第11話 魔族との出会い 3

「ごちそうさまでした」


「おぉ、綺麗に食べたのぅ!」


 リオルさんは嬉しそうに空になったお皿を下げると、「それじゃあワシは1階にいるからの」と言い残して厨房へと降りて行った。


「どうする? もう少し寝る?」


 きっとまだ疲れているだろうと思ってそう提案してみるが、ルーリはプルプルと首を横に振る。


「それよりもソフィアに聞きたいことがあって」


「えっ? うん、いいけど……」


「ソフィアは人間なのに、なんであんなに強かったのかなって……」


「へぇ……。私としてはルーリでも規格外だったのに、そのルーリが強いっていうんだからその時のソフィアはそうとうなものだったんだろうなぁ。結構見てみたかったかも」


「すごかった。並みの魔獣なら片手でヒネれる」


「それはすごいな、人間を越えてるよ。超人ソフィアだ」


「……なんかあんまり褒められてる気がしないのはなんでだろう。むしろ不名誉なような……」


 片手で魔獣をヒネれる超人って、一介の女子としては辞退したくなる称号だ。ルーリの感想をそのまま垂れ流しにしておくと調子に乗ってアイサが町で吹聴しそうなので、コホンと咳ばらいをして2人の注目を集める。


「私が強かった理由だよね? 詳しくは私にも分かってないんだけど、どうやら私の作ったカレーには食べた人の身体を強くする魔法がかけられるみたいなの」


「へぇ……そんな魔法聞いたことない。『かれー』っていうのはポーションみたいなもの?」と、この世界にもともとは存在しないカレーという料理名にルーリは首を傾げる。


 その説明をし始めると結局芋づる式に経緯などを全部話さなくてはいけないような気がした私は、手短に自分が転生者であることと、そしてカレーというのは私が前に住んでいたところで一般的だった料理であることを伝えた。やはりこの世界で転生者というのは珍しくはあるものの、それほど驚きに値する存在ではないからか、ルーリは納得気な顔で私の話に頷いている。


「最初に言っていた、『詳しく分かっていない』っていうのは?」


 説明をあらかたし終えたところでルーリは不思議そうな顔をして、当然の疑問だろう部分を尋ねた。


「実は、私の作ったカレーの種類によって魔法の強さや効果が違うみたいなんだよね。今日みたいな力が出せたのは初めてだったから……。普段との違いが何によって出ているのかが分かってないの」


「そうなんだ……。転生者の能力は特殊なものであるケースが多いって聞くけど、ソフィアのは本当に変わった能力みたいだね……」


「うん、そうみたい……。能力を使ってるはずの私でさえ、今日までほとんど無自覚だったからね」


 ただ特殊とはいえ、とても役立つ能力だとは私自身思っているので、何とかしてその魔法の仕組みを知りたいと思っている。


(時間を見つけてコツコツと試していくしかないかな……)


 それが分かればきっと色々応用が利くようになるだろうからと、新商品の開発以外の部分でも決意を新たにしていたところに、ルーリが質問を重ねる。


「もしかして、ソフィアのあのもそのカレーの効果なの?」


「独特な技……? 」


 技という単語にアイサも冒険者見習いとしての好奇心が引っ張られたのか、目を光らせて私を見た。


「あぁ、空手の技のことかな」


 ルーリに技と言われて思い当たるものはそれしかない。ただそれもこの世界には存在しない格闘術らしく、2人は「カラテ……?」と一様に首を傾げる。


「前の世界では空手っていう格闘術があってね、私はそれを習ってたんだよ」


「へぇ~意外。てっきりソフィアは文系かと思ってたけど」


「まぁ格闘術は自衛で使えるから、親からも習っておいてほしいってことで半ば強制的にね……」

 

 遠い過去を思い出すように大会などでの試合の情景をなぞる。パパとママが亡くなってからは親戚に引き取られたこともあって道場は辞めてしまっていたけど、関東の同世代の女子の中ではかなり強い方だった。フルコンタクト空手で怪我も多く、骨を折ることも折った人の介抱をすることもしばしばあった。


(おかげさまで触診という技術を得られたけど、まさかそれが活かされる日がくるとはね……)

 

「今回はその技とカレーの効果がソフィアの中で上手い具合に組み合わさったってことか。どちらかでも欠けてたらルーリを止められなかったかもしれないと考えると奇跡的な偶然だったね」


「ホント、何が役に立つか分からないものだね、人生って」


 私を含めて3人共、その幸運に感謝するようにウンウンと深く頷き合うのだった。




「ところでなんだけど、ルーリにはこれから行く当てはあるの?」


 話が一段落したところで、私はタイミングを計って尋ねようと思っていたことをとうとう切り出すことにする。その言葉に、ルーリは伏し目がちにフルフルと首を横に動かして応えた。どういう事情でかは分からないが、ルーリはどうやら帰る家も無いらしい。予測していたことではあったので、私は続けて用意していた言葉を口にする。


「それなら、しばらく食堂ここで休んでいかない?」


 突然示された案に、ルーリはきょとんとした表情になっていた。


「で、でも……私、魔族だからみんなに迷惑を――」


「そんなの隠しとけば大丈夫だって。私は別に喋る気ないよー?」


 及び腰なルーリに最初に答えたのはアイサ。パタパタと横に手を振って軽く答え、私もそれに深く頷く。


「私もそんなこと話さないし、気にしないよ。実はもしルーリに行く場所がなかったならと思って、あらかじめリオルさんには相談して「いいよ」って言ってもらえてるの。だから大丈夫」

 

 いくら魔族で一般人よりも遥かに強いとはいえ、私よりも小さな女の子だ。このまま外に出すのはあまりにも可哀想だし、薄情というものだろう。


(それに、ルーリを襲った冒険者がまだ近くにいるかもしれないし……)


 言葉には出さないがそういった懸念もある。ルーリは私たちの顔をしばらく見渡した後、「……いいの?」と小さく言葉をこぼす。当然のように私たちは頷いて、そして未だ呆然とした様子のルーリの手を、私は両手で包み込んだ。


「――改めてよろしくね、ルーリ」

 

 温かいスープが良かったのか、大分生気が戻ったようで真っ白だった頬に朱色が差している。手も血の気が巡って温かい。ルーリはその小さな手で、包み込んだ私の手を握ると「よろしくお願いします」と小さな声で、しかしハッキリとそう口にした。

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