第14話 ローレフ観光とちょっとした事件

 ローレフ滞在2日目の朝から始まった都市観光はレミューさんとヒヅキさんの案内の元、どこに連れられて行っても感嘆の声が漏れ出るようなとても楽しいものになっていた。


「さあさあ! お昼まであと少し、ちゃきちゃき回って行きますわーっ!!」


 意気揚々と先頭を切って歩くレミューさんについて歩いて、次で観光スポット5つ目だ。


 今までに巡った4つの名所は小高い丘にそびえた天文台にラングロッシェ家の別邸・ヴィンザー城、都市の真ん中を走る大きな川・デムズ川に掛かったタワー・ブリッジに勇者が町の人々を鼓舞して歩いたとされるレヴィ・ロード。


 どこも良い場所だった。それらはこの都市が生きてきた歴史を感じさせるものでもあって、1つ1つがとても興味深いものだった。


 そういった感動もあるんだけど……なんだろうか、この気持ちは。


 なぜかその観光スポットたちに対して記憶のどこかに引っかかるものがあるのだ。


 この光景、どこかで見たような見てないような……そんな気持ちだ。


 そんな道行の中での移動中、私はヒヅキさんと他愛の無い料理に関しての話をしていて、途中「えぇっ!?」と驚きの声を上げてしまう。


 だってまさか、それほど珍しくはないとは聞いていたものの、それでもこんな風にめぐり合えるなんて思ってもみなかったのだ。


「それじゃあ――麻婆豆腐ってやっぱり、の世界の食べ物じゃなかったんだ!?」


「そうなるね。うちのおじいちゃんが転生前の世界でやっていたチューカ食堂の看板メニューだったらしいよ。ちなみに私の黒髪もおじいちゃんの遺伝みたい」


 なんとヒヅキさんのおじいさんは私と同じ世界、しかも同じ国からの転生者だったのだそうだ。


 おじいさんの名前は赤鞘刀一朗。職業は中華料理店のシェフ。


 こちらの世界に来てからラングロッシェの城下町で数々の中華料理で腕を振るい、ラングロッシェ家の気さくな先代当主に気に入られて友人となったらしい。


 そんなルーツを鑑みてみれば、赤鞘ヒヅキ――なんとも日本人っぽい名前だ。


 外国に長期滞在していたところでたまたま日本人を見つけることができた、そんな嬉しい気持ちでなんだか心が満たされる。


「しかし、こんな共通点があったなんて驚きだね。今度お互いの料理の教え合いっこしない? 中華料理以外にもバリエーションを広げたいなって思ってたんだ」


「あっ、それすごくいいかも! 私は中華料理ってあんまり作ったことないから、麻婆豆腐とか炒飯とか、美味しく作るコツとかがあれば教えて欲しいなぁ!」


 それからも私はヒヅキさんとの料理談議に話を咲かせる。


 幼い頃から自分の家が切り盛りする食堂を手伝ってきたというだけあって、ヒヅキさんの経験値はすごく高くて、学べることが多かった。


 同じ日本ルーツを持ち、さらには同じく料理が趣味の同世代の友達ができるなんてすごく得難い縁に恵まれたなと、昨日の料理イベントを主催してくれたレミューさんには感謝の念でいっぱいだ。




「さて、ここがローレフ名所の1つ、『ローレフ塔』ですわっ! 都市の外からも顔を覗かせる高さを誇りますのっ!」


 レミューさんが身体を大きく反り返しながら紹介したその建物は、確かに顔を地面に直角にして見上げないとてっぺんが見えないほど高い。


「すっごいなぁ……! しっかし何のための塔なんだろ? こんなに高くする必要があったのかなー……?」


「これが建設されたのは約80年前なんですの。人類が魔王軍と大戦を繰り広げていた最中のことですわ。ローレフは大戦時は食糧備蓄の拠点となっていた都市だったので、絶対に魔王軍に堕とされる訳にはいかなかったんですの。そこで敵の接近をいち早く知るために、ここまでの高さを誇る塔を作ることになったようですわね」


