第8話 結果発表! そして……
『いよいよ、結果発表です!!』
銅鑼の音が鎮まると同時、広場にも水を打ったような静けさが広がった。
ステージの周りを大きく囲む観客たちの視線は1点に、審査員たちの手元で裏にして伏せられた1枚のボードに集まっている。
すでにそのボードには1から10までの番号のいずれかが書かれており、参加者はもちろん観客もその開示を今か今かと待っていた。
『これより審査員の皆さまに、一斉にボードをオープンしてもらいます。ボードに書かれた番号はたった1つ。審査の順番を決めるために参加者のそれぞれの組の代表者に引いていただいた番号です。10人の審査員の皆さまが選んだ番号の中で、最も数の多かった番号の組の参加者が優勝です!!』
静寂が支配する空間にあって、しかし観客たちのヒソヒソとした声がまるで風に揺られて擦れ出る葉音のようにザワザワと広がった。
いったいどこの組が、いや――4番か6番、どちらの組が。
恐らく観客のほとんどそう思っていて、だからこそ実食順4番のレミューさんたち、そして実食順6番の私たちの組の2つへと熱い視線が注がれているのだ。
ゴクリ、と緊張に唾を飲み込んだ。
キッチンの台座の下、ルーリが私の手を握ってくる。
その手は私のものと同じ、緊張の汗に濡れた手だった。
『それでは審査員の皆さま!! 一斉に、オープン!!』
ザっという音と共に、ボードが立てられる。
『左から、4! 6!6! 4!4 ――』
審査員が選んだ番号が司会者に次々と読み上げられていく中、私はギュッと目を瞑って下される結果を待つだけだった。
強く握られる手が、隣に立つルーリも同じ思いなのだと私に伝える。
「 6! 4! 4!6 ―― 6!!」
どよぉっ!! という戸惑うように野太い大きな声が観客席から湧き上がる。
「――なんですってぇ~~~っ!?!?」
そしてそんな広場の声を切るようにして響くレミューさんの叫び声もだ。
(な、なにっ!? どうなったのっ!?)
途中から番号を数えられなくなっていた私はキョロキョロと辺りを見渡した。
もはや耳さえ塞ぎたくなるほどの緊張の中、司会者が口を開く。
『4番、合計獲得票は5票!! そして6番――こちらも5票!!』
司会者は言葉をいったん区切り、続ける。
『ひ、引き分けですッ!!』
その結果に一瞬広場がシンと静まり返り、直後「ブーッ!!」と観客席から大きなやじが巻き起こった。
「そりゃねーぜ!! ハッキリさせろー!!」「ここまできて引き分けはあり得ないって!!」「絶対に麻婆豆腐だったろっ!!俺も食いたい!!」「バカヤロー!! あのグリーンカレーの方が美味いに決まってる!!」「やんのかコラッ!!」「テメーこそ!!」
「ひ、引き分け……?」
「そうみたい……」
私とルーリもその結果にポカンとして顔を見合わせる。
「おい司会者ッ!! 白黒つけろーッ!!」
観客席のガヤはその間にもヒートアップして、今にも審査員席へと詰め寄らんばかりの勢いになっている。
『あわわわわ……。私は単なる雇われ司会ですので――いったいどうすれば……!!』
しかし、そんな荒れる広場の中で1人だけ、参加者のテントの中から歩み出る影があった。
そして慌てふためく司会者に近づき、マイクを奪うようにして取りあげると、
『――お静かになさいませっ!!』
と凛とした声を広場へと響かせる。
(――レ、レミューさんっ!?)
相変わらず自信満々といった胸を張った姿で、司会者を押しのけるようにして広場の中央に立つと、シンとなった観客席に向かって言葉を続ける。
『今から司会者に代わってわたくしが結果発表をさせていただきますのっ!!』
その言葉がステージに響いた瞬間、どよぉっ!! とした音が広場全体から上がる。
(いったい何を考えて……!?)
私の隣のルーリも首を傾げている。
多分この状況は誰にも理解できていないに違いない、レミューさん以外。
「いや、そりゃないぞ!! アンタだって参加者の1人じゃないか!!」
そんなごもっともな声が観客席の1部から上がり、「そうだそうだ!」という同意の声が広がっていく。
ブーイングにならないまでもいきなりのレミューさんの登場に納得できないという意見は当然ながら、とても多いようだった。
しかし、それでもなおレミューさんは「ふふんっ!!」と自信満々の様子でその金の髪をかき上げると、衝撃の事実を言い放つ。
『何1つとして問題ありませんわっ!! 何を隠そう――このイベントの主催者はわたくしなんですからっ!!』
「「「えっ」」」
「「「えぇ~~~ッ!?」」」
私を含め、広場全員の驚きの声が重なった。
『そうでしょう? 司会者さん?』
「はい……確かに私が雇われていたのはラングロッシェ嬢です。企画も賞品も進行の流れも、段取りは全てラングロッシェ嬢の発案を元に運営されたイベントなのです……!」
その事実に、広場には再び動揺の空気が流れようとするが、しかしそれに先んじてレミューさんは進行を続けた。
『さぁ――これで文句はありませんわねっ! 先に、わたくしは直接審査員の方々の選別には関わっていませんので今のこの審査結果に不正はないと明言しておきますわ。それを踏まえて、改めてわたくしから今回の<料理の傑人>の優勝者を発表を行います!!』
果たして観客たちが本当に納得したのかどうかはわからないが、その透き通るような声に広場がいったん静まり返る。
しかし、本当にレミューさんとは何者なのだろう?
