第16話 ネコ捕獲作戦

 昼下がりの公園には子供たちの遊ぶ声が響いてとても賑やかだった。


 豊富な遊具は前の世界とそれほど変わらない形をしていて、ブランコやら滑り台やらとても懐かしい気持ちになるものばかりで、昔の思い出に浸って少し見て回りたい気分になってしまう。


 ただそうは考えてもここに来たのは遊ぶのが目的なわけではない。


 私とアイサとヒヅキさんの3人は公園の入り口近くで空を見上げて待機しているところだった。


 事前の打ち合わせ通りであれば合図が上がるのはそろそろのハズだ。


「ホントに上手くいくかなぁ……?」


 はとても大雑把なものだったから、ちょっと不安になって隣にいるヒヅキさんに話を振ると、こちらも首を捻って返事に困った様子を見せる。

 

「大丈夫だってば。私とレミューさんの『作戦』を信じなって!」


 そうは言われても、レミューさんはともかくとして、アイサは敵地に1人で突っ込んで行ったり平気で無謀なことをするような短気なところがあるからちょっと心配だ。

 

 そんなことを考えていると「うーん……」と隣からヒヅキさんの唸るような声が聞こえる。


「うーん……アイサさんはともかくとして、レミューのやつは結構いい加減なところがあるから、できそうにないことにも平気で『できますわっ!』とか言っちゃうし……」


 ――ん? あれ? もしかしてヒヅキさん、私がアイサに対して考えていたのと同じようなことをレミューさんに対して思ってる……?


 ……どうしよう、ダメかもしれないな? コレ。


 不安が先ほどよりもよっぽど大きくなったところだったが、そんな時空にスッと黄色い空気の球のようなものが上がったのが見える。


「合図だ……! ルーリが始めたみたいだね……!」


 始まってしまったからにはとにかくやってみるしかない。


 私たち3人は顔を見合わせて1つ頷くと、それぞれ作戦にある通りの準備に入るのだった。




※△▼△▼△※




 公園までの距離500メートルほどの位置にある、周りと比較すると頭1つ抜き出て高い建物のてっぺんに私は座っていた。


 アイサが依頼を受けて冒険者組合の窓口で教えてもらった情報によれば、もうそろそろな時間帯。


 ――果たしてそれはピッタリと言っていいほど正確な情報だった。


「にゃぁ~~~ん」


 何度聞いても身体の力が抜けるような気のする可愛い鳴き声の持ち主が、この建物からは少し離れた場所へと羽ばたいて現れたのだ。


 アミちゃんが盗られたと言っていた通りの可愛いピンクの柄の肩掛けカバンが、その魔獣の身体へ斜めにして下げられていた。


 打ち合わせ通り、私はソフィアから持たされた『ターメリック』の小袋を手のひらに乗せて、真上に向かって魔法を発動させる。


「――<風球エア・ボール Lv3サーディ>」


 そこそこの威力のあるそれは小袋を乗せて打ち上って、渦巻いた風の塊の中で小袋が弾けて黄色い粉が舞った。


「合図、終わり」


 これからは少し胸が痛むけど、あのネコを追い込まなきゃいけない。


「――<空中移動スカイ・ムーブ Lv2セカンダリ>」


 私は魔法を発動すると建物の屋上から空中に向けて勢いよく飛び出した。


 そして空中をギュゥッと踏みしめて、ネコの元へと全速力で駆けていく。


「にゃぁ~~~ん!?」


 しかし、走り寄る私に気付いたネコは、即座にその身を翻して私から距離を取ってしまった。


 そのスピードは私よりも早く、そして3次元の動きに慣れたものであり、このまま1対1で追いかけっこをしても勝てそうにない。


「やっぱり……ダメだった……」

 

