
『おねえちゃんたち、ありがとー!!』
カバンを受け取ってそう言ったアミちゃんは、満面の笑顔だった。
ご両親にも何度もお礼を言ってもらえて、謝礼にと色々渡されそうになったものはレミューさんが「ラングロッシェの一族として当然のことをしたまでですわっ!」とやんわり(?)と遠慮した。
そして今はアイサお待ちかね、ちょっと遅めのお昼ご飯に向かう途中だ。
「でも、本当にいいんですの? せっかく初めての依頼達成報酬なのに、そのお金でお昼ご飯なんてもったいないんじゃありません……?」
レミューさんが先頭を行くアイサにおずおずと尋ねるも、アイサは「いいのいいの!」と言って譲らない。
「だって私1人じゃなくてみんなで達成したものなんだもん。だからパーッとみんなで使った方が私も気分が良いんだよ!」
「まぁアイサもそう言っていることだし、今回はごちそうになろうよレミューさん」
「そうですの……? それじゃあお言葉に甘えさせていただきますわ」
私の後押しもあり、レミューさんはそう言うとアイサの隣に並んで「こっちですわー!」とお店へと先導し始めた。
「わたくしたちも久々のフィッシュアンドチップス、楽しみですのー!」
そうして再びみんなで話に花を咲かせながらレミューさんオススメのそのお店へと向かって歩いて行く。
私も前の世界で食べたことがあると言ってもたったの一度切りだし、こっちの世界に来てから初めてのジャンクフードということもあってかなり楽しみだ。
それにしても今は15時を少し回ったところ、ここで食べちゃって今日の夕食がお腹に入るかなぁ……
そんな心配をした時だった。
「――あぁっ!!」
唐突に思い至ったそのことに、私はつい大きな声を上げてしまう。
「び、びっくりするなぁ……。急にどうしたのさ、ソフィア」
驚きこちらを振り向いてそう訊ねるアイサへ、私は恐らく青白くなっているだろう顔を向けて答える。
「忘れてた、完全に忘れてたよ……」
「へ? えっと、何を……?」
「――私たち、今日泊まる場所決めてないよね……」
「……あぁっ!!!」
昨日の夜から今日のこの時にかけて、レミューさんたちを含めてずっとワイワイと賑やかにしていたから、すっかりと今日泊まる場所を探さなくてはいけないという事を忘れてしまっていたのだ。
「というか、荷物もそのまま『黄金鹿』の宿に置いてきてるし、すっごい迷惑なことをしてるんじゃ……!!」
捨てられるようなことはないと思うけど、とにかく超有名な宿屋なんだから、勝手に荷物が置かれていて1室使えないだけでも相当な不利益になるに違いない。
「とにかく、私たち3人は1回宿に戻らないと――」
焦る気持ちを抑えつつ、そう口にしかけた時。
「――あー、あー……聞こえますの? クリスファン?」
何やら道具を耳に当てて、そこへ向けてレミューさんが何やら1人で話していた。
「部屋番号208に置き忘れの荷物があったと思いますが、えぇはい。それですわ。全部わたくしたちの部屋に移動させておいていただけます?」
「うぇっ? レ、レミューさん、何を……?」
「えぇ、はい。ありがとうございますわ。よろしくお願いしますの――これでよしっと」
そうして持っていた薄い板のような道具を折り目に沿って2つ折りにすると、レミューさんは私へとウィンクを投げた。
「荷物の方は大丈夫ですわ! あと今夜もあの宿で別にいいですわよね? もちろんお金はとりませんの」
「え、えぇっ!?」
「食事についても今、フロントに言っておきましたからちゃんと用意してくれるでしょう。これでもう今日泊まる場所は気にしなくて大丈夫ですわっ!!」
どうやらレミューさんが使用していた道具は前の世界でいうところの携帯電話のようなものらしく、それで『黄金鹿の葡萄庭園』の宿の人に、私たちが追加でもう1泊するという話を付けてくれたらしい。
ただ……
「でも……そんなの、なんか悪いよ……!」
友達の家柄に甘えて抜け道を使うような気分に私は少し後ろめたさを感じてしまい、レミューさんへとそう言ったが、しかしレミューさんは軽くかぶりを振ってそれに応える。
