第2章 高貴なお友達? それと都市観光!
第9話 黄金鹿の葡萄庭園
「2人ともはやくはやくっ!」
高級なんだろうと一目でわかる綺麗な柄の入った赤色の絨毯の上を、アイサは跳ねるようにして駆けながら焦った風に私たちを呼ぶ。
「急がないと無くなっちゃうかもよっ!?」
「だから大丈夫だってば……こういうところのはちゃんと人数分以上に用意されているものなんだから」
「で、でもぉ……!」
落ち着きのないアイサをなだめつつ、私たち3人は長い洋風の廊下を歩いて進む。
明るく照らされたその道中の壁にはちらほらと大きな絵画が飾ってある。
きっとこれら1つ1つの作品もきっと相応の価値のあるものなのだろう。
その普段見慣れない空間を満喫しつつ、どれくらいか歩いているとようやく階段が見える。
そこを降りると、大きな両開きの扉がある部屋に着いた。
「おっ! ここだねっ!?」
待ちきれないという気持ちいっぱいにアイサが扉を押し開くと、中からは食器が擦れる音や談笑が聞こえてくる。
「「「わぁ――!!」」」
その広間と言えるほどの大きさがある部屋には、天井に立派なシャンデリアがいくつも下がっていて明るく、そしていくつあるかもわからない白いクロスの掛けられたテーブルが並べられていた。
そして部屋の手前側と奥側にそれぞれ綺麗に盛りつけされた何十種類もの料理は、食べ切れるものなら食べ切ってみせろとでも言うように、これでもかというほどの量がドンと鎮座している。
ここは都市ローレフでも最も有名と言われる高級宿屋、『黄金鹿の葡萄庭園』。
その名を知らしめる要因はいくつかあるようだが、その内の1つが今まさに目の前にある高級食材を使った逸品料理の食べ放題ビュッフェらしい。
「うはぁ~~~っ!! すごいすごいすご過ぎる~~~っ!!」
何十カラットかと尋ねたくなるほどキラキラと目を輝かせたアイサの口元は、今にもヨダレが垂れそうなほどに緩んでいた。
このままテーブルへと案内される間もなく料理へ突撃してしまうんじゃないかと心配になるほどの喜びようで、見ていて微笑ましくなる。
「でも確かにすごいよね……もう見ただけで全部高級なのがわかるくらい……」
数でごまかして実際の料理の味はイマイチなビュッフェは前世でよくあったものだったけど、少なくともここはそんないい加減な料理は1つもないように思えた。
大きなロブスターにミディアムレアに焼かれたステーキ、パスタにライス、マリネにサラダなどなど、どれもがこだわりを持って作られているようだ。
早々にテーブル席に案内されると私たちは早速それぞれの気になった料理を取りに行った。
私は迷いに迷ったものの、最終的には普段はあまり口にしない海鮮系の料理を中心に、サラダなども忘れずに盛りつけて自席へと持って帰る。
そして、すでに帰ってきていた2人のうち、アイサのお皿を見て思わず口を大きくあんぐりと開けてしまった。
「――う、うわぁ……やるとは思ってたけど、ホントすごい量持ってきたね……」
アイサの手前には、おそらく端から端まで目につく料理全てを載せたのだろう、1枚のお皿になんとも乱雑に高く積み上げられた料理の数々が。
一番下に置かれたロブスターがさながら土砂崩れに半身を巻き込まれたような有様で、その真っ黒でつぶらな瞳がなんだか困っているように見えた。
「だってさぁ……! どの料理も珍しくって、目移りしてる暇があったら食べた方が早いじゃん……?」
「うん、まぁ……アイサの胃袋ならそうかもね。私はそんなに入らないよ」
一方でルーリのお皿はこれまた極端で、メインの蒸し魚がチョコン、副菜がチョコン、スープが1杯、そしてクロワッサンが1つといった、なんともこぢんまりとしたものだった。
「ルーリ、それで足りる……?」
「大丈夫、また取りに行くから。次がお肉とライスで、最後はデザート……!!」
ルーリなりのビュッフェでの食事の方程式があるらしく、特別心配するようなことではなかったようだ。
しかしずいぶんと場数を踏んでいるような慣れた対応だ。アイサにも見習ってほしい。