観客のほとんどがその名前を知っているようだし、小規模とはいえこんなイベントを開けるなんて……
『優勝は6番。ソフィア&ルーリの組だと、このラングロッシェの名の下に宣言いたしますっ!!』
そう宣言されるも、あまりに突然のもろもろの事態を前にしては観客席からの拍手や歓声は無かった。
そして私とルーリの間でも、驚きの声も喜びの声も上がらない。
私は、多分ルーリもそうだと思うけど、レミューさんが前に出て発表をすると口にした時から、優勝者についてはなんとなくそうなるだろうなとは思っていた。
短いながらも料理で競い合うことになって知った彼女の性格からして、主催者の権力を振りかざしてまで自分を立てるような人ではないと感じていたためだ。
だからその結果にそれほどの驚きはない。ただ……
『さあ、ソフィアさん。そしてルーリさん。ステージの真ん中にお越しくださいな!』
発表が終わっても未だ静寂が辺りを包む中、私たちはその声に従ってレミューさんのいる司会席へと歩いて行った。
「あの、レミューさん。どうしても理由が聞きたいんだけど……いいかな?」
審査員たちの下した評価は五分。
私としてもその結果に不服はないし、むしろお互いの料理の特異性や方向性の異なる美味しさを鑑みれば自然なことだとも思っていた。
だからこそ、私は優劣が付かないからという理由だけでどちらかを上に持ってこさせられるのが納得いかない。
さらに言ってしまえば、レミューさんが主催者として自分よりもゲストを立ててあげようという気持ちで選んだのだとしたら……そう思うと、少し心外だった。
しかし、そんな私の内心の懸念に対して、レミューさんは「ふふんっ!」と明るく得意げに笑う(癖なのかな?)と、腰に手を当てて威風堂々といった様で口を開く。
『わたくしの目は誤魔化せませんわよ!! 確かに料理の審査結果は
レミューさんの人差し指がビシリと私をとらえる。
『 ――それも身体強化の魔法を!』
直後、観客や審査員席のあちこちから驚きの声が上がる。
「身体強化魔法って魔術師の使う、あの?」「そんな料理聞いたことないぞ、ポーションならまだしも」「あの緑の料理はやはりポーションだったか!」「えっ! あれポーション料理だったの!?」と、なんだかついでに尾ひれのついた情報も錯綜していた。
そしてその言葉に面食らったのは観客たちだけではない、私とルーリでさえもだ。
「うそ‥‥‥っ!? レミューさんはカレーを食べていないはずなのに、どうして……? それも食べてる人だって全然気が付かないほどの微弱な効果の魔法だったはずだよ……!?」
『わたくしの家系・ラングロッシェ家は代々魔法適正力が高く、魔力の流れをとらえることに関しては天下一ですわっ! 貴女の料理を食べた瞬間、審査員の方々に身体強化魔法がかかるのはハッキリと見えましたのよ』
隣でチョコンと立っているルーリに目配せするも、プルプルと首が横に振られる。
それはどうやらルーリでもできない芸当らしい。
驚愕を深める私たちの反応を余所に、レミューさんは私に向けて、そして観客たちに向けて言葉を続けていく。
『錬金溶液を媒介にして魔法を込めるポーションならまだしも、普通の食材を使って食べた人に魔法をかける料理を作るなんて聞いたことがありませんわ』
『今回は『斬新さ』というテーマをもとにした料理対決ではありましたが、何も味付けだけにそれを求めるなんてルールがありまして? 少なくとも主催者である私はそんな設定にした憶えはないですの』
『ですから高等技術に違いない身体強化魔法の付与を行う料理、それもまた大いにテーマにそった評価対象となるべき要素!』
『その点を審査の2次的な要素として加えるのであれば間違いなくこの方たちの組に軍配が上がることは間違いありませんわ!』
聴衆への流れるように淀みのないその説明に、いつの間にかそれを聞いていた審査員たちも観客たちも納得げに頷き始めていた。
『みなさま理由はおわかりになりましたわね? それでは改めて――この組、ソフィア&ルーリの優勝ですわっ!!』
レミューさんがそう言い切ると同時、ようやく少なくはあったが状況を飲み込めた審査員席、そして観客席からパラパラと拍手や歓声が送られる。
『――むぅっ! もっともっとですわっ!!』
そのボリュームに不服を感じたのかレミューさんが一喝、すると明らかに勢いが増した。指笛まで聞こえ始める。
「すごい音……」
ルーリが辺りを見渡してそう溢した。
確かに肌を叩くような大きな歓声だ。それも、全て自分たちに向けられたもの。
大きな舞台の真ん中で演者が受けるような大喝采、こんな気持ちを味わうのは人生で初めてかもしれなくて、なんだか私は呆気に取られてしまう。
