第13話 新しい友達

「――大きさならこちらだって負けてませんわっ!!!!」


「へっ!?」


 急に後ろから聞こえた声に振り返ると、まず視界に入ったのは黒髪が肩口で短く切り揃えられた少女の裸体。


 なぜかその胸はやけに異様な角度で持ち上がっていて――いや、違う。その黒髪の少女の背後から持ち上げられているのだ。


 後ろから金髪のウェーブがかった髪を覗かせて、黒髪の少女の後ろから抱きつくように回された2つの手がその少女の胸を下から押し上げていた。


 この少し変なお嬢様口調に、そして黒髪少女の肩口から僅かに覗くその自身に満ちた笑顔は間違いなく――


「レミューさんっ!?」


「はいっ!! レミューですわぁっ!!」


 返事をしながら上下にゆさゆさと黒髪の少女・ヒヅキの胸を使ってレミューさんが頷き返した。


「この――バカっ!!」


「あぅっ!!」


 直後に後ろへと振り向いたヒヅキさんからのゲンコツが頭へと落ちて、レミューさんはその場に崩れ落ちるようにへにゃっと座り込んだ。


「まったく……!」


「い、痛いですわっ!!」


「やかましいっ!!」


 座り込んで頭を痛そうに頭を押さえるレミューさんを、ヒヅキさんは顔を赤くして一喝した。


「えっと、2人がどうしてここに……?」


 状況がまったく飲み込めず口を突いて出た疑問に対して、気を取り直したのか「ああ、それはね」とヒヅキさんがこちらを向き直った。


 そして頭を押さえて痛がるレミューさんを捨て置いて湯舟へと入り、私の疑問に答えてくれる。


「ここはレミューの家、ラングロッシェ一族が経営している宿屋だからね。私たちは元々ここに泊まる予定だったんだよ。ちなみにイベントの賞品がここの1泊2日だったのも、それならレミューが都合できるからっていうのが理由」


「そうだったんですか。あ、えっと……ヒヅキ、さん?」


「――あぁ、そっか。ごめんね。ソフィアさんと話したんだってことをレミューから色々と聞いてたから、私の方はソフィアさんと喋るのが初めての感じがしなくて……。改めまして、ヒヅキ・アカサヤです。よろしくね。それに敬語じゃなくていいよ、多分同い年くらいだと思うしさ」


「はい……じゃなくって、うん。 ヒヅキさん、こちらこそよろしくね!」


「――えっと、その2人がイベントで会ったっていう人たち?」


 私とヒヅキさんの会話の切れ目を見つけて、今まで成り行きを見守っていたアイサとルーリが寄ってくる。


「うん。そうだよ。こちらがヒヅキさん。それで、えっと……こっちでうずくまってるのが――」


「――わたくしはレミュー・バロナ・ラングロッシェですわっ!!」


 話を振られるやいなや、レミューさんはゲンコツを痛がっていたのが嘘のようにシュバッと機敏に立ち上がって腰に手を当てると、「ふふんっ!」と髪をかき上げるお決まりのポーズを決めてアイサの方に顔を向ける。


「貴女もソフィアさんのお友達でして?」


「えっ……あー、はい。えっと、その、アイサ・ゼーベルグです。よろしく……」


「よろしくお願いいたしますわっ!!」


 物怖じせず、人見知りもあまりしない性質のアイサだったが、この時ばかりは目線をキョロキョロと忙しない。


 しかしそれもやはり、アイサのある一面で結構な恥ずかしがりである性格からしてみれば仕方がない。


「レミュー……さすがにお風呂ではを隠しなよ……」


 その理由は、ヒヅキさんのツッコミが全てを示す通りだった。


 湯船に浸かるこちらに対して、堂々たる姿で腰に手を当てたレミューさんの姿は、なんというか色々とあらわになり過ぎていて目線のやり場に困ってしまう。


 そんな指摘をされてもなお、レミューさんは小首を傾げる程度でまったく気にしていない様子だ。


 貴族とか庶民とか関係なく、この人はやっぱりなんだか別次元の人だなぁと改めて思ってしまうのだった。




「ゴクラク、ゴクラク。ですわぁ~…………」


「はぁ…………落ち着くなぁ…………」


 レミューさんも加わって、5人で円を描くようにして湯船に浸かる。


「そういえばソフィアさん? お返事は考えてくださいまして?」


 みんな穏やかに表情を緩ませる中で、レミューさんがこちらを向いて話を振ってくる。


 一瞬、リラックスし過ぎた頭で「返事ってなんだっけ?」と考えてしまうもののすぐに合点がいった。

 

