第3話 『くしゃい』調味料

「ルーリ、大丈夫だよ。これは腐ってないしただのミルクでもない。――でも、使えるかも」


 ルーリの見つけたその固形混じりの白い液体は純粋なミルクではなかったが、それでも私の元いた世界では頻繁にデザートや料理に使われていたものだ。


 そしてもちろん、カレーに加えることもできる食材である。


 私の「使えるかも」という発言に、しかしルーリは自分の手元のその食材と私の顔を行き来させて「……そうなの?」と疑わし気な様子だ。


 まぁ固形に分離してる状態を見ると、どうしても腐ってるのではと怪しく見えてしまう気持ちもわかるけど、そこは私を信じて欲しい。


「あとはがあればいいんだけど……調味料の空間にあったかなぁ……おっ、これっぽい」


 深い黄金色をした液体の溜まるその小瓶を取って、味見する。


(――うん。これだ)


 よく見れば小瓶の蓋の部分に『フィッシュ・リカー』と名前が書いてある。前の世界の知識と照らし合わせてみても――大丈夫だ。これで合ってるハズ。


「ソフィア、それは?」


「……舐めてみる?」


 コクンと頷いたルーリの手の甲に、瓶から数滴をチョンチョンと載せてやる。


 無警戒に舌でそれを舐めとったルーリの表情がΣ(><)ッ!!に変わるのはすぐだった。


「――――くしゃいっ! しょっぱい! にがいっ!!」


「――あははっ! だよねぇ!」


 あまりの鼻腔を襲うあまりの臭さに、鼻でも詰まったような返事をする素直なルーリの反応についつい笑ってしまう。


「う~……!! ソフィア、ひどい……!!」


「ごめんごめん。でもほら、私も舐めてるし」


「……これも使うの? 不味くならない……?」


「大丈夫。ものは使いようだから。それ1つだけじゃ美味しく思えないものを、組み合わせて美味しくするのも料理のうちだよ」


 さて、これでカレーの方向性は完全に決まった。


 周りの参加者に少し遅れたところで私たちも作業を開始する。

 

 使う食材は鶏もも肉、先ほど見繕った夏野菜っぽいこちらの世界特有の野菜2つ、タマネギ、それにルーリが見つけてくれたミルク。


 調味料として使うのは各種スパイスに各種フレッシュハーブ、そして『フィッシュ・リカー』。


「よしっ! ルーリ、調理を始めよっか!」




 さて、まず私が行うのは鶏もも肉に焼き色を付ける作業だ。


 ジューシーに焼き上げるコツは最初に中熱から高熱を使い分けて先に表面部分だけに熱を通してしまうこと。


 これによって肉の中に詰まっている旨味が表面から外に出ることを防ぐのだ。


 お肉の良い香りがしてきたところで、チラリと隣で野菜を切っているルーリの手つきを見る。


 トントントンとまな板を叩く包丁の音がリズム良く聞こえていた。


 タマネギは熱が通りやすいようにうす切りに、赤色の瓜は一口大の乱切りで、緑色のししとうサイズの野菜はヘタを落とすだけ。


 初めてお料理を経験したその日から欠かすことなく色々な食材を使って練習を重ねたルーリの包丁さばきに迷いはない。

 

 食材を見てどういう切り方がいいのか伝えたのは私だが、ルーリ自身がその指示をちゃんと理解して着実に作業を進められている。


(――やっぱり成長したなぁ……)


 あの日、肉野菜炒めを焦がしてしまい目を潤ませたルーリはもうそこにはいないのだ。


 そう思うと嬉しいような寂しいような、それでいて誇らしいような気持ちで胸が熱くなるのを感じる。


(おっと……)


 そこで、ルーリの成長を喜ぶばかりに作業の手を止めてしまっている自分に気が付く。


 これからも立派なとして振舞うためにはルーリの1歩先を行かなきゃいけないのだから、しっかりしなくちゃ!!


「よぉしっ!」


 気合いを入れ直し、あらかじめ台の上に取り出していた青唐辛子に赤玉ねぎ、生姜、にんにく、各種フレッシュハーブをざく切りにしていき、切った端から目の前の透明で中身が丸見えになっている筒形の魔具の中へホイホイと放り込んだ。


「……その魔具、なに?」


「うん? これはね、ミキサーだよ」


「ミキサー?」


「私の元の世界ではそう呼んでたんだけど、こっちでの正式名称は私にもわからないかな……。この中に入れた食材をペースト状にしてくれる魔具だよ」


「ペースト……?」


 すぐに食材を全部切ってミキサーに入れ終わると次にスパイスとしてクミンパウダーとコリアンダーパウダーを加えて、最後に『フィッシュ・リカー』を大さじ1に乾燥小海老をパラパラと少量入れる。


「まぁ、見てみるのが一番早いよ。それ、ポチっとな!」


 蓋を閉めて外付けのボタンを押すと、筒の中身が急速に回転をし始める。


「おおぉ……!!」


 その中身の変化にルーリから感嘆の声が漏れ聞こえる。


 固形だった食材が次々と刻まれて潰されていき、段々と原型を失いドロドロになって青唐辛子やフレッシュハーブの緑の色が全面に押し出されていく。


「これがペースト……!!」


「……臭い、嗅いでみる?」


 回転を止めたミキサーの中身をキラキラとした目で見つめていたルーリにそう訊くと、すぐにウッとした表情になって1歩引かれてしまう。


「さっき『フィッシュ・リカー』入れてたの知ってる……! 絶対臭い……!!」


「まあまあ、物事はなんでも経験が大事だよー?」


「うぅ……」


 私が蓋を開けたミキサーにルーリが渋々といった様子で鼻を近づけた。


「うぅ……――――ん? あれ? 思ったより……」


「そんなに臭くはないでしょ?」


「うん。むしろ食欲がそそられるような匂い……。でも、どうして……?」


「入れた食材を思い出してみて? ほとんど香りの強いものじゃなかった?」


「えーと、青唐辛子に玉ねぎ・にんにく・生姜……確かに全部薬味。――もしかして、一緒に入れていたスパイスやハーブも?」


「そうだよ。クミンパウダー、パクチーにレモングラス、スウィートバジル。こっちも香りの強いものばかり。それこそ全部合わせれば『フィッシュ・リカー』程度の臭いが紛れちゃうくらいにね」


 ルーリは再びミキサーの中身に熱い視線を向けると、


「これがソフィアの言ってた『組み合わせて美味しくする』っていうこと……!」


 と感銘を受けたような声を上げた。


 おっ、もしかしなくてもルーリの中で私の頼れるお姉ちゃんとしての尊敬ポイントがアップしたかもしれない。

 

 これはなんともラッキーだ!


「オホンっ。それじゃあ次の工程に移ろうか」


「うんっ!」


 私は姉としての好感度をさらに稼ぐべく、『できる女』っぽい雰囲気を醸しだせるようにテキパキと動いて、先ほどまで炒めていた鶏肉とルーリの切ってくれた野菜を適量入れていく。


 その後に具材の表面が沈まないくらいに水を注いで、中熱で中身を煮たてていった。


「――さて、ルーリ。準備の時にルーリが見つけてくれたアレを持ってきてもらってもいい?」

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