「へぇ~! 大戦かぁ……」


 アイサが投げる質問に対して淀みなく答えたレミューさんは塔の外周をぐるりと回るように案内を続ける。


 そこにはやはり大戦に関わったもろもろの資料や実際に使っていた武器のレプリカなどが置いてあって、私たちと同じような観光客も多い。


 さながら博物館に訪れたような気持ちで少し新鮮な気分だ。


 ところどころでレミューさんが展示の解説をしてくれて、転生者ということで前提知識が欠けている私でもとても楽しめた。


「また、この塔は近年まで身分の高い政治的犯罪者の収容も行っていましたの。今は居ませんし檻もなくなりましたが、なんでも何人かはこの場で処刑もされたとかで、夜になると幽霊の噂なんかもありますのよ」


 最後の説明の中の『幽霊』というワードでアイサとルーリが少し身を震わせたが、私は恐さよりもむしろ、前の4つの観光名所で感じたものと同じ変な既視感を覚えたことにまたもや首を傾げるのだった。




 一通り見て回って塔の入り口まで戻ってくると陽の位置はもう十分に高くなっている。


「そろそろお昼の時間だね」


「私、もうかなりお腹がペコペコだよ……!」


 私の言葉にいち早くアイサがお腹をさすりながら反応する。


「この近くにローレフ名物を出しているお店がありますの。そこでランチはいかかでしょう?」


「おぉ~! この都市ならではっていうなら食べておきたいなぁっ! ちなみにどんな料理なの?」


「簡単に説明しますと、白身魚のフライですわね。付け合わせに薄切りの揚げポテトが付いてきますわ」


 名物という単語に食いついたアイサに対しての説明に、これまでの5つの観光名所を巡った時同様に、私は「うん? なにか聞き覚えが……」と首を傾げる。


「こう、衣がサクッとしていまして、白身がプリっと」「おぉっ!!」「バターの香りが広がるその料理にサワークリームを少々」「サワークリームっ!!」「一度噛めば脂がジュワッとしょっぱさガツンとですのっ!」「ぬぉぉぉおおおっ!!」


 そんな私を余所にして2人は名物料理についての話題で大層盛り上がっていたが、しかしそんな話の応酬を聞いていて、これまでの観光中ずっと胸につかえていたような謎がストンと落ちた。


 結構な既視感の連続だったけどそれもそのハズだ。


 私、前の世界でここと瓜2つな場所に来たことあるもん……


 それで多分その名物も、私食べた事あるなぁ……


「……レミューさん、それもしかして『フィッシュ&チップス』とかっていう名前だったりしない?」


「あら? ソフィアさん、ご存知でしたの?」


 まさか名前までドンピシャだったとは!


「いや、転生前の世界でもまったく同じ料理があったんだ……日本ではないけど」


 ここはそう、まるでロンドンなのだ。


 観光名所や街並みがどうしようもなくイギリスのロンドンに似通っていて、それで幼い頃に連れられて行ったロンドンの景色を無意識に重ねてしまっていたんだ。


 ロンドンも確かインドカレーのお店がすごく多くて、美味しかったなぁ……


 というか他の料理店が軒並み美味しくなくて、途中からカレーかメキシコ料理しか食べなくなっていたから、余計にカレーの印象が強く残っていた。


「ソフィア! それで――それで味はどんなだった!? 美味しかった!?」


「えっ? あぁ、うん。それは美味しかったかな、確か……」


 食べ物に関してはなかなかすごい執着を見せるアイサに対して若干身を引きつつ、記憶を思い返しながらそう答える。


 やっぱり名物というだけあってこだわりもあったのだろう、パパとママと一緒に喜んで食べていたような気がする。


「よしっ! じゃあ決まりだねっ! レミューさんっ! さっそく案内をおね――」




「――うわぁぁぁあああんッ!! 待ってぇぇぇえええっ!!」




 突然、私たちの後ろのローレフ塔方面から悲鳴のような幼い泣き声が聞こえてきて、私たちは反射的に振り返る。


 すると直後、




「にゃぁぁぁあああ~~~~~んっ!!」




 と謎の生命体がそう鳴きながら私たちの頭上を飛び抜けていった。


「なっ――なにごとっ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る