「よっしゃ! それじゃみんな揃ったし、さっそく食べ――」
「――あ、ちょっと待ってよアイサ。まずは乾杯しようってそう言ったでしょ?」
「え? あぁ、そういえばそうだった……!」
フォークを料理に突き刺すすんでのところでアイサが止まる。
それとちょうど同じタイミングでウェイターが琥珀色のボトル1本とグラス3つを持ってやってくる。
実はこの食堂へ来ようと部屋を出る前に、そのノンアルコールのシャンパンをフロントに注文していたのである(ベルのような形をした魔具が部屋に備え付けられており、鳴らすとフロントと連絡が取れるのだ)。
黄金色の炭酸がグラスに満ちたことを確認すると、みんなでそれを前に掲げた。
「じゃあ――アイサ、冒険者認定試験の合格おめでとうっ!! 乾杯っ!!」
「「かんぱーーーいっ!!」」
リンゴ味の微炭酸を舐めるようにして飲んで、それから小さく拍手する。
「えへへっ……! 2人とも、ホントにありがと~っ!!」
改まってのお祝いに、アイサは照れたように頭の後ろへと手をやった。
――アイサは今日この日、かねてからの夢であった初等冒険者になったのだ。
<料理の傑人>イベントの後片付けも終わったあと、私たちはその足でアイサと合流するために冒険者組合へと行った。
試験にどれくらいの時間が掛かるのかは知らなかったが、イベントで使った時間は3時間ほど。
ちょうどいい頃合いだろうと思って足を運んだところ、もうすでにアイサは組合の前のベンチで私たちを待っていて、こちらの姿を目に留めると照れくさそうにはにかんでVサインを送ってくれた。
どうやら試験が思いのほか簡単に終わったようで、ちょっと手持ち無沙汰な時間を与えてしまったらしい。
『少し緊張し過ぎて損した気分だよ』なんて軽口を叩けるようになっていて、それからはもうすっかりいつも通りのアイサだった。
「――いやぁ……しかしホント2人を連れて来てよかったなぁ……」
重なり過ぎて塔を形成していた皿の上の料理が半分になった頃、ナプキンで口を拭いたアイサがしみじみと切り出す。
「まさかこんな高級宿に泊まれることになるなんてさ! この『黄金鹿の葡萄庭園』って特等冒険者が御用達の宿屋なんだよ? まさか初等冒険者になったその日にこんな経験ができるなんて、感激過ぎるよ……!!」
「あははっ、だからそれさっきから何度も聞いたってば~」
しみじみとした風に何を言うかと思えばまたもやその感想で、私はちょっぴり呆れたようにして返した。
合流したのち、イベントでもらった高級宿屋の引換券を見せてみたところ(比喩でなく)飛び上がって驚いたアイサはそれから今に至るまで何度も同じ話をしていて、まるで歳のいったおばあちゃんと会話しているようだ。
しかしまあ、憧れの場所に来ることができたら誰しもそうなるものなのかもしれない。
私だって前世でもしも自由気ままな神保町巡りや北千住巡りに誰かと行けていれば「ここ前から来たくって! カレー屋さんを何軒もはしごするのが夢で……!」なんて一言一句違わぬ言葉を蓄音機のように繰り返していたに違いないだろうから。
「――あ、そういえばソフィアたち、何か相談があるって言ってなかった?」
「あぁ、うん。今話してもいい?」
「大分お腹も落ち着いてきたし、大丈夫」
気付けばアイサの皿の上から料理は消えていて、ロブスターの頭だけがちょこんと残っている。
今日出会ったレミューさんにされた『お願い』について相談しようと思っていたものの、アイサは冒険者認定試験の合格にこの宿屋に泊まれるということですっかり舞い上がってしまっていたから話すタイミングを逸してしまっていたのだ。
アイサがどうぞと目線で促してきたので、私はその話を切り出し始める。
「ありがとう。じゃあ早速。ここでの宿泊が賞品になってたイベントが終わったあとの話なんだけどね――」
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