第15話 にゃぁ~~~ん

「なっ――なにごとっ!?」


 頭上を通り過ぎたその何かを目で追おうと振り返るもすでにそこに姿はない。


 上の方から「にゃぁ~~~ん」と再び鳴き声が聞こえる。


 空を仰いでみればそこには翼を羽ばたかせて宙を泳ぐ先程の謎の生命体の姿があった。


「あれは……もしかして――」


 今や空高くに上がってしまいその姿形はハッキリとしないが、それでも何か心当たりがあるようでアイサがそう呟いた。


「――大丈夫ですのっ!?」


 しかしその言葉の続きはレミューさんの声によって遮られた。


 見れば、地面に両手をついて泣いている幼い女の子へとレミューさんたちが駆け寄っていくところだ。


 そういえばあの「にゃぁ~~~ん」などとどこか間の抜けたように鳴く謎の生物が私たちの頭上を飛び抜けていく直前に子供の泣き声が聞こえた気がする。


 もしかしてさっきの生物に襲われるなどしてしまったんだろうか。


 私とアイサもすぐにそちらへと駆け寄って、何があったのか事情を聞いているらしいレミューさんたちの元に加わった。


 5、6歳だろうその女の子はレミューさんに背中をさすられて、その涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。


「ううっ……わたっ、わたしのかばん~~~!!」


 ――泣きじゃくる女の子に聞いたところをまとめると、こうだ。


 その女の子――このローレフに住むアミちゃんは、この前買ってもらったばかりの可愛い肩掛け鞄を持って公園へと遊びに向かう途中だった。


 公園へ行くにはこのローレフ塔を横切るのが大変近道で、今日も同じルートで公園に向かおうとしていたところ、背後から迫った先ほどの生物に鞄を取られてしまったらしい。


 中身はキャンディとシール帳で、金銭的な被害は無いに等しいけど……


(シール帳は痛いよねぇ……私も小学校の頃に友達と替えっこしたもん……)


 限られたお小遣いで集めたものや友達に交換してもらったもの、一言にシール帳といってもたくさんの思い出が詰まっているのだ。


 アミちゃんが泣きじゃくるのもわかる気がして、それは辛いなと私が1人でウンウンと共感していると、その時レミューさんが動く。


 優しい手つきでアミちゃんの頭を撫でてあげたかと思うとおもむろに、お決まりのポーズで立ち上がると高らかに宣言した。


「ご安心なさいアミさん! そのカバン、このわたくし――レミュー・バロナ・ラングロッシェが取り返してさしあげますわっ!!」




※△▼△▼△※




「――と、いうわけで皆さんのお力をお借りしたいですわー!」


「うん、まあそうなるよね」


 泣き止んだアミちゃんをお家まで送ってから、清々しさ満点で言い放ったレミューさんに私は頷いた。


「まったく、もう少し考えてから喋りなよ。レミューはいつも行き当たりばったりなんだから……」


 軽くため息をついたヒヅキさんに「むぅ~」とレミューさんが頬を膨らませて、また2人の他愛のない口喧嘩が始まりそうだったので、私は目的が煙に巻かれないうちにアイサに確認しておく。


「そういえばさっき何か言いかけていたけど、アイサはもしかしてあの空を飛んでた謎の生物のこと知ってた?」


「多分ね。昨日冒険者組合の中にある掲示板に張り出されてる依頼の中で見かけたんだけど、そこに書いてた内容に一致してたんだよ」


「それってどんな依頼内容なの?」


「よくあるやつなんだけど、『ペットの魔獣を捕まえてください』ってやつ」


「ペットの――魔獣っ!?」


 私は凶暴で凶悪な紅い目をしたウサギの魔獣・ラッピーや、それ1体で小さな町くらいは簡単に潰せてしまうという強力な猪型の魔獣・マラバリが家の庭先に首輪をされて鎖で繋がれているところをイメージしてしまう。


 いや、ダメでしょ。町中の家でヒグマやライオンを飼う以上のレベルで危険極まりない。


 そんな考えが表情に出ていたのだろう、アイサは苦笑しつつ補足して説明を続ける。


「魔獣といってもペットにできるようなやつは人に危険を与えるような凶暴性を持たない害意が低い種類だよ。それで今回のその依頼にあった魔獣っていうのが『フライング・キャット』ってやつ」


「フ、フライング・キャット?」


「そう、空飛ぶネコだね。特徴は大きさ50センチで『にゃぁ~~~ん』というマヌケな鳴き声、だったかな」


「――あぁ、確実にその魔獣だね」


 あんなハッキリと「にゃぁ~~~ん」を言葉にしたような鳴き声を出す生物が他に何体もいるとは思えない。


 とりあえずペガサスのネコ版だとでも思っておけばいいのだろうか。


 しかしながら『フライング・キャット』って、そのまんま過ぎる名前だなぁ……と思ったが、それはともかくだ。


「追うべき対象はわかったけど、どこを探したらいいんだろう……。そういえばルーリ、この前の事件の時は魔力でマラバリ・ロードを感知してたよね? あれってフライング・キャットにも使えるの?」


 私の問いに対して、ルーリはフルフルと首を横に振った。


「マラバリ・ロードと同じくらい大きな魔力だったらわかるけど……あんなに小さいのは無理」


「そっかぁ……」


 さてどうしようかと考えていると、アイサが「あっ」と閃いたように手を打った。


「組合に張り出されてる依頼を受けちゃえばいいんじゃない? そうすれば受付で追加の情報をもらえるかも!」


「おぉ~っ! それはナイスアイディアかも!」




「――はひはふぁはりふぁひふぁほ? (なにかわかりましたの?)」




 いつの間にか私たちの横でつかみ合いになっていて、ヒヅキさんの指が口に引っかけられている体勢のレミューさんがそう訊いてくる。


「……冒険者組合にいけばもう少し情報が集まるかもだから、さっそく行ってみようかなって」


 とりあえずツッコミを入れると長そうなこともあり、目の前の状況については触れずにそう言うと、レミューさんは「ほへひゃ……」と口を開きかけてから一旦やめて、それから「えーいっ!」という掛け声と共にヒヅキさんから身体を離して髪をかき上げる。


「――それじゃあ、冒険者組合にゴーですわっ!」


 そうして5人で歩き始めて少ししたところで、思い出したようにアイサがポツリと呟く。


「あれ……? フィッシュ&チップスは……?」


「いったんお預けかな……」


「うそぉ~……」


 肩を落としたアイサの足取りがトボトボとしたものになってしまって、ちょっと可哀想だった。

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