第2話 開幕、料理の傑人
都会の喧騒に疲れた人々の憩いの地である大通り沿いの広場。
緑に囲まれたその中心は円状に広く窪んだ形になっており、最大で数百人は腰を掛けられるような下り段差となっていた。
その窪地の真ん中には小規模なイベントなら不便なく催せそうなくらい広さのある石畳のステージが設けられており、観客が上からステージを見下ろせるという関係性がどこかコロシアムを彷彿させる。
ステージの真ん中には司会席が、その少し後ろにはパネリスト席のように並べられた10脚の審査員席があって、ちょっぴりチープなバラエティー番組のようなセッティングとなっていた。
そして今、私とルーリはその審査員席と向かい合うような形で、十数名の人々と横並びになってそのステージの真ん中へと立っている。
『観客の皆さま、参加者の皆さま、そして審査員の皆さま。本日はお集まりいただきありがとうございます!』
マイクのような魔具が司会席にいる男性の声を拡散して広場へと響かせると同時、少なくない拍手や指笛がステージを囲むようにして段差に腰かける観客たちから送られた。
その賑やかさに釣られて「なんだなんだ」とさらに通りすがりの人々が段差の周りを囲うようにして集まってくる。
『本日この場にて、調理イベント――<料理の傑人>を開催いたします!』
次第に数を増す観客たちに向かって、司会者は手振りを交えてイベントの概要を説明していき、優勝賞品が有名豪華宿屋――『黄金鹿の葡萄庭園』への1泊2日だと聞くと観客席からは「おぉ~っ!!」と驚きの声が聞こえてくる。
どうやら本当に認知度のある高級宿屋らしい。
これは優勝したらアイサへの良い報告にできるなと思い、心の内から俄然にやる気が湧いてきた。
『それでは参加者を順番にご紹介しましょう! この8組のみなさんです!!』
司会者は私たち参加者を事前にリサーチした内容に基づいて次々に紹介していった。
このイベント自体は数日前からの告知というかなり急なものだったらしいが、司会者によるその紹介を聞く限り、それでもかなり料理の腕の立ちそうな人たちばかりが集まっているようだ。
料理人や料理研究家など、職業や経歴の内容はいちいち観客席を沸かせるものだった。
そしてとうとう私たちの番となる。
『――そして次の参加者は今日通りがかってこのイベントを知ったという、土壇場参加のソフィア&ルーリ! セテニール町のゴートン食堂で働いている最年少組の1つだぁっ!』
司会者の言葉の終わらないうちから拍手や声援などとても温かい応援が観客席から沢山降ってくる。
紹介にある通り私たちは最年少組なわけだから、観客たちの目には経験値的に考えて他の参加者に比べると圧倒的に不利に映るのだろう。
少しうがちすぎな目線かもしれないが、それは「ちょっと優勝は難しいだろうけど全力を尽くしてがんばってね」といった子供に向けた温かさだった。
確かに、私は料理の腕だけとってみれば普通の女の子と大差ない。
だがしかし、この<料理の傑人>イベントに関しては、そのテーマを見た瞬間に「コレなら……!!」とむしろ私の絶対的有利であるという確信が得られているのだ。
(ふっふっふ……観客と審査員の人たちにはせいぜい驚いてもらうよ~)
内心でニヤリとしてほくそ笑んでいると、紹介はとうとう1組を残すところとなる。
司会者は、そこで少しだけ間を空けて、咳ばらいをして声の調子を整える。
『――最後の参加者はこちらも若いお2人! まずは城下町では有名な食堂の1人娘・ヒヅキ! そしてその横にいらっしゃるこちらのご令嬢は、みなさんお名前はご存知でしょう!』
『こちら――ラングロッシェ嬢!! レミュー・バロナ・ラングロッシェ嬢が本イベントにご参加だぁーっ!!』
他の挑戦者の時の紹介とは熱の入り方が違う司会者の言葉に、観客からもどよめきが起こる。
いや、というよりも私とルーリ以外は全員、観客も目の前の座席の審査員も横並びの参加者も「あれが……!」と目を見張っている様子がうかがえる。
どうやら私たちが知らないだけで、余程の有名人のようだ。
ヒヅキと紹介された少女は黒髪にブラウンの瞳の凛々しい顔立ちで、レミューと紹介された少女はウェーブのかかった金の長い髪が腰まで伸びている美少女だった。
騒めきを起こさせたその金髪の美少女・レミューさんは渦中にあって胸を張り、飛んでくる視線や驚きの声を真正面から自信ありげに受け止めている。
対照的に相方のヒヅキさんはそんな注目に対して少し照れたように視線を地面に向けていた。
2人共外見だけ見ると私と大差ない年齢に見える。
他の参加者の年齢層は幅広いものの、恐らく最年少は私たち2組だろう。