「ああ……掃討戦の話だよね。私でよければ、受けさせてもらおうかなって」


「本当ですのっ? ありがとうございますわっ!」


 そう答えるやいなや、レミューさんの表情がパーッと明るくなる。


「お料理に魔法を込めることができるソフィアさんの技術があれば、きっと冒険者のみなさまの助けになりますわっ!!」


 わーい! やりましたわーっ! とヒヅキさんの肩をペチペチ叩いてレミューさんは喜びをあらわにした。


 ちょっと迷惑そうに目を細めるヒヅキさんだったが、端から見ているととても微笑ましい光景で自然と頬が緩む。


 レミューさんのちょっと子供っぽい今の姿は<料理の傑人>イベント後に初めて話した時の大人っぽい印象とは大分離れたものだったが、なんだかこちらの方がレミューさんの素が出ていて話しやすい。


 ちなみに先ほどヒヅキさんと自己紹介をし合った時のやり取りを聞かれていて、湯舟に入った直後レミューさんにも「わたくしとのお話の時にも敬語は付けないで欲しいですわぁ~!」と言われてしまった。


 気さくで、お嬢様っぽい振る舞いが堂々としていて、それでいて褒められ慣れしてない照れ屋さんなところのあるとても変わった女の子だなぁとは思うけど、そんなところもまた彼女の魅力となっている気がする。


「そういえばソフィアさんたちはここには旅行で来たんだよね? どれくらい滞在していく予定なの?」


 ペチペチと肩を叩きつづけるレミューさんがよっぽど鬱陶しかったのか、またもや拳をレミューさんの頭の上にゴチンと打ちおろしたヒヅキさんが隣にやってきてそう聞いたので、私は今回の大まかな旅程を話すことにした。


 レミューさんはプカーっと水面に浮いているものの、ルーリが指先で突っつくとピクリと反応を見せているようだから重傷ではあるまい。


 ヒヅキさんに、一応明日は観光する予定があって色々観て回りたいと思っているものの特に行く場所は決まっていないということを話すと「この都市は結構広いし、見所も多いから困っちゃうよね」と言葉をこぼした。


「そっか、それじゃあ行く先に結構迷っちゃいそうかも……」


 次にいつ訪れるかわからないのだから、できる限り色んな場所を訪れたいけど、1日じゃ行ける場所には限りがありそうだった。


 うーんと腕組みをして悩んでいると、急にザバァッという音と共に立ち上がる影が。


「――それならば、わたくしたちがご案内して差し上げますわっ!!」


 ヒヅキさんの拳を受けたダメージから早々に復活したレミューさんが、再びの決めポーズでそう言い放っていた。


「この都市にはわたくしたちは幼い頃から度々遊びに来ていましたから、結構詳しいんですのよ? ソフィアさん、いかがですの?」


 慣れない都市を案内してくれる、それは私たちにしたら願ってもない申し出だ。


「でも……そう言ってくれるのはすごく嬉しいんだけど、いいの? 2人にも観て回りたいところがあるんじゃ……?」


「そんなのぜんぜんいいに決まっていますわ。わたくしたちとしても2人よりも5人で行動した方がきっと楽しいですから。ヒヅキもそう思わなくって?」


「うん、賛成。レミューと2人だとあっちこっち散々振り回されるから、むしろ5人で観光できる方がよっぽどありがたいかな」


「むぅっ! それはいったいどういうことですのっ!?」


 それから2人はやいのやいのと言い合いを始めてしまうが、結局どちらも一緒に行動することに問題なしとのことだった。


 アイサとルーリの方を見てみれば、2人とも笑顔で指で小さな丸を作っている。


「いいんじゃないかな? ローレフを余すことなく体感できそうだしさ」


「私も賛成。レミューとヒヅキ、見てておもしろいし……」


 どうやらこちらの2人も賛成なようだ。


「それじゃあレミューさん、ヒヅキさん。明日は案内をよろしくお願いします!」


 いつの間にか手と手でガッチリとした掴み合いに発展しているレミューさんたちへとそう言うと、


「「任せておいて」くださいなっ!」


 と息ぴったりに返事が重なるのだった。

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