第10話 ノーブレス
私へと話を促すアイサを前にして、私は<料理の傑人>イベントが終わって設営のテントの後片付けを手伝っていた際にレミューさんに話しかけられたその時の会話を思い返し、言葉を紡ぎ始めた――――
※△▼△▼△※
「ちょっとお話が――いえ、お願いしたいことがありますの」
そう言ったあと、レミューさんは上着のポケットから折りたたまれた紙を取り出して私の前に広げて見せた。
それはちょうどA4サイズほどのチラシで、表には恐らく冒険者であろう人と恐ろしげな魔獣が戦う勇ましい絵柄のイラストと、その上部には太文字でタイトルが、裏にはびっしりと小さな文字で何か書いてある。
「――えっと、<大規模魔獣掃討戦 参加者募集中>……?」
私がその太文字のタイトルを読み上げると、レミューさんは1つ頷いてそのチラシについての説明をしてくれる。
「ええ。ちょうど1月後、わたくしの一族の領地に接する山々に出現した魔獣の大規模掃討を行う予定ですの」
「へぇ~領地……――って、領地っ!?」
「そうですわよ? もしかしてソフィアさん、わたくしの名前をご存知ない?」
イベントのステージにいたほとんどすべての人々がレミューさんの名前を聞いて驚いていたのを見て、なんとなくすごく有名な人だとは思っていたけど、残念ながらこの世界にやってきて3ヶ月の間にその名前を聞くことはなかった。
「えっと、すみません……」
未だにこの世界の常識が抜け落ちているところがあるみたいだと、私は肩を縮めて謝るが、しかしそれはレミューさんに制止される。
「いえ、別に謝ることではないんですのよ。では改めて自己紹介をさせていただきますわね。わたくしの名前はレミュー・バロナ・ラングロッシェ――ラングロッシェ家はこの都市を含めた王国内の南西を領地としていますのよ」
「そ、そうだったんですか……あれ? 領地を持っているってことは、つまり貴族の方なんですか?」
「えぇ、まぁ。王陛下より父が爵位を賜っておりますわ。 だからその一族の証として、私もミドルネームに<
「――うわぁっ! つまりは、本物のお嬢様ということですねっ!!」
「まぁ、そうですわねっ! ふふんっ!」
そう言って髪をかき上げる様が、前にも増して私に気品さを感じさせる。
(本物の……貴族っ!!)
なんというか、今、私は歴史の授業を通してでしか触れることのできなかった貴族という存在に生で出会えたことにものすごく感動していた。
女の子であるならば、広く花々が綺麗に咲いた庭先のテーブルでお茶会ができるような、優雅で華やかな生活に一度は憧れを抱くだろう。
それに貴族といったらなんといっても執事やメイド。
カッコイイ執事もいいけど、可愛いメイドさんもいいなぁ。
朝は「おはようございます、お嬢様」、夜は「おやすみなさいませ、お嬢様」と甲斐甲斐しく私をお世話してくれるメイドさんを夢想する。
その姿は黒のワンピースの上に着る白のエプロン・ドレス、同じく白のフリル付きカチューシャ……あぁ、それってなんだかルーリに着せたら似合いそう……。
私もちょっと着てみたいけど、いやいや、でもどうせなら可愛い子に着せてご奉仕をしてもらいたいっ!!
