第12話 持つ者は持たざる者へ――<バクシーシ>――

 かぽーん。


 そういう擬音が聞こえる気がするのは、私が生粋の日本育ちだからだろうか。


 その空間の中心では、大きな壷を抱えるようにして持つ天使の石像が存在感を放っていた。


 壷からはとめどなくお湯が溢れ出ており、湯舟に落ちる水音が耳に心地よい。

 

 また、この広い空間のどこかに薬湯もあるのだろうか、湯気で湿った空気には草花の香りが染みていてとてもリラックスできる。


 私とアイサとルーリは、3人同時に「はぁ~~~…………」と長い息を吐いて身体の力を抜き切った。


 『貴婦人の湖』――それがこの大浴場に付けられている名前だ。


 この高級宿屋『黄金鹿の葡萄庭園』が有名たる所以の1つともなっているこの大浴場はとにかく広い。


 今は3人揃って真ん中の湯舟に使っているところだが、ここからだと湯気に邪魔されて端の方に何があるのか全く見通せないくらいに幅も奥行きもあるのだ。


 だからこそ周りの他のお客さんを気にすることなくゆったりと浸かることができて、私は熱の通った"にんじん"のように柔らかな心もちで染み入ってくる温かさに心身を委ねている。


「いやぁ~~~…………最高だねぇ…………」


 そんな中で広い浴槽の縁に両肘を掛けて頭にタオルを載せたアイサが、なんともおばさん臭くだらけきった声を響かせる。


 年頃の女の子としてはどうなのか、といつもの私ならツッコみを入れたくなるところだが、残念ながら今日はアイサの意見に大賛成。


「ホント、良い湯加減…………溶けちゃいそうだよ…………」


 私としてもあまりのリラックス感に女の子のたしなみなんて気にする繊細さがどこかにいってしまっていた。


「広くて、泳げそう…………」


「…………ダメだからね、ルーリ……」


 子どものようなことを言うルーリに、やるとは思ってないけど一応釘を刺す。


 ん? でもルーリは子どもだからいいのか? いやでもマナー的にダメだ。


「あ゛~~~効くぅ~~~」


「…………ちょっとアイサ。さすがにそれはおばさん臭いを通り越して、むしろおじさんくさ――」


 そこまで言ってアイサの方を向いて、思考が一瞬固まった。


 ――大きい……


 身体を目一杯に後ろへと反らして伸びをしたアイサの胸がことさらに強調されて目に映る。


 それは私のものと比べるとずいぶんと豊かで、お湯にプカりと浮いていた。


「アイサはよく食べるもんね……」


「へ? ――って、いやちょっと! あんまりジロジロ見ないでよ……!」


「えっ?」


 アイサは私の視線に気がつくやいなや、肩まで湯に浸かってこちらに背中を向ける。


 振り向いた顔は赤く、どうやら恥ずかしがっているようだった。


「へぇ~……」


 ニヤリと意地悪な笑みが浮かぶのが自分でもわかる。


 いやぁ、アイサってこういうのダメなタイプなんだなぁ……!


「――もしかして、恥ずかしいの?」


「べっ、別に! そんなことどうだっていいって思っただけだし……」


「……ふーん? 『そんなこと』、ねぇ……?」


「そ、そうだよ……そんなこと……」


 そんな風にボソボソと言葉を返しながら目線を合せないように彷徨わせるアイサの背後へと、そーっと近づいていく。


 よし、標的は話題に恥ずかしがるあまりこちらの行動に気付いていない様子!


 ターゲット射程圏内、ロックオン!


「『そんなこと』なら――こんなことも、別に気にしないよね……!」


「へっ? 『こんなこと』ってなに――って、わぁぅッ!!」


 私は後ろから腕を回し、アイサがひた隠しにするその豊満なチェストを容赦なくワシワシする。


「こらっ! ソフィア! やめ‥‥‥! さわるなぁ~~~ッ!!」


「――すっ、すごいよコレ……! 下から、持てるっ!?」


 それはあまりにも、予想以上に巨大な標的だった。


 考えてみればそうだ、大きく身体を反らして重力に潰されている状態ですらあれだけ強調されるほどなんだから、通常状態がそれ以上なのは至極当然!


 むずがって私から逃れようと身体をくねらせるアイサをガッチリとホールドしつつ、自身の身体では決して体験することのできないその稀有な揉み心地をしばし味わわせてもらう。


「もういいでしょっ!」


「いやもうちょっと」


「もうダメだって……!」


「ダメなんかじゃないんだよっ……! 持つ者は持たざる者に……! 喜捨バクシーシの精神だよっ……!」


「バク……? いや、わけわかんないって……!! ちょっと、ルーリ!! ソフィアをなんとかしてぇっ!!」


「…………2人だけ仲良さそうにして、ズルい。私も混ぜて!」


「ちょぉっとぉっ!?!?」


 ちゃぽんと湯に頭を沈めたかと思うと、それから瞬間移動したかのようにアイサの目前にルーリが浮上した。


「おぉー……」


「ちょ、待ってルーリ! 前からっ!?」


「おぉー……すごい……」


 ルーリもまた、その深くまふっと沈むような柔らかさに感嘆する。


「ソフィアのよりぜんぜん大きい……」


 ――いや、ちょっと。


 ルーリ……それは少し素直過ぎないかな?


 そんな風に湯船で3人、わちゃわちゃとしていた時だった。


「――大きさならこちらだって負けてませんわっ!!!!」

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