第7話 策と策
私たちの組の実食が好感触に終わり、次の組の実食のための片づけをしている中で「そういえば」とルーリは不思議そうな顔をして私に尋ねる。
「今回のカレーはいくつかスパイスを混ぜてたのに、食べた人たちが気がつくような強い魔法は掛からなかったね?」
「うーん、そうだね。フレッシュ・ハーブ系は魔法の対象外なのかな?」
今回使ったスパイスはクミンとコリアンダーのみで、香りづけの基盤となったのはフレッシュ・ハーブだった。
その種類の内訳は生の青唐辛子にスイート・バジル、パクチー。
これらはふんだんに爽やかな草木の香りを立たせる、審査員たちの言うところの森の恵み――『薫風』を体現したハーブだ。
魔法でいえば
それゆえに
試食で食べた私たちにとってもよくよく注意して内面へと気を遣わなければ気が付かない程度のものだった。
「ねぇ、『フィッシュ・リカー』は? あれはスパイスではないの?」
「あれはちょっと違うんだ。あれが審査員の人たちの言うところの、いわゆる海の恵み。『
「ギョショウ?」
「そう。
「へぇ~……! そんな調味料があるなんて、全然聞いたこともなかった……!ソフィア、すごい……博識……!」
ルーリにキラキラとした尊敬のまなざしを向けられて、えへんとついつい胸を張ってしまう。
今日は姉ポイントが溜まるわ溜まるわで私にとっての吉日のようだった。
それから、私たちが片付けを終えてテントに戻る途中。
「――いやぁ……実に良かった」
審査員席からそんな満足げな声が聞こえて、私たちは少し立ち止まった。
次の7番目の組が準備をしている中でも、しかし審査員たちの『グリーンカレー』に関するお喋りは終わっていなかったようだ。
「あれは中々に上手い組み合わせだったな……。口内をマイルドさが先に包み込むが故に、あとのスパイシーさが際立って感じる。一口一口に新鮮味があるのがポイントだな」
「ああ、確かにそうだ。あのココナッツミルクの甘さが、これまでの料理の後味を上塗りしていきましたなぁ。他の組の料理について細かにメモして置いて正解でしたよ。危うく実食時の感想を忘れてしまうところだった!」
立ち聞きなんていうのはあまりお行儀がよろしくはないけれど、耳を傾けた先のそんな感想についつい「よしっ」と言葉が漏れてしまう。
「きっちり狙い通りだったみたい……!」
そんな私の姿を認めたルーリは小さく首を傾げた。
「……もしかして、例の『作戦』って言ってたやつ?」
そう尋ねるルーリに、思い返してみれば詳しいことを話していなかったなと、私は遅れて気付いた。
「うん、その『作戦』のことだよ。最後にルーリに持ってきてもらった調味料、それが私たちの料理に与えた特徴が実食における重要な鍵だったんだ」
なおも分からないといった様子で、今度は逆向きに首を傾げるルーリが愛らしく、つい頭をナデナデしてしまう。
目を細めて受け入れるルーリを見て心を温めつつ、説明を続ける。
「レミューさんのところの組の麻婆豆腐っていう料理があったでしょ? あれに使われるスパイスの1つに山椒っていうのがあってね、これが食べた人の舌を痺れさせる
「――あぁ……なるほど。だから5番目の組の人たちの実食の時、料理の反応があまり良くなかったってこと……?」
「その通り。5番目の組の料理だって見た目はすごく美味しそうだったのに、そういった結果に終わっちゃったのは前の組のレミューさんたちの麻婆豆腐によるもの。多分ちゃんとそれも狙いに含めていて、炒める時の山椒に加えて仕上げに粗挽きの粒山椒を振りかけることで、痺れの効能を増大させてたんだと思う」
私も前世で本格派の陳麻婆豆腐は何度か食べたことがあって、山椒(厳密に言えば
そして一時的ではあるものの、他の料理を食べても味が鈍く、水でさえも『しょっぱく』感じるほどの味覚麻痺を引き起こすことも。
「まさか料理にそんな罠を仕掛けてたなんて……。でも、ソフィアはそれを――」
「うん、読んでた。だからこそ、それを利用しようと思ったんだ」
「利用……! もしかして、あの時、最後に入れた『生クリーム』と『お砂糖』はそのために?」
「そう。ルーリに最後の最後で持ってきてもらったそれら調味料をココナッツミルクに加えて入れることで、マイルドさに留まらない『甘さ』へと進化させたの。痺れた舌にこそ染み込む味に練り上げるためにね……!」
そう言ったはいいものの、実のところ生クリームや砂糖といった調味料についてはかなりもろ刃の剣となる調味料だった。
本来ならグリーンカレーの甘さに関してはココナッツミルクで十分なはずだったのだが、あえて蛇足ともとらえられるそれを入れた理由はたった1つ。
――対・麻婆豆腐。それだけのためだ。
先ほどの実食の中で審査員の1人が言葉にしていた通り、甘さの対極に辛さがあるように辛さの対極には甘さがある。
だからこそ、私は順番を決めるクジで賭けに勝ったと思ったのだ。
恐らくはこのイベント最大の強敵であり衝撃的な辛さを口に残す『麻婆豆腐』の後陣に実食の位置を持ってくることができたおかげで、甘口マイルドな私たちの
ほぅ、と息を吐いたルーリが輝いた目で私を見上げる。
「すごく高度な戦いだね……」
「あはは……自分で言ってて、ちょっとそう感じるかも」
ただ実際は完璧な作戦ではない。
その実、成功するかどうかは運任せなところもあった。
そもそも麻婆豆腐の後に実食の機会を得られなければただの甘口カレーになってしまっていただけだったのだから。
ふいに、視線を感じたような気がしてそちらへと顔を向ける。
少し離れたテントの中からこちらを見ていたのはレミューさんだった。
――なかなかやりますわね。
その力強い瞳はそう語っているように思えた。
――そっちもね。
私もそう思いを込めて見返すと、レミューさんは「ふふんっ!」と金の髪をかき上げてパートナーのヒヅキさんの方へ顔をそむけた。
その姿は腰に手を当てたお嬢様っぽいレミューさんらしさのある自然体で、ヒヅキさんもまたリラックスした様子でレミューさんとの会話に応じているように見える。
審査員たちが私たちのグリーンカレーにかなりの好評価を出そうとも、彼女たちの姿勢は決してブレることがなかった。
その姿が、2人がいかに自分たちの料理に自信を持っているのかをありありと示している。
(――でも、それは私たちだって同じ……!!)
ルーリと協力して調理し、味を見て、作り上げた私たちのカレーは絶対に他の人が真似ることのできない特別な料理に仕上がったという自負がある。
ただ同時に、きっと本質的には私たちの料理の間に優劣なんてないんだろうとも思う。
だってそれぞれが特別な努力をして作った料理なのだから、それはその作った人たちにとっては出来上がった時点で特別な料理なんだ。
しかし審査員たちはあえてそこに順位を付け足すために頭を、そして舌を悩ませる。
『斬新』というテーマに沿って、自分たちの好みと照らし合わせて。
――ゴォンッ! と再びの銅鑼の音が響き渡る。
その低い音は参加者8組全ての実食が終わったということを広く会場へと告げた。
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