あぁ、メイド、メイド、メイド――――――――
「えぇっと……? もしもーし? ソフィアさん……?」
「――んはぁっ!? あっ、すみません。ちょっとボーっとしてて……」
「大丈夫ですの……? なんだかちょっと息が荒くて顔も赤いような……」
「い、いえっ! ホントに大丈夫です! 話の、話の続きをしましょう!」
いけないいけない、レミューさんの目の前で我を失うところだった。
自分の想像力の逞しさと大胆な脱線の仕方が、たまに恐ろしくなるなぁ……
大丈夫ですと笑って誤魔化す私に、本当ですか? となんだか少し訝し気なレミューさんだったが、私の顔の熱が引いてきた辺りで話を戻してくれた。
「――<大規模魔獣掃討戦>。こちらの掃討戦はこの領地内で年に一度行っているものですの。地形的に西側は山に密に接していますから、その一帯で特に魔力が濃く魔獣が増えやすいポイントを狙ってたくさんの冒険者さま達に攻めてもらうんですわ」
「えっと……それももしかしてなにかのイベントなんですか? 年に一度ということは毎年恒例行事とか、そういう……」
「いえ、イベントとは違って浮ついたもののない、かなり真剣なものですわ」
レミューさんはそこで言葉を区切ると、ビシリと人差し指を上に立てて説明を続ける。
「毎年定期的に魔獣の数を減らすことが、山に密接する町や村などの安全な生活に繋がりますの。魔獣は成長が早いですから放置しておくと急激に数も力も増して、この領地に拠点を置いてくださっている冒険者さまたちの人数では依頼を捌き切れなくなってしまうんですわ……!」
「なるほど……それは確かにとても重要な行事ですね……」
確かに放置した挙句、以前出くわしたようなマラバリの大群やマラバリ・ロードが再び山奥で誕生しないとも限らない。
あんな存在、とてもじゃないけど普通の冒険者の人たちに手に負えないだろうということは前の一件から想像するのは容易だ。
だからこそ芽は大きくならないうちに摘む、定期的なケアが大事だということは身に染みてよくわかることだった。
「でも、それで私に声を掛けたのはどうしてなんですか? 私は冒険者じゃないですけど……」
「はい。もちろん戦ってもらうため、などではありませんわ。わたくし、今年の掃討戦は少し趣向を凝らしてみようと思っていますの。具体的には『炊き出し』という面で、ですわ」
「炊き出し……? 調理した温かいご飯を外で配る、あの炊き出しのことですか……?」
私の頭の中にはほんわかほんわかという効果音と共に、白いテントの下で白い手ぬぐいを頭に被って列をなす人々に豚汁を振舞うおばちゃんのイメージが頭に浮かぶ。
「その通りですわっ! この掃討戦は3日から4日間、昼夜問わずに行われるものですから、冒険者の皆さまにはかなりの負担を強いることになってしまいますの。例年は固形食を配っていたものの、それだけだと味気ないとは思いませんこと?」
「確かにそうですね……」
カロリーメイトと水筒の水で幾分寒い山の中で夜を越す……正直考えたくないシチュエーションだ。
個人的にそんな中で行動しろと言われたらモチベーションがだだ下がること間違いなしである。
「ですから冒険者のみなさまにはせめて温かいお料理を食べていただいてから山に入っていただこうと思いまして、お父様に『炊き出し』の提案をして許可をいただきましたんですわ!」
そしてレミューさんは再び口癖の「ふふんっ!」といった得意げな笑顔とともに髪をかき上げる。
それは冒険者たちの環境を少しでも良くしようという試みで、本当に得意げに自慢してもいいくらいの行いだと思ったから、私は素直に感心の息を吐く。
「レミューさんはとても優しいんですね。普通だったら冒険者に依頼内容を提示して、それに見合う報酬を払えば契約自体は成立するはずなのに、その後のこともちゃんと考えていてくれるなんて」
「あら、そうかしら?」
「はい。私、貴族の人っててっきり――――」
と、私はその後に続けそうになった言葉に、慌てて口を手で覆って蓋をする。
つい、『貴族の人って、平民に対しては高圧的な命令を下すものだとばかり』と口に出してしまいそうになったのだ。
私はいくつかの映画なんかを見て、貴族の絢爛な生活に憧れを抱く感情の一方で、たまに敵役として出てくるような貴族たちが自分たちの身分を鼻にかけて平民たちを見下すような言動を取るシーンで嫌な気分にもなったことがある。
そういった印象がそのまま口を突きそうになったが、しかし目の前にいるのは本当の貴族で、それに私と同じくらいの歳の女の子。
もし今みたいなことを直接レミューさんへ言ってしまったら、傷つくに違いなかった。
レミューさんは私の言いかけた言葉に続くものを知ってか知らずかはわからないが、私に向ける微笑みをそのままに口を開く。
私はそれがもしかすると失言を
「貴族だからこそ、ですわよ」
「え……? 貴族だから、こそ?」