チラリとレミューさんを見ると満足気にウンウンと頷いていた。
ホントにいったいどういう人なんだろうか、この人は。
『さっ、ソフィアさん!』
「――わっ! えっと?」
クルリとこちらを向いたレミューさんと急に視線がかち合ってしまい、変な声を出してしまう。
その様子がおかしかったのか、レミューさんはクスリと笑うとマイクを口元から外すと私の側に寄って、
「ご納得はいただけましたかしら……?」
と小さく問う。
私が心配していたことをまさに見抜かれていたようで少し気恥ずかしい。
でもその心配はもはやまったくかき消えてしまっている。
レミューさんの言う通り、強化魔法の付与された料理というのが今回のイベントの『斬新』というテーマに沿うことは納得できるものだった。
この結果は私たちを贔屓するためにあえてレミューさんが自らの順位を落としたというものではない。
しっかりと料理人のプライドと主催者の厳格な審査基準の両方を大切にして、そうして下された判断だったのだ。
隣に立つルーリを見れば、コクリと頷いて返事を促してくれていた。
私はそれに頷き返して1つ息を吸い込むと、レミューさんの目を真っ直ぐに見返して答える。
「はい。私たちは、この結果を受け入れます! あくまで『斬新』という1点においてではありますが、私たちは私たちが優勝できたことを素直に喜ばせてもらいますねっ!!」
そう。料理の味で優劣が決まったわけではない、そこははき違えてはいけない。
私たちはテーマに救われて勝ちを拾っただけなのだ。
常に真摯であるレミューさんの前では少しだって驕りたくはなくて私がそう返すと、お馴染みの「ふふんっ!」という仕草とともにレミューさんが口を開く。
「もちろんですわっ! わたくしもヒヅキの麻婆豆腐が『料理』として劣っているなんて思っていませんものっ! きっと次の機会で決着をつけましょうっ!!」
「はいっ!!」
そうして私とレミューさんはその場で固く握手を交わした。
お互いの目と目を見て、しっかりと。
そんな光景にさらにステージ全体が盛り上がるのを感じる。
見れば審査員たちも立ち上がり、他の参加者たちもテントから出て私たちを拍手で讃えてくれていた。
そんなステージに集まる人たちが一体になったかのような温かな時間を終えて、レミューさんは再びマイクに声を吹き込む。
『さて! それではいよいよ優勝賞品の授与ですわーっ!』
そうしてレミューさんはスカートのポケットをまさぐって何かを探す。
『えーっと……1泊2日の引換券はここに……ここに……?』
左右のポケットをひっくり返して、(。・ω・。) アレ ?っと首を傾げるも束の間、レミューさんはハッとした表情になると、
『そうですわ、わたくしは今参加者だったことを忘れてましたわ! 賞品も司会者さんに預けてるじゃありませんの!』
と思い出したように司会者さんをキリっと睨みつける。
『ちょっと司会者さん! いつまでわたくしに働かせるつもりですのっ?』
「う、うわぁっ! す、すみません……!!」
急にマイクを奪ったのはレミューさんだったはずだけど……
慌てて私たちの元へと戻ってくる司会者さんに少し同情した。
『えーテステス……オホンッ! えー、それではこちらが優勝賞品の宿の1泊2日の引換券です』
「あ、ありがとうございますっ!!」
レミューさんからマイクを返してもらい、再び司会席にやってきた司会者の男性から手のひらサイズの紙のチケットが手渡されるのを、私は両手でしっかりと受け取った。
そこにはちゃんとと『黄金鹿の葡萄庭園 1泊2日引換券』と書かれていて、私とルーリは当初の目的の達成に小さくハイタッチをする。
『さぁ、みなさん。もう一度彼女たちに盛大な拍手を――!!』
再び大きな拍手と歓声に包まれて、私たちは周囲に手を振ったり軽く頭を下げたりして応える。
そうして<料理の傑人>イベントは盛況の中で幕を閉じたのだった。
※△▼△▼△※
「――ソフィアさんっ!!」
「あっ、レミューさん」
イベント終了後、せっかく優勝もできたことだしと私たちがテントの片づけを手伝っていると、一足先に自分たちのところを片付け終わったのか小走りでレミューさんがこちらに向かって来ていた。
私も片付けが終わったら改めて色々と挨拶をしに行きたいなと思っていたところだからちょうどよかった。
ただそんな会話を交わす暇もなく、レミューさんは私の元にくると突然両手でキュッと私の手を取った。
「少しお話が――いえ、お願いしたいことがありますの」
「は、はい?」
そんな改まった物言いに、私は首を横へと傾げるのだった。
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