『ルールは簡単! 制限時間内にテーマに沿ったメインとなる料理を1品作るだけ。食材は用意してあるものを何でも自由に使って結構!』
司会者がその他の制限事項などを観客向けに説明している間に、私たちはスタッフの案内の元、調理用魔具の揃っている参加者の組ごとに分かれたテントの下へとそれぞれ連れられていく。
設備を確認したところ、使い勝手に関してはゴートン食堂のものと同じようだったので安心する。
『テーマは『斬新さ』!! 参加者の皆さま、準備はよろしいですか!? さぁそれでは――調理開始っ!!』
開始宣言とともに響くゴォーンッ! という
その合図と同時に参加者たちは一斉に動き始める。
私たちも周りの人たちと遜色なく、まず食材が入っているという冷蔵庫ほどの大きさのある棚型の魔具を開いて中身を確かめた。
「うわぁっ――すごい……!!」
亜空間冷蔵収納ケースと呼ばれるその魔具の中には、外見の奥行きからは想像できないほどの食材が縦に横にと並べてあった。
それに食材は野菜・肉・果物・調味料などの種類ごとに独自の空間に分けられて収納されているようで、ケースの扉の背面にあるボタンによってその空間を切り替えることができるようだ。
「便利……」
ルーリもそれがなかなかに興味深かったようで、ポチポチとボタンを押しては空間を切り替えて遊んでいる。
「あっ、今スパイスがあったね。出しとこっか」
「わかった。それでソフィア、今日は何カレーを作るの?」
「うーん、まだ決めてないんだよねぇ……」
このイベントの趣旨と『斬新さ』というテーマを聞いた時にはすでに、カレーを作るということだけは決めていた。
というかこの世界に元々存在しないカレーという料理は『斬新さ』をそのまま体現したものな気がしている。
だから誰もが美味しいと言って食べられるようなオーソドックスなカレーを出せばそれだけで勝てるんじゃないだろうか、なんて少し安易に考えていた。
(でも、それだけだとちょっとつまらないよね……)
オーソドックスなカレーは確かに万人受けして美味しいけれど、どうせならこの世界に来てからは作ってないカレーを作ってみたい。
せっかく色んな食材を選んで作れるのであれば異世界ならではの食材も入れてみたいな、なんて興味もあり、味付けと具材は実際に食材を見てから考えようと思っていたのだ。
「とりあえず、どんなカレーを作るにしてもタマネギと各種スパイスは絶対に使うことになるから取り出しておいて、他のゴートン食堂で取り扱ったことのない食べ物とか調味料を出してみようか」
私たちは1つ1つの空間を見ていって、それぞれ気になった食材や調味料などを取り出していく。
私が取り出したのは野菜が取り揃えられた空間で
「す、すごい色……」
まず私が手に取ったのはヘタが緑で果肉が真っ赤なズッキーニのような形をした野菜。
あむっと少し勇気をもってかじりついてみると、それはポリッと小気味よい音を立てた。やはり見た目同様に瓜のような食感だ。
「少し、パプリカみたいな甘さがあるな……」
その次に試してみようと手に取ったのは、ししとうサイズで丸い果肉が葡萄のようにいくつも付いた真緑の怪しげな野菜だ。
果肉部分は摘まんで指に力を込めると簡単にプツンっと割れてしまう。
「うぇ~……! なんか、粘々する……! 味は――無味だ。味付けの邪魔にならなさそうだし、この食感は結構楽しめるかも……」
2つともそのまま使うには見た目がアレだったが、なんだかズッキーニやオクラといった前の世界の夏野菜に通じるものがあっておもしろい。
これを使ってみるのもいいかもしれないなぁ、などと考えていると、「うっ!」という声が隣から聞こえた。
見ればルーリがベーっと舌を出して嫌そうな顔をしている。
「ルーリ、どうかしたの?」
「う~~~! ソフィア~……このミルク、腐ってるぅ……! 変なニオイ……!」
「えぇっ!?」
まさかイベントのために集められた食材にそんな不備があるのだろうか。
ルーリが手に持つ白いペンキのような色をしたそのミルクへとスプーンを付けて手の甲に落とし、ペロッと舐めてみる。
「ん……?」
確かにミルクにしては舌に残るような脂の感じがして、ヨーグルトのような固形が浮かんでいるのも見える。
それだけとって見れば腐っていると勘違いされなくもないのはわかった。
だが、同時に鼻腔に広がる甘い香りと少しの青臭さに、私の頭の中に別の食材が浮かび上がる。
――夏野菜のような食材に、このミルク。
「ルーリ、大丈夫だよ。これは腐ってないしただのミルクでもない。――でも、使えるかも」
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