全然予想もつかなかった答えが返ってきて、ついついレミューさんの言葉をオウム返しにしてしまう。
「貴族とは、民を導き民を守る者。民の安寧のため、そして領地の発展のために身を捧げる義務があるんですわ」
「義務……」
「そう、義務。大地無くして花は咲かず、ですわ。わたくしたちの立場も華やかさも、全ては民あるゆえ。ならば民のために全力を尽くすのは貴族として当然のことではありませんこと?」
レミューさんは指で髪を梳く。
ウェーブがかった金糸が宙にたなびいて、陽光に反射したきらびやかなそれが彼女を飾った。
それからレミューさんは両手の指を合わせて、少し照れたような笑顔を見せる。
「それに、私はみんなが笑顔でいられたらいいなって思いますもの。領民のみなさまも冒険者のみなさまも、全員が少しでも幸せになれるようにできる努力は惜しみたくありませんわっ!」
「――――!!」
レミューさんの言葉が、私の中に大きな衝撃を与えて、強く打ち据えられた鐘のようにジーンと広く心を響かせた。
そして私の中のレミューさんへの印象が、先ほどまでの思っていた『お嬢様な女の子』というものからまるで別のものへと変わる。
じんわりと、心の深くに温かいものが降りてくるのを感じた。
「――レミューさんって、とても優しく、そして高貴な方なんですね……!」
語尾の「ですわ!」に妙なアクセントを持つ嬢様口調や仕草に少し変わったところはあるけれど、レミューさんの言葉には人のことを思いやる温かさがある。
みんなが幸せになれるような努力を惜しまない優しさがある。
私と同い年くらいの女の子なのに、私にとってレミューさんはずいぶんと大人びて見えた。
それもただの大人じゃない。
その少女にはすでにしっかりと『貴族の大人』としての道徳や高貴さというものが備わっていて、なんだか遠い別次元の人に感じるくらいの印象を受けた。
「なんというか、懐が深いというか、人柄が温かいというか……」
それはレミューさんの人となりに触れたことで自然に漏れた心からの賛辞の言葉だった。
「強い信念と温かな優しさがあって、とてもカッコイイと思います! なんだか少し、憧れちゃうなぁ……っ!」
1つのおべっかなんてものもなく、私もそういう優しい女性になりたいと純粋な想いを込めた言葉。
それを受けたレミューさんはやはり癖なのだろう、またもや「ふふんっ」と髪をかき上げる。
そしていつものように胸を張った凛とした
「そっ、そんなことありませんわ……。こ、これは領地を預かる者の一族として当然の振る舞いなんですから……その、えっと、あの…………」
――なんてことはなく、年相応の女の子らしく照れていた!
「あ、ありがとうございますわ……(ボソッ」
あれ? 真っ赤な顔をして、そして目線を横に逸らして呟かれたその言葉に、なんだか急に湧き出す親近感。
さっきまではすごく大人の女性に見えた目の前のレミューさんが、急に自分と等身大の女の子に見え始める。
首を傾げる私の前で、レミューさんは今の失態を取り繕おうとしてかアタフタとしていた。
私は、そんな年齢相応の可愛い反応についクスッとしてしまう。
「な、なんですの……? 笑ったら嫌ですわ……!」
「あっ、すみません……悪気があったわけじゃなくて」
「むぅ~? ……ま、まぁ、いいですわっ!」
レミューさんはそう言って気を取り直すようにまた軽く髪を手で流すと、コホンと1つ咳ばらいをする。
「それで、えぇと……お父様から許可をいただいた話はしましたわよね?」
「はい。炊き出しの提案について、許可がもらえたという話は聞きました」
これ以上話を脱線させるのもよくないなと私も少し反省して、本来の掃討戦の炊き出しの話に戻れるように、レミューさんの言葉に相槌を打った。
レミューさんは私の返事に頷くと話を続ける。
「それで、わたくしは次に炊き出し要員の方を見つけようと思ったのですが、どうせやるのであればわたくし自らの目で選びたいと考えましたの」
「ああ! それでこの<料理の傑人>のイベントを?」
「そう、自分で主催したんですの。冒険者のみなさまには身も心も充分に温まるような美味しいお料理をお出ししたいと思いましたから、わたくしの
幼馴染というのは確実に麻婆豆腐を調理していたヒヅキさんのことだろう。
確かに彼女の調理レベルは相当に高そうだったし、実際今回の参加者の中でそれに近しい人はほとんどいなかったように思える。
私も調理は別に下手ではないが格別上手なわけじゃない、精々カレーを美味しく作れる程度。
それでも私たちの組がこのイベントで優勝したというその事実があるのだから、レミューさんが次にいう言葉を想像に容易かった。
「ソフィアさん、わたくしたちと一緒にこの掃討戦に『炊き出し班』として参加してくださいませんか?」
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