第11話 決断

「ソフィアさん、わたくしたちと一緒にこの掃討戦に『炊き出し班』として参加してくださいませんか?」




※△▼△▼△※




 <料理の傑人>イベント後にされたお願いについて一通りの経緯を話し終わると、アイサが「そういえば」と言って切り出す。


「話にあったその募集の紙さ、冒険者組合にも貼ってあったよ。私も参加しようかなぁなんて考えてたから、まさしくタイムリーな話題だったよ」


「えぇっ!? ダメだよ……! まだ冒険者認定受けたばかりで、チームにだって所属してないのに……。危ないよっ……」


「いやいや、ソフィア。心配してくれるのは嬉しいけどさ、冒険者は冒険してなんぼなんだって」


「うーん……そうは言ったって――」


 <大規模魔獣掃討戦>――聞く限りは相当ハードな内容だ。


 活動は基本的に山の中、昼夜問わずに戦線を維持してひたすらに魔獣の発生ポイントを叩くとのことだったから、長期戦は当然のこと、混戦に連戦も避けられない危険なものだろう。


 その中にはやはりマラバリなどの危険度の高い魔獣ももちろんいるに違いない、そんな中に初等冒険者1人が斬り込んでいくのは嵐に向かって進む蟻のように無謀なことに思えた。


 だからこそ身を乗り出して止めようとする私を、しかしアイサは「まあまあ」と落ち着けるように両手で制する。


「――とにかく今は話を進めようよ。それで? ソフィアたちはなんて答えたのさ?」


「それが、まだ返事はしてないの」


「あれ? そうなんだ?」


「うん、やっぱり危なそうだし。前に町長にも無茶するなって叱られちゃったからね。今回は相談してから決めようかなって思って」


 以前町の外れに現れたマラバリの大群に対して、私たち3人は独断で立ち向かうために動いたことがあった。


 12種類ものスパイスを使用したカレーによって発動した相乗香辛魔法マジカル・スパイス・シナジクスで付与された強化魔法のおかげでなんとか全員無事に済んだけど、あの後の町長のお叱りと心配は相当なものだった。


 レミューさんからのお願いを受けるにしても今度はちゃんと町長に話しておかなきゃいけないなと思う。


「……マラバリを一蹴りで吹き飛ばせる人間のセリフではないけどね」


「いや、あれはっ……! カレーを食べてたからだし……」


 おどけてそう言うアイサに、私はちょっと心外だという気持ちで返す。


 仮にもこちとら花も恥じらう年頃の乙女なのだ、猪の魔獣を足蹴にして吹き飛ばすなんていうところだけ抜き出されてしまっては、まるで私が粗暴な人間みたいじゃないか。


 アイサはちょっと憤慨した様子の私を見てか「ごめんごめん」と軽く謝ると、一転して真面目な口調になって続ける。


「でもさ、そのカレーの力は今回みたいな舞台には最適じゃない?」


「え……?」


「だってソフィアが炊き出し班にいてくれてそのカレーを振舞ってくれるならさ、今回のこの掃討戦に参加する冒険者たち全員に相乗香辛魔法マジカル・スパイス・シナジクスが掛かるわけでしょ? 全員がパワーアップしてくれれば、それだけこっちの被害は低くなるんじゃないかな?」


「――あ、そっか。確かにそうかも……」


 私はその言葉を聞くまで何故かすっかりと失念していた。


 炊き出しと聞いて豚汁などばかりを想像していたけれど、考えてみれば別に炊き出しする料理に決まったものなんてないのだ。


 思いっ切った種類のスパイスを加えたカレーを冒険者全員に振舞まえば……


 たくさんの冒険者たちが小さな魔獣から凶悪な魔獣までを塵芥ちりあくたのように、軒並み吹き飛ばしていく姿が想像できる。


 ……あれ? そしたら掃討戦も結構あっさり終わっちゃうんじゃないかな?


「でしょーっ?それに強化魔法込みだったら、私の心配もなくなるでしょ?」


「まったくなくなるわけじゃないけど……。まあ、少しは安心するかな……」


 それにこの掃討戦は決して人のためだけではない。


 魔獣の数を減らすことで、山に囲まれた私たちの町・セテニールの安全を守ることにも、間接的にではあるが繋がる大事な戦いだ。


「ルーリ。ルーリはどう思う?」


「私は、ソフィアが行くならついていく。もし魔獣が山から下りてきても私が守る」


 フンスと鼻息も逞しくルーリは即答してくれる。


「そっか……ありがとう、ルーリ」


 私のことをいつも考えてくれるこの可愛い妹分の頭をヨシヨシと撫でるとくすぐったそうに目を細めた。


「……じゃあ、やってみようかな……!」


 そう覚悟を決めると、グッと拳を握る。


「もちろん町長には報告もしなきゃだけど、マラバリ大群の時の前例もあるし、多分許してくれるよね?」


「あらかじめちゃんと話さえしておけば大丈夫だと思うよ。炊き出し班は直接戦闘に関わる訳じゃないし、危険度は低いでしょ」


 アイサはそう答えると、「へへっ」と笑って言葉を続ける。


「これで私も心置きなく参戦できるってわけだねっ! 明日さっそく冒険者組合に行って、この依頼を引き受けることにするよ」


「うん、私もレミューさんに引き受ける方向で伝えることにする!」


「よしよし! 一緒にこの地の平和を守ろーっ!!」


 おー! と、周りのお客さんの迷惑にならない程度に3人で拳を天井に向けて上げて声を合せる。


 そう意気込んだ矢先に、拳を上に掲げたままの状態で「あれ?」とアイサが首を傾げて私へと問いかける。


「あのさ……ソフィアはどうやってレミューさんに返事をするの? そのレミューさんが今どこに泊まっているとか知ってたりするの?」


「――た、確かに…………!」


 アイサのもっともな疑問に、「あれ? 本当にどうしよう」と思い悩んでしまう。


「一応、別れ際に今日泊まる場所を聞かれたんだけど、賞品としてもらったこの『黄金鹿の葡萄庭園』にしますって言ったら『わかりましたわ』って……。もしかしたら明日訪ねに来てくれる……のかも?」


「そっか。まあ他に約束もないんじゃとりあえずそれに期待するしかないね。もしこの都市にいる間に会えなかったとしても、セテニールに帰れば町長経由で連絡を取るためのツテもあるかもしれないし」


「うん、そうだね……。せっかく決めた事だし早めに伝えられればと思ったんだけど、しょうがないかぁ……」


 いろいろ思い悩んだ末に連絡方法がないなんてと少し肩を落とすものの、気分を沈ませる暇もなく「さてとっ!」とアイサが元気よく立ち上がった。


「それじゃあとりあえずこの話は終わりっ! ちょうどいい食休憩も挟んだところで――――お待ちかねの黄金鹿名物その2、『大浴場』の時間といきましょうか!!」

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