 私1人で捕まえられればそれでお終いだったのに、残念だけど仕方がない。


 ――作戦通りに事を進めよう。


「――<三頭の蛇旋風ナーガ・デ・トルナドス Lv3サーディ>」


 魔法を発動するとともに、私の周りに風が逆巻いて3本の小さな竜巻が出来上がり、それがネコの逃げる先に向かって飛んでいく。


「にゃぁ~~~んっ!?」


 進行方向の退路が塞がれたネコは竜巻が通っていない下に向かって進路を変えて、とにかく私から離れようと翼を羽ばたかせた。


 私は時折同じようにして竜巻を飛ばしてネコの行く手を制限しながら、少しずつ打ち合わせで聞いた場所へとネコを誘導していく。


「にゃぁ~~~ん!」


 ネコは頭上で逆巻く竜巻から逃れようと次第に高度を落としていき、建物の合間を潜るようにして飛行を続け、とうとうある1つの路地へと逃れていった。


「これでお終い――<爆風エクスプロード・エア Lv1プライマル>」




※△▼△▼△※




「ねぇ~みんな! これ知ってる~!?」


 そうやって私が声をかけてから、振り向いた子供たちの目が輝くのはすぐのことだった。


「「「シャボン玉だぁ~~~っ!!」」」


 公園の奥側に置かれた小さめのビニールプールから無限に立ち昇るシャボン玉に引き寄せられて、遊んでいた子供たちが一挙にして集まってくる。


「すごぉ~い!」「なんでぇ~!?」「いっぱいだ~!!」「きれいっ!」


 シャボン玉を発生させる仕組みは簡単で、この世界ならではの魔力で動くバス用品『ジェットメイカー』をビニールプールの底で起動させているのだ。


 本来の用途としてはお風呂で腰に当てるなどしてマッサージをするためのものではあるが、シャボン液につければその泡立ちで瞬く間に辺り一面はシャボン玉で満たされる。


 空中に漂うそのシャボン玉に見惚れたり割ったりして楽しむ子供たちへ、横からスッと棒のようなものが差し出された。


「ほら、これを使えばみんなもシャボン玉が作れるよ」


 ヒヅキさんは集まった子供1人1人に対して先端に丸い輪っかの付いたシャボン玉キットを配っていく。


「液はみんなの分がないから、ビニールプールの横に置いてあるバケツの中のものを使ってね」


 それから公園を見渡すと、こちらを遠目にチラチラと見るものの恥ずかしがって来れない子供たちにも同じものを優しく手渡してビニールプールの側へと連れて来てくれる。


 しばらくするとみんな仲良く楽し気にシャボン玉を掛け合ったりして遊び始め、もはや公園の入り口近くに向かおうとする子供は1人もいない。


 上手いこと公園内全ての子供たちの気を引くことができて、私とヒヅキさんは顔を見合わせて1つ頷く。




※△▼△▼△※




「――<爆風エクスプロード・エア Lv1プライマル>」


 その声が聞こえて、ルーリさんが作戦通りに事を運べたのだと確信すると、私は頭上に手をかざして拙い魔力を編んでイメージを膨らませた。


 大丈夫ですわ、わたくしならきっとできますのよっ!


「――<泡盾バブル・シールド Lv1プライマル>ッ!!」


 緊張の一瞬、どうにかイメージ通りに魔法は発現して、路地の幅いっぱいに垂れ幕のように薄い泡が広がる。


「やりましたわっ! 成功ですのっ!」


「ふにゃぁ~~~んっ!?」


 そこへ身体を叩くような風圧と共にバランスを崩してくるくると回転しながらやってきたターゲット――フライング・キャットが勢いよく突っ込んできて泡にぶつかった。


 びよーんと伸びる泡はフライング・キャットが前に飛んでいくのに合わせて形を変えて、そして最後はフワッと丸くその身体を包み込む。


「にゃん……?」


 その泡の中、やっとのことで体勢を立て直したフライング・キャットが泡の中で翼を動かすも、空気を掻けずに泡は一直線にしか飛んでいかない。


「これでわたくしの役割は終わりですの。あとはお任せいたしますわ――っ!!」




※△▼△▼△※




「にゃぁ~~~んっ!!」


 ちょっとマヌケな声が聞こえ、それに遅れてこの公園の目の前にある路地の中から、泡に包まれてこちらへと一直線に飛んでくるフライング・キャットの姿が見えた。


「――<筋力向上パワーエンハンス>!」


 弾丸のようなその勢いに負けないように特殊技能スキルを発動させると、最後にチラリと辺りを一瞥する。


 よしっ、大丈夫だ。他に子供はいないみたい。


 これなら万が一取りこぼしても、なんとか威力さえそぎ落とせれば危険はないということだ。

 

 こちらに迫るその泡の速さと高さを目測し、少し後ろに下がって位置を調整すると私は飛び上がった。


「そりゃぁっ!!」


 ドンピシャで、バスンッと身体の中心目掛けて私の身体ほどの大きさの泡の球が飛び込んでくる。


 さすがの威力に空中の身体が少し後ろに押されてしまうものの、想定の範囲内だ。


 その接触の衝撃に耐えかねて泡は破裂し、中から目を回したようなフライング・キャットがぐったりとして現れたのを逃がさないように両手で抱きしめる。


 依頼――達成だ!


 無事に地面へと着地すると、「アイサっ! 大丈夫っ!?」とソフィア達とその後ろからワラワラと子供たちが駆け寄ってきた。


「うん、私もコイツも大丈夫みたい。怪我1つないよ」


 未だ目を回して大人しいフライング・キャットを掲げると、子供たちから「スゲー」「かわいい~」などと色々な声が飛び、遠慮ない手で撫で繰り回し始める。


「うにゃぁ~~~んっ!?」


 さすがにベタベタと撫でまわされるのは嫌だったのかフライング・キャットが私の手の中で暴れるものの、残念ながら逃れられはしない。


 ――いたずらにバチが当たったと思って、少しは懲りてくれよ……


 こちとらお前のせいで名物料理・フィッシュアンドチップスにお預けを喰らっているんだから。


 そうやって揉みくちゃになっている間に、ソフィアがその身体に下げられた肩掛けカバンを取って中身を確認する。


「シール帳も入ってるし、間違いなくアミちゃんのものだね。よかった、無事に取り返せたねっ!」


 ソフィアはそう言って満面の笑みを浮かべると、隣のヒヅキさんとハイタッチを交わす。




「――みなさまがた~~~っ!! どうなりましたの~~~っ!?」


「――アイサ~ネコつかまえた~~~?」




 公園の入り口から聞こえた声に振り向けば、レミューさんとルーリが小走りでやって来ているところだ。


「ちゃんと捕まえたよ~! ホラっ!」


 そう答えて子供たちに容赦なく撫で繰り回されて毛並みのボサボサになったフライング・キャットを上に掲げる。


「ふにゃぁん……」


 やりましたのー! と言ってルーリに抱きつき喜びを表すレミューさんたちの光景を目の前に、フライング・キャットは疲れたようにそう一声鳴いたのだった。

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