「遠慮することありませんわ。わたくしにしてみれば自分の家に友達を泊めるようなものですから。それにそんなことを言い始めたらヒヅキを泊めるのだって悪いことになってえしまいますし」
視線を向けられたヒヅキさんは苦笑いでそれに応えると、レミューさんの言葉を継いで口を開く。
「どうしても気が引けるなら……そうだな、これからご馳走になるフィッシュアンドチップスに対してのレミューからのお礼だとでも思えばいいんじゃないかな?」
「そうですわね、それが良いですわっ!!」
その案にレミューさんは手を打って賛同して「ねぇっ?」とこちらを向く。
私としてはまだ気が引ける所もあったけど、2人の真っ直ぐな善意なんだからありがたく受け取るのがいいんじゃないかなと思い直して頷いた。
「そういうことなら……お言葉に甘えさせてもらうね。ありがとう、レミューさん、ヒヅキさん」
微笑み返してくれた2人に、私もにっこりと笑顔で返す。
「――じゃあ、今日も『黄金鹿の葡萄庭園』に1泊ってこと? いやったぁーっ!!」
そうと決まるなりアイサは飛び跳ねて喜び、ルーリもルーリで「あそこのプリン美味しかった……今日も食べる……!」と目をキラキラさせている。
「さぁ、それじゃあ泊まる場所の問題も解決できたことですし、お昼ご飯を食べて観光の続きをいたしましょう!!」
それから私たち5人はローレフ名物のフィッシュアンドチップスに舌鼓を打って名所めぐりを再開して、ローレフをあちこちを歩き回って堪能した。
夜は再び『黄金鹿の葡萄庭園』に泊まることができて、初日ほどではないにせよアイサはすごくはしゃいでいたし、私やルーリも今度はレミューさん達と同じ部屋でお泊まりということもあって、いつもより遅い時間までお喋りを楽しんだ。
翌日、セテニール行きの乗合馬車のところまで来ていよいよレミューさん達ともしばらくのお別れとなると、出会ってまだたったの3日なのに、濃密な時間を一緒に過ごせたからかとても寂しい気持ちになってしまう。
「きっとまたすぐに会えると思うけど、それまではさよならだね……」
「そうですわね。準備などで色々とやり取りさせていただくことは多いと思いますが、次にちゃんとお会いできるのは掃討戦当日になると思いますの。ちょっと寂しいですわー……」
レミューさんも心なしかいつもの元気はない。
私たちとの別れに少ししょんぼりとしてくれているのかと思うと、じんわりと心が温かくなる。
「でも1か月なんてきっとすぐだよ。私もそれまでにはソフィアさんのカレー作りの役に立てるように、調理の腕を上げておくから! 基本的なレシピももらったことだしね」
ヒヅキさんは努めて明るくそう言うと、ピラッと私が昨日のうちに渡しておいたメモを指に挟んで見せる。
「うん! 頼りにさせてもらうからね、ヒヅキさん! また掃討戦で!」
そう言ってギュッと握手を交わし、次にレミューさんの手も取った。
「レミューさんも」
「……はい! 私もその日を楽しみに――というのは遊びの場ではない以上、少し不謹慎かもしれませんが、それでもまたソフィアさんたちとお会いして、今度は肩を並べてお料理ができる日を心待ちにしていますわ!」
「私もだよ! この3日間、本当にありがとうね。レミューさん達のおかげですごく楽しい旅行になったよ!」
私の言葉に、レミューさんは最後にとても明るい笑顔を見せてくれた。
それからアイサやルーリたちもレミューさんたちへの挨拶を済ませ、行きで乗ってきたのと同じ形の馬車に乗り込むと、すぐに馬は動き始めた。
ルーリは荷物を置くなりすぐに窓を開けて顔を覗かせると、馬車の後ろに向かってヒラヒラと手を振っている。
私も同じように外を見れば、レミューさんとヒヅキさんが大きく手を振って見送ってくれていた。
「――またね!! またすぐに会おうね!!」
だんだんと小さくなっていく2人へと応えるように、私も大きく手を振った。
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